聖女、厨二病を知る
あれから数年、私はスクスクと成長しています。
「お兄ちゃん、右目は大丈夫?」
最近ではすっかり落ち着いた様子の大学生になった兄に、コッソリと声をかけました。
「右目?」
「うん、内緒だって教えてくれた秘められた力…「お前!?」」
何故か慌てた様子で兄は私の言葉を止めようとします。
「あ、秘密だったのにこんなところで話しちゃってゴメン…」
「いやいやいやいや、場所とかそう言う問題では…まぁ、あの頃は俺もガキだったんだよ」
ん?…ガキだったから制御が未熟だったとかそういう意味でしょうか…?
「…自分に変な力があるって思い込む厨ニ病は流石に辞めたよ」
「…え」
“自分に力がある”と思い込む“ちゅうにびょう”
「…ま、今になるとマジで恥ずかしいし出来ればその話は忘れてくれると助かる」
苦笑いをしながらも兄は私の頭に優しく手を置きます。
「…恥ずかしい…?」
忘れてくれると助かる…?
「あー、今思うと恥ずかしい限りだよ。自分が特別で秘められた力があるとか…しかも、世界を救う力があるって思い込んでたなんて…」
自分が特別…世界を救う力…思い込む…
「しかもそれに酔って得意げにするなんて…」
それに酔う…
「今、思い出すと子供過ぎて恥ずかしいよ」
子供過ぎて恥ずかしい…
「ま、大人になってもそこから抜けられない奴もいるし、それを考えれば早めに気付けてまだマシだったかな…」
大人になっても…ぬけられない…
兄の言葉ひとつひとつが私の何かを刺し貫いていきます。
「…いや、…でも、まぁ、マジで黒歴史だよな」
「…」
“くろれきし”
「…消し去れるものなら消し去ってしまいたいよ…」
消し去って…しまいたい…
……
…それは、一体どういう事で、どういう意味なのでしょうか…
「…ま、母さんも覚えてるし消し去るのもムリなんだよな…」
暗い表情で自嘲気味に呟いた兄の言葉はもう既に私の耳には届いていませんでした。
ただ頭の中で先ほどの兄の言葉がぐるぐると回っていたのです。
え?あれ?
自分が特別(聖女)だと思ったり…
自分には(癒しの)力があると思ったり…
世界を救ったとか発言するのは“ちゅうにびょう”なのでしょうか…?
これは…ひょっとして私もその“ちゅうにびょう”とやらなのでは…?
聖女だった前世はひょっとして恥ずかしい黒歴史とやらに当たるのかもしれません。
頭の中を兄の言葉が何度もまわります。
不安になった私はキチンと理解する為“黒歴史”について色々と調べてみました。
『黒歴史とは、俗に、人には言えない過去の恥ずかしい言動を意味するネットスラングです。 過去の言動のうち、今となっては恥ずかしくて、人に触れられたくない、できればなかったことにしたいようなものを指します。 黒歴史という言葉は、自らの過去を打ち明けるときや他者の過去に関する話をするときに使う表現です。』
『人に言えない過去』ーあります。
『恥ずかしい言動』ー恥ずかしい…のですかね?
『人に触れられたくない』ー…!!…まさに!!
『出来ればなかった事に』ー…えっと、そこまでは…でも、確かに“聖女でさえなければ”と思ってしまった事はあります…
『過去に関する話をするときにー…』
過去に関する話……
ひょっとして私の前世は既に“黒歴史”なのかもしれません…。
確かに、前世でも魔王の存在する時代を“暗黒時代”などと呼ぶこともありましたので、私の魔王討伐時の過去も同じ黒い系の歴史と表現されてもおかしくはないでしょう。
更にその後、“厨ニ病が使いがちなセリフ集”を見て理解しました。
どうやら前世の話を人前で口にした瞬間、私は何かの病気だと診断されるようです。
そして、その病は基本的には大人になれば治るらしいのですが、一部治療不可能な人も存在するそうです。
後はおまけで、自分の事を“聖女”や“お姫様”という女子は地雷だと書いている人もいました。
と、いう事は私は既に“黒歴史”を持っている上に厨ニ病…その上地雷…
なんということでしょう。
私は一刻も早くこっそりと病を治し、ちゃんとした大人にならなければならないようです。