あるクラスメートside
「はぁ……」
佐藤くんと山田さんが追放される少し前の事だった…
その日もまた、ため息がこぼれた。異世界に召喚されてから3週間。勇者や聖女としてちやほやされるクラスメートたちとは違い、私たち非戦闘型の通常スキル持ちは“その他”の扱いだった。
「《裁縫》とか、どうしろっていうのよ……」
「いやいや、《掃除強化》よりマシでしょ。ただの掃除好きにされただけじゃん」
「それなら《家庭料理》の俺の立場は? 料理は料理でも“家庭”料理だよ?…俺、嫁に行こうかな…」
王宮の片隅の中庭。ここは、微妙スキル持ちたちのたまり場だ。
「ねえ、ぶっちゃけ私たち、このままだと捨てられるんじゃない?」
その言葉に、空気が凍った。
「……やばいじゃん」
「うちらも何かしないと、本気で捨てられる」
「でも、どうするの? 今さら役に立つスキルに変わるわけでもないし……」
沈黙が落ちる。だが、誰かがぽつりと呟いた。
「……ねえ、山田さんに相談してみる?」
その言葉に皆が沈黙する。
悪い提案ではないけれど複雑ではある。
山田さんは“一般人”というよくわからないけど全くすごく無さそうなスキルの為、私達以上に冷遇されているのだ。
しかし、そんな事を気にした様子もなく私達の話を聞いてくれたり困ったことがあるとよく手助けしてくれていた。
八つ当たりしたり、嫌味を言う子だっているのに山田さんは特に気にした様子も見せず、優しい微笑みを浮かべて助けてくれる。
その行動ももちろんの事、召喚されて皆が不安定な精神状態の中、何故か山田さんだけは安定しているというか…皆、山田さんと一緒にいると不思議と落ち着くのだ。
そして、そう感じているのは私だけではない。
「…私の事呼んだ?」
後ろから声を掛けられ振り返ると、そこには山田さん本人がいた。
「…や、山田さん!」
「…あ、ごめんね。…少しだけ話、聞こえちゃって…」
「いや……その……」
戸惑う私たちに、山田さんは優しく微笑む。
「…みんな、不安だよね」
「…」
「…うん」
山田さんの穏やかな雰囲気につい愚痴が口からこぼれだす。
「…なんか私達って役立たずなスキルだなって…」
「…こんなよくわからない世界になんて来たくも無かったし…」
「……そうだよ。勇者や聖女みたいに強くもないし、役立つスキルもない。正直、このままじゃ……」
空いた椅子に座りながら、山田さんは私たちが話し出すと静かに皆んなの話に耳を傾けている。
みんなの不安をひと通り聞き終わるとゆっくりと頷きながらここにいる皆の顔を見渡した。
「…うーん、確かに戦闘では役に立たないスキルが多いかもしれないね。でも、それって“魔王討伐での戦闘力”を基準にした価値観だからじゃないかな?」
「え?」
いつもと変わらない落ち着いた声でごく当たり前のように言われた内容に思わず声が出てしまった。
「今回の召喚は魔王を倒す事を目的でされたから、…特別な力がすべてっていう雰囲気があるよね。…でも、本当にそれだけが価値なのかな?」
まるで当たり前のように話す山田さんの言葉に、私たちは息を呑んだ。
そんなこと思い付きもしなかった。
「例えば、《掃除強化》があるなら、落ちない汚れが綺麗になるんだよ。家の掃除はもちろん極めれば城の清掃だって1人で出来ちゃうすごいスキルだよ。…それに、《裁縫》なんて服だけじゃなくてもっと色々な物が作れるようになるし…《家庭料理》なんて特に良いよ。
極めればその人の一番求める味、家庭の味を再現出来るようになるんだよ。ここだけの話、この国の料理ってあまり美味しくないから…」
「……え…でも、それって」
「すぐに使えるようになるわけじゃないし、今回は後方支援て形にはなっちゃうけど…。
…でも、少なくとも“何もできない”わけじゃないよ」
そう言って、山田さんは優しく微笑んだ。その笑顔に安心感と共に失いそうになっていた自尊心が少しだけ戻った気がした。
「……私たち、もう少し頑張ってみる?」
「……うん」
そうやって、少しだけ前向きになれたのに――
私は、何もできなかった。
中庭の片隅。騎士たちと進藤くん、それに鈴木さんが現れて、佐藤くんを追放すると言い出した時——心臓が跳ね上がった。
だって、次は私かもしれない。
私は《裁縫》しかない。戦闘向きではないし、誰かの役に立てる自信もない。
だから、怖かった。
それでも、山田さんは……私たちが言えない言葉を、堂々と口にした。
「“役に立たない”って、誰が決めたんですか?」
震える佐藤くんを庇うように、勇敢に前へ出る山田さん。
……すごい。
私たちのほとんどは、彼女のようにはなれない。
心のどこかで、見て見ぬふりをすることで自分を守ろうとしていた。
でも、山田さんは違った。
誰かのために立ち上がれる、強い人。
そんな彼女のことを、進藤くんが好きなのも、私は知っていた。
——だからこそ、彼は歪んだ形で彼女を引き留めようとしたのだろう。
“俺のそばにいればいいんだよ”
佐藤さんには伝わらなかったかもしれないけど、彼の口がそう動いたのに私だけは気がついていた。
まるで、独占したいかのように。
でも、山田さんは迷わなかった。
私たちが言えない「友達だから」という言葉を、はっきりと告げた。
……私には、それが言えなかった。
私だって、佐藤くんが追放されるのはおかしいと思っている。
私だって、山田さんみたいに勇敢になりたかった。
でも、怖くて……ただ、縮こまることしかできなかった。
「ねえ、じゃあ……山田さんも追放したら?」
鈴木さんのその言葉に、私は息を飲んだ。
進藤くんは迷っていた。
彼は、山田さんを手放したくなかったんだと思う。
でも、鈴木さんの囁きに抗えず——
「……チッ。お前も一緒に出ていけ」
……ああ。
…言っちゃった。
進藤くんは、きっと後悔する。
山田さんが歩き出す瞬間、進藤くんの手が少し動いたのも私は見ていた。
あれは——引き止めようとしたのだと思う。
でも、その手は、結局何も掴めなかった。
山田さんは、振り返らずに歩いていく。
「…それじゃあ、失礼します」
静かな言葉が、進藤くんの胸に突き刺さったのがわかった。
その表情は悔しそうで、苦しそうで——
まるで、自分の手で大切なものを失ったことに気づいたみたいに。
……私は。
私は、どうすればよかったんだろう。
怖くて動けなかった自分が、情けなくて仕方がない。
山田さんがいてくれるだけで、私たちはどれだけ安心できていたか。
もっと早く気づいていたら——もっと勇気を出せていたら——
「山田さん……」
私は彼女の名前を、小さく呟いた。
でも、もう届かない。
私たちは、取り返しのつかないことをしてしまったんだ。




