ギルドの依頼
戦士様との懐かしい再会の後、お互いの親交を深めるためと、ルミエール様からひとつの討伐依頼を一緒に受ける事を提案されました。
そんなに大変な討伐依頼ではありませんが田畑への影響が広がりつつあるため、出来るだけ早急に対処したい案件だそうです。
「…僕は、……山田さんさえよければ…」
私が少しだけ泣いてしまったせいか、佐藤くんは私を気遣ってくれます。
「…ありがとう、佐藤くん。私は大丈夫だよ」
「…お前、ただ面倒な依頼をやらせたいだけじゃねーのかよ…」
戦士様の呆れたような呟きにルミエール様は少しだけ不敵に笑います。
「…大丈夫よ。私も参加するし」
そう答えるルミエール様は、なんだかまるで以前のルミエール様に戻ったように見えました。
翌朝。
結局、依頼を受ける事となった私達はまだ太陽が森の上に顔を出す前、指定された谷間へと集まりました。
「…よし!しょうがねぇから…やるか!」
戦士様は腰の剣を確かめながら、周囲を見渡しています。
すました様子のルミエール様も静かに周りを警戒している様子をみせます。
「ホーンラビットの動きは夜明け前が一番活発よ。今が一番出やすい時間帯ね」
ルミエール様が囁くように告げると、佐藤くんは軽く緊張した顔で頷きました。
「僕は誘導係ですよね……にんじんの葉をばらまきながら、戦闘になっても大丈夫な広めの場所へと誘導します……」
「…わたしはあの子達の嫌いな香草の香りで辺りを囲って、外れそうな子達を佐藤くんの方へと誘導すれば良いんだよね…?」
「…うん……山田さん、気をつけてね」
「…ありがとう、佐藤くんも無理はしないでね」
私たちのやり取りを横で聞いていたルミエール様達は何故か生温い表情をこちらへと向けてきます。
「…おい、アイツらって出来てんのか…?」
「…いえ、まだ…それ以前段階よ…」
「…若いな…」
「…そうね…」
よく聞こえなかった会話に佐藤くんと2人首を傾げながら、今回の依頼について確認をします。
最近、村の近くで大量発生しているらしいホーンラビットは本来、食用にもされる弱い魔物の一種です。しかしやはり魔物は魔物のため増えれば強い個体も出てくるし、村の田畑への影響も大きくなってしまったそうです。
また、どうやらホーンラビットの他に別個体が混ざっているのではないかという話もあった為、依頼がルミエール様まで来る事になったようでした。
魔物被害が増え始める中で、今後、食料確保は重要な課題となります。
その為、ルミエール様は今後の為にも出来るだけ早めの確認と対応、そして対策方法を検討したいと思ってこの依頼を自ら受けたそうです。
そして、今回の依頼では出現する主な魔物の種類もわかっていた為、予めある程度の準備も対策もして来る事ができました。
「動いたわ」
ルミエール様の鋭い声と同時に、草むらから数匹のホーンラビットがぴょんっ、ぴょんっ、と飛び出してきます。
「きたきたきたきたっ! あ、可愛い…けど、速い…!」
佐藤くんがにんじんの葉をまきながら、小走りで後退します。
「よし、俺が一番手を叩くぞ。誘導を逸れた奴はここで止める」
戦士様が草を踏みしめながら前に出ました。
ルミエール様も魔術で狙いを定めています。
「山田さん、左に流れてるのが一匹!」
「了解っ、そっちの香りを強くするねっ!」
魔物たちはふらふらとにんじんの葉に誘われて進み、集められた狭い一角へと入っていきました。
そしてその先には―――いくつも仕掛けられた柵と罠。
「せーのっ」
「今だ!」
パシン、と戦士が仕掛けた罠のロープを引いた瞬間、落とし柵がガシャンと下り、ホーンラビットたちは次々と無事に囲いの中へ入っていきます。
「よし……もう少し……あと三匹!」
佐藤くんが小声で確認しながら、にんじんの葉をばらまきます。私はコッソリと香りを操作しつつ順調に魔物たちは囲いへ向かっていました。
しかし――
「……あれ、なんか………やばい!何かくる!!」
佐藤くんの突然の警告にルミエール様と戦士様の目が一瞬で鋭くなります。
そしてーー、それはホーンラビット達を追うように現れました。
「あれは……!ヤマダ!気をつけて!!」
ルミエール様が叫ぶのとほぼ同時でした。
――バシュッ!
異様な音と共に、その黒い個体が飛び上がり、ルミエール様達とは逆へ方向へと跳躍します。
そして――一瞬のうちに私と佐藤くんのいる場所へ襲いかかってきたのです。
「――危ない!!」
戦士様が走り、ルミエール様は咄嗟に魔術を練りますが、獣のスピードは予想以上です――
「っ――!」
私を狙った爪の一撃。
間一髪、戦士が割り込んで受け止めてくれました。
危なかったです…もう少しで腕を一本持っていかれる所でした。
「くっ……こいつ! “シャドウウルフ”…中型魔獣だ!」
「…シャドウルフ……!? なんでこんなところに……!」
シャドウウルフ……中型魔獣で動きは素早く鋭い爪に獰猛な牙を持っている魔獣だった筈です。集団行動もするし、並のパーティーでは危険な魔獣で、前世でも討伐には苦労していた記憶があります。
こんなのが出てきたら…村人どころか下手な冒険者でも簡単には倒せないでしょう。
「サトウ!!ヤマダを守って!」
「う、うんっ!」
ルミエール様はコチラを気にしつつも魔術を撃つ姿勢を取ります。
「ルミエールさん!後ろから10匹ぐらいの群れが来ます!」
佐藤くんはスキルを発動してシャドウウルフの数を確認したようです。
「チッ…こいつらは群れで来るから厄介なのよね」
ルミエール様の言葉と同時に後ろから、更なる狼の群れが現れました。
「コイツらは連携が異常に優れてるから気をつけろよ!!」
戦士様は私たちに向かってそう叫びつつ群れの中心へと打撃を叩き込みます。
「や、山田さん、下がってて……」
佐藤くんは青ざめつつも私を庇って前に出ようとしてくれました。
(『“体力回復”』『“防御膜展開”』『“速さ”“筋力”“集中力”強化』)
私は咄嗟に簡単な補助魔法をいくつか全員に付与します。
今の私にできる事はこれくらいしかありません。
「…!!」
「…は!?」
「…あら?」
皆、何処か戸惑いつつも明らかに良くなった動きで次々と打撃を与えていきます。
戦士様の動きがわずかに軽くなり、無駄な動きがなくなりました。戦士様は訓練を少し怠っていたようで以前よりも筋力が少し落ちていますね。
ルミエール様の魔術は精度が増し、呼吸が深く整ったのがわかりました。魔術は集中力が必要ですからね。
佐藤くんの剣先も迷いなく相手の隙を捉え、シャドウウルフの1匹を仕留める事ができたようです。成長が素晴らしいです。
戦えない私はとても心苦しく思いながら、皆の戦闘の邪魔にならない場所で見守ることに専念します。
…もちろん、ケガをしたら直ぐに治癒を飛ばせるように準備は万端です。
…あれ?…そういえば…私、少しなら攻撃魔法を使えた気も……
「戦士!そいつが最後よ!」
ルミエール様の声が静かに強く響きます。
最後の獣が飛び出しました。
――がうぅっ!
影のように低く速い動き…でしたが、
「…こっちに来ると分かってれば…」
戦士の剣がその獣を真っ直ぐに捉えます。
――グぅ、ガゥぉぉっっっっ……!
最後の1匹となったシャドウウルフは大きく跳ね、地面へと倒れ伏します。
最後の一匹が呻き倒れ、森には静寂が戻りました。
張り詰めていた空気が一気に崩れ、皆が肩で息をしていました。
「……全滅、確認。全員無事か?」
「山田さん、怪我は……!?」
「あ、うん、大丈夫……ちょっと服が破れただけ……」
擦り傷は既に治癒済みです。
「ほんっと……心臓止まるかと思った……!」
佐藤くんがへたり込み、その様子を見て、戦士様も剣を納めます。
佐藤くんと私がホッとしつつも笑顔を見せたそのとき、戦士様とルミエール様もふとお互いに視線を交わしました。
「まさか、こんなところでまた“あいつら”と戦うとはな……」
「ほんとね。懐かしい……昔、似たような戦いをした夜があったわね。あの時は……」
「……聖女が、全員の傷を魔力で癒してくれてさ。俺は寝落ちして起きたら、毛布までかけられてたな…」
「ふふ。そうね、あなたが意地を張って『疲れてない』って言ってたの、あの子はしっかり気付いてたわよ」
「…」
目を合わせ、ふたりは静かに笑い合います。
その表情には、深い痛みと温かい思い出が滲んでいるように見えました。
「……でも、またこうして戦っているなんて不思議だな。まさかまた誰かを剣で守ろうなんてさ…」
「…そうね。あの時とは違うけど……でも、悪くないわ」
私が少し離れたところで佐藤くんと話しているのを見て、ルミエール様は優しい微笑みを浮かべます。
…まさか、私の姿に“聖女”の面影を重ねていたなんて私は全く気がついていなかったのです。




