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【王城】侯爵令嬢


侯爵令嬢は、聖女の振る舞いに対する怒りに耐えかね、何度も両親や王へと訴えていた。


聖女はまるで自分が王族の婚約者か何かであるかのように振る舞い、第三王子もそれを許容している。そんな現状を許す事は出来ない。


この件に関しては他で関わりのあった貴族令嬢からの訴えも幾つかあった為、多くの貴族が侯爵家側の肩を持つ結果となった。


貴族同士のバランスも身分や最低限のマナーさえ守っていない“聖女”の横柄な態度は許される範囲を越えている。


しかし、いくら訴えようとも神殿や王族たちの対応は変わらなかった。


“聖女”へ一言苦言を呈してくれれば良いのに、それさえもしてくれない。


そんな様子に、徐々に貴族達と王家や神殿への反発は大きくなっていった。





膨らむ不満と疑惑。貴族達からの不満や訴えを聞く王家も流石に放っておく事も出来なくなりつつあった。


そのため、高位貴族の一部にのみ王家と神殿の本意を知らされる事となったのだ。



王家や神殿としての本意…彼女達がどういった役割を持ち、今後をどういう運命を辿るのか。


そのために、今だけは現状を見守るように。


父が大臣の1人でもあった侯爵令嬢にも父からこっそりとこの召喚の内情を知らされる事となった。



「…あぁ、なるほど。そういう事でしたのね。

…それは、ふふ、聖女様もお可哀そうに……」


侯爵令嬢は、自分の中の今までの怒りを鎮めようと、わざとらしく静かにそう嘲笑った。




聖女は王宮で過ごしているが、行動は制限されていない。


当然、王子と共に行動する聖女はその後も侯爵令嬢と顔を合わせる機会があった。


侯爵令嬢を見かけた聖女はいつものようにこちらを嘲笑う。


「…悪役令嬢っぽすぎ。こわー…なんちゃって」


「「…」」


「…愛のない“婚約者”様…かわいそー…」


マナーも何もないいつも通りの浅はかな行動だが、今回はそんな聖女の様子にも侯爵令嬢は余裕を持って応えた。



「…あら、まぁ…ふふ」


「…え?……何?」


通り過ぎる際、いつもと違う侯爵令嬢の反応に聖女が訝しげな様子で振り向く。



「…ふふ、あら失礼。……ただ——」


侯爵令嬢は微笑みながら、ゆっくりと聖女に歩み寄る。


「……あなたのその自信がどこから来るのか、不思議に思っただけですわ」


聖女は眉をひそめ、侯爵令嬢をじっと見つめた。


「……どういう意味?」


侯爵令嬢は、わざとらしく口元に手を当てながら、いつも隣にいる王子の方を一瞥した。


「…あら、…まさかご存じないのかしら? 聖女様のお役目の事ですわ……」


「……何?…何のことを言っているの?」


聖女の表情が険しくなる。


「あなた方“勇者一行”がどのような役割なのか……ということですわ」


侯爵令嬢は冷たく笑った。


「王族の方々が求める“あなたたち”の役割はちゃんと熟せるのでしょうか。……能力が一向に目覚める気配がなくとも何も言われないのに…何も疑問を持つ事もないのですね……」


何を言われているのか、意味はわからないが馬鹿にされた事だけはわかったらしい聖女は怒りを露わにする。


「…は?…あんた、何言ってるのよ。…私は聖女なのよ? 神の祝福を受けた存在なのにそんな口きいて良いと思ってんの……!?」


「……あら、“神の祝福”…ですって?…ふふ」


侯爵令嬢は小さく笑った。


「…本当にあなたは神の祝福を受けたのかしらね……ふふ」


「…なんですって!!」


「王族にとって重要なのは、この国の安定と利益ですわ。そして、あなたたちは……そのために必要な……に過ぎませんわ…」


「……は?あんた、何言ってんの?…頭おかしいんじゃない…?…ね、王子様……!」


聖女は王子を振り返る。

第三王子は一瞬だけ表情を強張らせたが、すぐにいつもの優しい微笑みを浮かべて聖女へと微笑みかけた。


一瞬だけ視線を向けた先の侯爵令嬢を軽く睨むようにしながらも聖女へと向ける表情は優しくそして、安心させるように聖女の手を取った。


「…そうだね、君は何も心配しなくていいよ。侯爵令嬢は……ただ少し意地悪を言いたかっただけだろう…」


「……」


侯爵令嬢が尚も何か言いかけるが、王子はそれを遮るように笑みを浮かべた。


「…彼女を怖がらせるようなことを言うのはやめてくれないか? …私は彼女を守るように言われている?…それに…君がそんなことを言う必要はないはずだ…」


侯爵令嬢はじっと王子を見つめる。


彼の言葉は確かに聖女を庇うような…そんな優しそうな響きにも聞こえたが、その奥に含まれた打算的な部分を見抜けないほど彼女は愚かではなかった。


一方、聖女は王子の言葉に安堵するように微笑んだ。


「そうですよね……侯爵令嬢様は、私のことを羨ましがって、意地悪を言っているだけですよね…性格わるっ!」


侯爵令嬢の表情がわずかに動くがそれ以上、表情が変わる事はない。


「…そもそも私は“聖女”なのよ。王様達がわざわざ異世界から呼んだ大切な存在なのに…そんな態度とるなんて…!…あーわかった。きっと王子様が私を選んだ事が悔しいんだ…ぷぷ…」


王子は微笑みながら頷く。


「…そうだね。君は特別な存在だから…」


聖女と王子のそんの様子を見る侯爵令嬢は少しだけ不快そうにため息を吐き出す。


「……はぁ、そうですわね。ならば、あなたはそのまま信じ続けていればよろしいのではなくて?」


「もちろん。アンタに言われなくてもそうさせてもらいます!…行こ、王子様!」


沙也加は王子の腕に自分の腕を絡めると侯爵令嬢に見下すような視線をおくる。


「アンタも、もう少し素直になったほうがいいんじゃない?…なんか、いかにも悪役令嬢って感じだしー…」


そんな“聖女”へと侯爵令嬢は冷ややかに微笑みを返した。


「…そうですわね」





王子へと向き直り、上目遣いで甘えるような表情を浮かべたまま王子に寄り添いながら去っていく聖女の姿を見て、侯爵令嬢は心の奥底で小さく舌打ちする。


「…本当に…愚かな“聖女”ですこと…」







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