“伝説の勇者一行”の噂話(前)
この世界はどうやら間違いなく私の前世の世界だったようです。
国名も王城や街の様子からもそうであるとは思っていましたが、王族の方々の顔をイマイチ覚えていなかった為、確信は持てていませんでした。
そんなあやふやだった事柄がハッキリとなったのはいつものようにギルドにて次の依頼を探していた時の事でした。
「うーん、薬草採取はもう慣れたし、そろそろ違う依頼でもいいかも……」
「そうだね……ちょっと怖いけど、討伐系もそろそろ挑戦してみる?」
佐藤くんとそんな話をしていたとき、近くのテーブルからにぎやかな笑い声が聞こえてきたのです。
『おい、知ってるか? この国の“伝説の勇者一行”の話!』
『おっ、またかよ! でもまあ、何度聞いても熱い話だよな』
『魔王討伐のやつか?』
『そうそう! 選ばれし勇者様と、その仲間たちが、最強の魔王を倒したってやつだ!』
……えっ!?
私は思わず手を止めてしまいました。
まさかこんなところで 自分たちの話が語られる なんて……。
ちらりと横を見ると、佐藤くんは 興味津々の様子です。
「へぇ……勇者様…か。山田さん、聞いてみようよ!」
え、えぇ……!?
ちょっと待ってください。
この話、私にとって めちゃくちゃ気まずいお話なんですけど…
佐藤くんは焦る私の様子に気がつく事もなく近くのテーブルへと座ります。
佐藤くん…大分コチラのギルドに馴染みましたね…
「いやー、勇者様はすごかったらしいぜ!」
「『勇者』と『戦士』、『魔術師』、それに『聖女』の四人で旅をして、幾多の試練を乗り越え——」
「ついに魔王城で決戦! 聖女様の献身により、勇者一行は魔王を倒し世界に平和が訪れた!」
「おお~!!」
ギルドの中が歓声に包まれました。
……えっと、まあ だいたい合って…ますかね?
なんだか、細かい部分はけっこう違う気もしますが。
…というか、私が聖女だった頃の話を聞かされるのがこんなに恥ずかしい気持ちになるという事は…やはりこれは黒歴史で間違いありません。
結構な割合で話へと登場する『聖女』様はとても自分だとは思えない程の活躍をしているように聞こえました。
平静を装いながら、そんな話をひたすらじっと耐えながら聞くのは中々大変です。
「…そんなに活躍した『聖女』様って、どんな人だったんだろうね?」
何気なく聞いた佐藤くんの声が思いの外響いたのか、気持ちよく話していた男達ががコチラへと笑いかけます。
「お、興味あるのか?」
「…え。あ、は、はい!」
佐藤くんは、挙動不審になりながらも返事を返します。
佐藤くん。なんて、余計な事を言うのですか…
私の無言の訴えに気が付く者など居らず、話は続くようです。
「ああ、なんかすごい美人だったらしいぜ? 優しくて、みんなの癒しで——」
「おまけに 勇者様とは特別な関係だった って話もある!」
「えっ、マジで!? 勇者と聖女って、そういう関係だったのか?」
「さあな? でも勇者様は聖女のことをめちゃくちゃ大切にしてたらしいぜ!」
「おいおい、ロマンあるなぁ~!」
「くぅ~、俺も聖女様と恋に落ちてぇ……!」
「無理に決まってんだろ、バカ!」
男達は既に佐藤くんの様子を気にかける様子もなく、楽しそうに言い合いをするとギルド内がまた盛り上がります。
私は 佐藤くんの前の席で必死で無表情を保っていました。
いやいやいや、ちょっと待ってください!
なんで そんな素敵なロマンス要素がついてるのですか!?
勇者様とは 全くそういう関係では無かったというのに…。
私は勇者様の名誉のためにも反論をしようかとも思いましたが、それを納得させるだけの内容も話術も身分もない事にすぐに気が付きました。
むしろ、ここで反論したら怪しまれるかもしれません。
ここには佐藤くんもいるのです。
私が実は聖女だったなんて事になってしまったら……
…考えるだけで恐ろしいです。
私は決して病気ではありませんし、これ以上の黒歴史はいらないのです。
私は 訂正出来なかった事を心の中で勇者様に謝りながらも、ひたすら平静を装う事でこの場を耐えたのでした。




