依頼の後の2人
討伐を終えた夕暮れの帰り道。
草原を渡る風が涼やかで、空には茜色の雲がぽっかりと浮かんでいます。
先を歩く佐藤くんが、ふと立ち止まり、振り返りました。
「……ねえ、山田さん。ひとつ、聞いてもいい?」
「ん? なに?」
「……山田さんって…本当は“聖女”だったりする…?」
「…!!」
その佐藤くんの突然の一言に、私は思わず目を見開きます。
「…え?……な、なんで…なんでそう思ったの?」
声は震えなかった筈です。
ギリギリいつもの調子で返せた自分に少し安心しながらも、頭の中はぐるぐると騒がしく回ります。
佐藤くんはいったい…何をどうしてそんな事を思ったのでしょうか…
私はとても模範的な“一般人”だったはずです。
突然の事に心臓はどくんはどくんと高鳴りますが、顔は平静を装います。
佐藤くんは、少しだけ困ったような、それでも真っ直ぐな眼差しで言いました。
「…今日の戦いで見えたんだ。
あのとき、こっそり何かしたでしょ。山田さんから光のようなものが飛んできたと思ったら、身体が軽くなったし…
前にもこんな事があったなって思ったら、なんか色々と思い出しちゃって…」
私はわずかに目を伏せ、唇を噛みしめました。
佐藤くんのスキルは“良眼”です。きっと、私の魔力の流れが“見えて”しまったのでしょう。
そして、物事を考えて先を読む事も得意です……ずっと一緒にいたからこそ私の秘密に気が付いてしまったのですかね…
きっと、今誤魔化してもこのまま一緒に行動すればすぐに“良眼”で見破られてしまうに違いありません。
私は小さくため息をついて、ぽつりと答えました。
「さすが佐藤くん…鋭いね。…でも、出来ればそれ…秘密にして欲しいんだ」
佐藤くんは戸惑ったまま、言葉を探すように私を見つめました。
「……なんで隠すの…?別に……隠すような事でもないと思うんだけど…」
「佐藤くん……私にとって“聖女”だったのは前世のことだし…今の私にはもう関係ない事で…」
「…え、山田さん…前世って…?」
キョトンとした顔の佐藤くんを見て、私もキョトンとした顔を返します。
「え?…佐藤くん、私の前世が“聖女”だった事に気がついたんじゃ…?」
「…いや、僕は…山田さんの“スキル”が実は“聖女”だったんじゃないかと…」
「…え?」
「…え?」
…
困った顔の佐藤くんと呆けた顔の私がお互いの顔を見合ったまま固まりました。
…どうやら私は自分で墓穴を掘ってしまったようです…
よくよく考えれば、“聖女”というスキルについてはよく話題に上がっていましたが、“前世”なんて単語は出てきた事がありませんでした。
完全に私の早合点での…自爆…です。
私は数歩進んで、その先にある倒木に静かに腰かけます。
気持ちの良い風が髪を揺らしました。
佐藤くんも黙って横に座ります。
「……やっぱり、隠し事って難しいね…」
苦い気持ちを噛み締めつつ、佐藤くんにポツリポツリと事情を話します。
「……これから話す事は内緒にしておいてくれる…?」
私の小さな問いかけに佐藤くんは真剣な表情でうなずいてくれました。
「……私…産まれる前の記憶があるの」
ここまで知られてしまったので私はこれまでの経緯を佐藤くんに正直に話す事を決意しました。
本来であれば、この秘密は墓場まで持って行く予定でしたが仕方ありません。
佐藤くんにも内緒にして貰えるよう何とか説得しなければいけません。
「……私には“聖女”として生きて、そして“聖女”として死んだ記憶があるの。
その前世に後悔はないけれど…“聖女”という役目をただひたすら全うすることだけを考えていた人生だったから……その時は誰かのために生きることは当たり前の事だと思っていたのーーー」
前世の私は、ただただ必死に“聖女”として生きていただけなので、特に面白い話はありません。
しかし、説得するためにもそんな聖女時代の話を軽く説明しつつ魔王討伐までの流れなどを順番に話します。…佐藤くんはそんな私の話を遮ることもなく、何やら辛そうな面持ちで神妙に聞いてくれました。
「ーーー私は最期に人としての幸せに触れて…少しだけ考えてしまったの…普通の幸せってどんなものなのだろう…って…」
話している間に前世での仲間との最期の旅を思い出して思わず笑みが溢れます。…懐かしく少しだけ切ない気持ちです。
「…でも、後悔はしていませんし、これでルミエール様達も幸せに過ごしてくれるって…思ってた…そう、思ってたんだけど……」
「…あぁ…だから、ルミエールさん達の話を聞いた時…」
「…うん。…少し…感情的になっちゃった…」
てへっと笑ってみましたが、佐藤くんは心配そうな顔で笑い返してはくれませんでした。
「…でもまぁ、…そんな気持ちで消えたはずだったのに、気が付けば赤ちゃんとして生まれ変わっていたの…
…しかも、今世はただの“柚葉”な上に、前世とは全く違う平和な世界で……」
…そう、今世では私はごくごく“普通”で、その“普通”の生活がとても幸せだったのです。
「…なんだか、神様が“普通”に生きて良いと言ってくれてる気がして……だからこそ、今世では…あの名前も、過去も……全部、もうしまっておくべき黒歴史として…」
「……山田さん、わかったよ」
佐藤くんが優しい言葉で話を遮りました。
いえ、この先からが一番大切な部分なのですが…
「…山田さんが嫌だと思うなら誰にも言わない。僕だけの秘密にするよ…」
「…!…佐藤くん…」
その言葉に、私は思わず佐藤くんを見つめてしまいます。
まだ、“黒歴史”と“厨二病”についての話はしていなかったのですが、佐藤くんは最後まで聞かなくても私の言いたい事を読み取ってくれたのですね。
「……ありがとう。…気が付いたのが佐藤くんでよかった」
「…うううん。…むしろ、隠したがっていたのに無理矢理に話させてごめんね…でも、僕、絶対に誰にも言わないから…」
佐藤くんの真っすぐなその言葉に、私の頬が安堵でほんのり緩みます。
「……ありがとう。…佐藤くんは…やっぱり優しいね」
「…誰にでも…優しいわけじゃないよ…」
そう言ってふわりと笑う佐藤くんは、ふと何かを思い付いたのか一瞬だけ考える顔になりました。
…しかし、結局それ以上何かを言うことは無かったのです。
「……ルミエールさんも戦士さんも、何となく気づいてたっぽかったけど……」
そう…そんな、佐藤くんの小さな呟きは私には全く聞こえていなかったのです。