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【過去】 戦士side(前)


魔王城の最奥。


床一面に広がる血のような魔法陣。


腐臭が満ちた闇の空間で、俺は槍を握りしめていた。


何度斬りつけても、何度槍を突き立てても、魔王は再生する。


魔術師ルミエールの魔法が焼き尽くしても、奴は笑っていた。



「無駄な足掻きだ、人間どもよ」



嗤う魔王。


だが、戦い続けるしかない。

負ければ、すべてが終わる。


俺たちはここまで戦ってきた。

幾度も傷を負い、仲間を失い、それでも進んできた。


勇者も、魔術師ルミエールも、聖女セリアも。



ーーセリア。


勇者の隣で、いつも静かに祈っていた少女。


誰よりも穢れなく、優しい光を湛えた聖女。



俺は知っていた。 


勇者が、彼女を想っていたことを。

言葉にしなくてもわかった。


旅の途中で、彼は何度もセリアを気にかけ、何度もその笑顔に救われていた。


勇者だけではない。

彼女がいるだけで、俺たちの疲れや痛みは身体的にも精神的にも癒やされていたのだ。


聖女の奇跡が、俺たちを支えてくれた。


だけどーー


セリアは、どうだった?



彼女は俺たちを癒し続けた…


…だけど、誰かセリアの心を癒すことはできていたのか?


過酷な筈の旅なのに…彼女はいつも楽しそうに微笑んでいた。


些細なことで心から嬉しそうに感謝していた。


俺は、旅の途中で何度か疑問を抱いたことがあった。


聖女の正しい姿とは何なのか…?



セリアは、過去の話をほとんどしなかった。


勇者や魔術師のルミエールから聞いてはいたが、本人が何かを愚痴るような事もほぼ無かった。


けれど、少しだけ話してくれたことがある。


「私は、神に仕える身ですから」


そう言っていた。


欲を持つことすら許されず、ただ祈り、ただ癒し、ただ与えるだけの存在。


自分の幸せではなく、他の者の幸せを優先する事が当然だと笑っていた。


それが、“聖女” なのか?


ーー違うだろ。


俺は何度も思った。


彼女は、ただの道具じゃない。

人間だ。

俺たちと同じ、感情を持った一人の少女だ。


なのに、教会は彼女を何だと思っていた?


搾取するための存在?


人々を救うための器?


それだけの存在として育てられ、最初から”命を捨てること”が前提の役割だったのか?


俺たちが、何も知らずに旅をしている間ーー


セリアだけは、始めからこの瞬間を知っていたんじゃないのか?



遅まきながら、俺はようやく気づいたのだ……


……教会の思惑に。


そして、彼女が勇者の旅に同行させられた本当の理由に……



…国にも教会にも裏や暗い部分がある事なんて知っていた筈なのに。


俺が仲間の中では一番俗物的で汚い思惑類にも気が付ける立場だったのに…。



彼女が、この旅に同行させられた本当の意味…


恐らく、セリアはこのために聖女として選ばれたのだ。



俺たちのために……


一番素直で、一番献身的で、一番純粋で、更に類をみない力まで兼ね備えていたのに孤児で身内もいない……



……だからこそ、この戦いの最期の切り札として選ばれたのだ。



彼女を守るべきだった。


彼女を救うべきだった。


でも……何も知らなかった俺たちは、ただのんきに旅をしていた。


笑い合い、食事をし、戦い、夜は焚き火を囲みーー


セリアは、何を思っていたんだろう。


彼女は、どんな気持ちで俺たちを見ていたんだろう。




「……これで、終わりです」


静かな声が響いた。


はっとして振り向く。


セリアが、一歩、魔法陣の中心へと進んでいた。


「聖女様?」


勇者の声が震える。


……待て、何をする気だ……?


俺は思わず止めようと手を上げたが届くほど近くは無かった。




「……まさか」


ルミエールの美しい顔が苦痛に歪む。


彼女は聡明だからすぐに理解したのだろう。


セリアが何をしようとしているのか。



何かを言わなければ……


そう、思うけれど…咄嗟には何も出てこない…


そして、言葉にする前にーー




「大丈夫です」


セリアが、微笑んだ。


「……ありがとう。今まで、たくさんの幸せをくれて」


その言葉が、胸に突き刺さる。


やめろ。

やめてくれ。


「…聖女様!!」


勇者が叫ぶ。


「聖…セリア!やめろ!! 俺はーー」


彼の手が、彼女へと伸びる。


だが、それよりも先に彼女は祈りを捧げた。


「神よ。どうか、世界をお救いください」


ーー光が溢れた。


黄金の輝きが、世界を包み込む。

魔王の悲鳴が響く。


勇者が、何かを叫ぶ。


「セリア!! 俺は……っ!」


彼の指が、セリアに触れた。


だけど、その言葉は届かない。





彼女は、消えた。


勇者の想いが届く前に。


「……っ」


勇者の手が空を切る。


俺は、上げた手を握りしめるしかなかった。


今さら、後悔しても遅い。


俺たちは、彼女を守れなかった。

彼女を救えなかった。


いや、違う。



最初から、彼女は救われる予定なんてなかったんだ。


教会に、そう仕組まれていた。


俺たちは、教会の計画通りに動かされていたんだ。


ーー聖女が命を捧げる事により、勇者一行は魔王は無事魔王討伐を果たすー


そして……それで世界は救われたーー





ふざけるな。


何が“聖女”だ。


何が“与えるだけの存在”だ。


セリアの命は、そんなもののためにあるんじゃない。


彼女は、もっと笑っていいはずだった。

もっと自由に生きていいはずだった。

勇者と共に、幸せになるはずだった。


なのに、俺たちはーー


「……セリア……」


勇者の震える声が響く。


俺は、ただ黙って天を仰いだ。


この勝利が、こんなにも虚しいものだなんて、思わなかった。


ーーどうして、もっと早く気づいてやれなかったんだろう。




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