魔物襲撃
怒涛の出来事に、私はいまいちついて行けてませんでしたが…
つまり、王様達上層部の方々はどうやら独善的にやり過ぎた…と、いう事でしょうか…?
勿論、魔王や戦士様の話の内容は驚く事も沢山ありました。
…でも、正直魔王から聞く王様達の話は薄々知っていました。
…ただ……“そんな事”で勇者様がこんなにも怒りを感じてくれるなんて思っていませんでした。
前世で…ずっと、私は『“自分の事”を考えることは“聖女”として間違っている』と言われていました。『“聖女”ならば、自分などよりも他の人々を優先して当たり前…』と、ずっと言われていたのです。
そして、私もその通りだと思っていました。
それが…今の幸せな世界で生き始めてから…私は“自分のため”の行動を沢山するようになったのです。
…私は“聖女”ではなくなり、とても自己中心的で我儘な存在となってしまったのです。
前世であればとても許容できるような事ではない筈の言動……
…でも、今世……私を“大切”に思ってくれる人たちは、私が“我儘”を言うと嬉しそうにしてくれるのです。
前世、王とは“絶対的な存在”なのだと信じて、疑う事さえ罪だと信じていました。
しかし…新しい世界に産まれて…その考えが当たり前ではない…と、いう事を知ったのです。
やっぱり、お勉強や情報って大切ですね…
“王”とは“民のため”に存在するのです。
“地位”には“責任”も伴います。
…つまり、王様達はその地位に相応しい“責任”を取るべきなのでしょう……
『…魔王となっても俺の望みは“聖女”だけだった…“聖女の幸せ”だけだった…それなのに…
…お前達は再び彼女の幸せを奪った…』
第一王子率いる貴族達による王様達への糾弾を見ながらぼんやりと考えていると…上から魔王の温度のない声が聞こえてきました。
「山田さん、大変だ!魔物が…魔物達が一斉にこの城へと向かっている」
ぼんやりと考え込んでいた私の横で佐藤くんが突然慌てた声を上げました。
「…は?…お前、急に何を言い出すんだよ?」
佐藤くんの声が聞こえた進藤くんが冷ややかな声と視線で佐藤くんを睨みつけますが…佐藤くんの発言を聞いた私やルミエール様、騎士様は一気に空気が変わります。
「佐藤くん、魔物の種類とその数、到着までの時間と場所はわかる?」
何かを“見えている”様子の佐藤くんの顔色がどんどんと悪くなります。
「…やばい…種類も数もなんて多過ぎて説明しきれないよ…到着は…もうすぐ…ここまで向かってる…」
「なに!?」
「なんですって!?」
その時、外の上空近くで咆哮が響き渡りました。
まだ、距離はありそうですがここまで聞こえるほどの咆哮となれば王宮へと到着するのは時間の問題です。
佐藤くんの叫びに皆が訝しげな顔をしていましたが、その咆哮が響く事により一瞬で顔色が変わりました。
「な、なにごとだ!? 誰か!状況を報告せよッ!」
王は顔を青ざめさせ、玉座から立ち上がって叫びました。重々しく飾られた謁見の間が一気に騒然となります。
そこへ、血相を変えた騎士が飛び込んできました。
「陛下!王都の周辺に大量の魔物が…沢山の魔物達が発生しているとの報告が…!!!」
「な、なに……!? …何故、魔物が…?
…は、早く兵を集めて迎え撃て!いや、それよりも我らを守れ!魔物どもから王族を守るのじゃ――!」
王様は慌てて叫んでいますが、その手足は震え、言葉には焦りと恐怖が滲んでいるようでした。
「民など後回しでよい!どうせ平民どもだ、いくらでも替えは利く!壁にでもして時間を稼ぐのじゃ!!!」
王様の近くに居た上層部の人達も顔色悪く浮足立ち、我先にと避難の道を探り始めている様です。
彼らは自己保身を最優先として動こうとしているのがよく分かりました。
そんな中、その混乱の中で第一王子様の厳しい声が響きます。
「落ち着いて下さい!
王都の崩壊は、この国の終わりを意味します。我ら王族が逃げるのは最終手段ではないですか!?国を率いる者が真っ先に背を向けてるなんて…!!!」
第一王子様は、部下に冷静に命じました。
「直ちに防衛線を敷け。市街地に残る民を避難させろ。迎撃部隊には、私が前線で指揮を執る。各ギルドにも協力を求めよ。各門に連絡を――急げ!」
騎士たちが「ハッ!」と応じ、一斉に走り出します。
「なっ……なぜ貴様が指示を出しておるのじゃ!? 余を置いて逃げる気か!」
王の声が怒気を孕みますが、第一王子は静かに言い返します。
「民を見捨て、恐怖に震えるばかりの者が“王”とは言えまい。父上こそ、この国の在り方を見失っている」
玉座の裏で顔を伏せる側近の者達。動揺しきった司祭長と軍司令官。騎士たちの視線は自然に王よりも第一王子へと向いていきます。
窓の外には、渦を巻きながら暗雲が空を覆い尽くしていきます。
「……こいつは…」
「…これは、あなたが差し向けたんじゃないの?」
戦士様の戸惑った声に被せるようにルミエールが鋭く問いかけます。
それを受けた魔王は静かに首を振りました。
『いや……これは俺の意志ではない
…だが、俺の気分に釣られる部分は大きいかもな…』
「…どういうこと?」
『…あいつらは本能のままに存在している。…だが、…“魔王”が産まれると本能は“魔王”の感情に影響を受けやすくなる。…今、俺はこの国の王を排除したいとおもっているからな…』
「…な、それは貴方が仕向けたって事じゃないの…?」
『…いや。そんな指示などしていない…ただ、この国…この王宮へ不快さを感じているからそれに釣られた可能性は否定出来ない…』
そう言う魔王の声は冷ややかで、今の状況に心動かされている様子は全く見られません。
やはり、勇者様だった時とは根本的に異なる存在となってしまったのでしょうか…
『…だが…聖女が望むなら退けてやっても良い…』
慌ただしい中でも良く通る低い声…魔王のその一言が謁見の間に響き渡りました。
慌てた様子でバタバタと対処に動く第一王子様達にも声は届いていたのでしょう。
一斉に皆の動きが止まりました。
そして、再び空へと浮かぶ魔王へと視線が集中します。
『…聖女が俺にそれを望むのなら…俺は魔物達などどうなろうとも関係ない…』
再び繰り返された言葉。
“聖女が望むなら”の言葉に皆が一斉に鈴木さんの方を見ます。
「…え、わ、私?…そ、そんなの決まってるわ!ここに居たら私たちまで被害を受ける事になっちゃうし…」
慌てた様子を見せた鈴木さんでしたが、少し考え込んだ後は手を前に揃えて心なしか上目遣いで魔王を見上げて鼻にかかった高めの声を上げました。
「おねがい。沙也加のためにアイツらやっつけて!」
皆は微妙な顔になりながらも鈴木さんから魔王へと視線を移します。
私も鈴木さんの言葉に苦笑いを浮かべながらもウンウンと頷きながら魔王を見上げれば、何故か魔王の視線は鈴木さんではなく此方へと向いていました。
いや、ちょっとなんでこっち見てるんだろう…
『……』
後ろに控えたルミエール様が何かを感じ取ったのか無言で私の手を掴むと何故か私に鈴木さんと同じお願いポーズを取らせて来ました。
そして魔王へと視線を向けるように促され、其方へと視線を向けます。
あれ?…これは、みんなで鈴木さんと同じように頼むって事ですか…?
…いや、それならなんでルミエール様はやらないのですか…?
よくわからないままに……鈴木さんの真似をして首を横に傾げて見上げてみました。
『……』
ドゴォォンッッッガラガラガラガラ…
「「「「!!?」」」」
「…ひっ!?」
魔王は無言で少し考える様子を見せた後、王宮の間の壁を……破壊したのです。
高い天井から広い広間の壁一面まで壊したので高台に立つこのお城からはとても綺麗な見通しの良い景色が見渡せるようになりました。
「…な、なにを…!?」
鈴木さんの恐怖に引き攣った声が響きます。
『これで、やり易い…』
皆が一様に驚き慄いていましたが、見渡しの良い景色を見て、私は気が付きました。
高い位置に建てられたこのお城は王都を一望する事が出来ます。
きっと遠くの魔物達もよく見えるようにしてくれた…のではないですかね?……たぶん。
見晴らしの良くなった景色に目を凝らすと、遠く…王宮から見渡せる王都の端の方に魔物達の群れが見えました。
どうやら魔物たちが制御を失ったように暴れ回っているようです。
『…お前が望むのなら…』
何かを呟いた魔王は静かに目を閉じます。
そして、次の瞬間……
時間が止まったような静寂の後、空には赤黒く輝く魔法陣が浮かび上がりました。
そして光とともにそこから放たれた魔術は空を裂く雷と氷が混ざり合い、広範囲に飛翔していた魔物たちの元へと一瞬で届くと氷塊に変え、そのまま地上に叩き落としたのです。
更に続く、轟音。振動。地に這っていた魔物たちもまた、地割れから噴き出す漆黒の炎に焼かれ、悲鳴を上げる暇もなく灰となっていきます。
『……』
無言で視線を移すと今度は魔王の指先が淡く光り、次は一瞬で魔物の群れへと雷撃が集中します。支配系の上位個体が消し飛び、残った魔物たちは制御を失って錯乱し、一部は互いを貪り始めています。
突然の光景に王都中の人々が言葉を失い時が止まったような不思議な感覚を味わいました。
『……』
魔王はその様子を軽く一瞥すると視線が動かします。
なんとなくこちらの方角へ。
その瞬間だけ、彼の瞳がほんの僅かに揺れたように見えました。
『……お前の為なら、魔力など惜しくもない…』
…小さな声でしたが、確かにそう呟いたように聞こえました。
「「「「……」」」」
……
……
…えっと。
あ、あの……なんでしょう…この惨状……
私は思わず遠い目をしながら、城壁の上に立つ魔王――かつての勇者様を見上げていました。
空を割り、雷と氷で魔物を薙ぎ払ったその姿は、確かに圧倒的で、誰よりも強かったです。
……強かったのですが…
いえ、強いのは分かったのですけど……それにしても加減ってあるのではないでしょうか…?
建物は何軒も吹き飛び、兵士や避難しきれなかった市民が魔王の魔力の余波に巻き込まれていました。
どうやら負傷者は一人や二人ではなさそうです。
魔王は、そんな惨状を振り返ることすらしません。魔術の放たれた後は、ただ、一点――何故かこちらの方だけをずっと見ていました。
その視線に気付いて私はほんの少しだけ顔を強張らせました。
……あれ?…見つめられて……いや、勘違いですね……
なんとも言えない気まずさと圧力を感じつつも私はすぅっと息を吸い込みます。
そして、両手を前に出し、魔力を巡らせました。
《癒しよ、満ちて――聖なる光で全てを包んで》
淡く優しい光が、私の手のひらから放たれ、波紋のように広がっていきます。
穏やかで温かく、どこか懐かしいその光は、魔王の冷たく破壊的な力とは正反対な光を放っていました。
遠くで地に倒れていた人々の傷が瞬く間に癒え、呻いていた兵士がゆっくりと体を起こすのが感じられました。
光に包まれた街の空気が、少しだけ落ち着きを取り戻した気がします。
少しスキルを使い過ぎた感覚に思わず苦笑を浮かべつつも手を止めることは出来ません。
そして、再び感じる、魔王の強い視線…と、佐藤くんの視線も感じました。
この光が見えても発生源までわかるのは一部の人だけの筈です。
そっと魔王へと目を向ければ、王宮の上空で魔王がわずかに口元を緩めていました。
――それがなんの微笑みなのかは私にはわかりませんでした。
けれど。
…もう少し、力の加減と町の人々の事を気遣ってくれたら有難いです…
そんな事を思いつつ私は再び両手を掲げ、癒しの光を王都中へと広げたのでした。
私は気が付いていなかったのです。
そもそも魔王になった時点で、彼にとってすべてがどうでも良い存在となり、王都の住人たちがどれだけ怯えようと、焼かれようと、魔王となった彼は…一切何も感じなくなっていたのです。
当然、そんな彼にとっては、魔術の余波によって巻き添えになった建物や兵士なんて“誤差”でしかなかった。
魔王を動かすただ一つの存在――そして、その存在こそが魔王である彼のすべてなんて…そんな事は…考えてもいなかったのです。
ーー魔物の群れは、一時間も経たぬうちに、跡形もなく消え去りました。
結果……王都を守ったのは“魔王”その人となったのです。