聖女、追放される
特にパッとしないスキルの私だと皆んなも気が緩むようで沢山の本音を聞く事が出来ました。
“…能力が無いと楽でいいよね”などの嫌味も言われてしまいましたが、これは仕方のない事です。
こちらの世界では、能力の違いを“スキル”によって明確にするので当然のように区別による差別もあります。
そして、今までなんとなくあったクラスのヒエラルキーも今はハッキリしたものへと形作られてしまいました。
未熟な子供達にとって自分よりも“下”の存在は安心を与えると同時にストレスを発散するのに丁度良いと感じるのでしょう。
ここには平等を謳う大人も取り締まる先生もいない。あちらの世界と比べるとある意味で無法地帯のようなものに感じているのかもしれません。
この世界の者達は率先して希少なスキルの者達を優遇しているので、余計にそう考えてしまっても仕方のない事ですね。
…そうなると、当然横柄な態度を取る子や明らかに媚びを売る子も出てきました。
本当に…なんという事でしょう。
こんなに…こんなに沢山の子達が…
…黒歴史を製造し始めてしまうなんて…
昼下がり“戦力外”な者達の憩いの場となった中庭へ騎士たちと共に進藤君(勇者)と鈴木さん(聖女)が現れました。
進藤君は顔に何か嫌な笑みを浮かべ、鈴木さんはどことなく満足そうな表情をしているように見えました。
「おい、お前」
騎士の1人が冷たい声で指をさします。
「王からの命令だ。“役立たず”は追放することに決まった」
「……?」
私たちは顔を見合わせます。
「おい、お前だよ!佐藤大地」
「……え、ぼ、僕?」
大きな声で進藤くんから指名されたのは、佐藤君でした。
クラスでも大人しくて、物静かではありますが皆を気遣う事の出来る優しい性格の少年です。
「…お前、城にいても意味がねえし。お前のスキル、《良眼》とか、クソの役にも立たねえ雑魚スキルだろ」
「ま、待って…。…ひょっとしたら、役立つ場面も——」
「そんな雑魚スキル、意味ねえんだよ」
戸惑いつつも反論しようとする佐藤くんを押し除け、進藤君は強引に腕を組んで吐き捨てるように言いました。
「…そんな戦闘になんのも役に立たねぇような奴はさっさと出て行け」
「っ……!」
佐藤君の唇が震えています。
近くにいたクラスメート達も顔を青くしながらも何も言えず、ただただ黙って此方の様子を伺っていました。
「…」
「…ッ」
佐藤君は必死に言葉を探して何か言おうとしますが言葉にはならないようです。
「ほら。早く出てけよ」
「…」
強引に腕を引き門の方向へと身体を押し出す進藤くんはすぐにでも佐藤くんを追い出すつもりのようです。
進藤くん筆頭に兵士たちが周りを囲み外への通路へと向かおうとします。
鈴木さんもニヤニヤしながら進藤くんの横についていこうとしていました。
「……あ、あの!待ってください」
私は思わず声を掛けてしまいました。
「…は?」
「…なに?」
皆が一斉にこちらへと視線を向けます。
今世に生まれ変わってからあまり注目を集めるような事が無かった為、少しだけ怯んでしまったのは内緒です。
私はあくまで説得するつもりの落ち着いたトーンで話しかけてみました。
「“役に立たない”とは誰が決めたんですか?」
「は?」
「スキルだけで役に立たないと決めつけるのはおかしいです。
…それに、戦闘以外の通常スキルでもとても素敵なスキルだと思います。…生産系のスキルは武器や防具を作るのに必要な技術ですし、奥向きのスキルも快適に過ごすには大切です。…それに、佐藤君のスキルは使い方次第ではーー」
「…チッ」
舌打ちと共に進藤君が不快そうにピクリと動きました。
その様子に、私は思わず説得の言葉を途中で止めてしまいます。
「だから?それで戦えるわけじゃねえだろ…」
私の言葉が止まったところに真藤くんは威圧感たっぷりで言葉を返してきました。
「でも——」
「うるせえよ」
進藤君は私を睨みつけます。
「お前、なんでそいつを庇うんだ?」
そんな答えのわかりきった問いに私は迷いなく答えました。
「友達だからです」
「っ……」
私の答えに何故か驚いた顔をする佐藤くんと表情が歪んだ進藤くんが見えました。
…あれ?…クラスメートって友達ですよね?
「……山田柚葉」
一瞬不安になる私に気がつく事もなく、進藤くんは苛立ちを隠すように口元を歪めます。
「……お前は俺のそばにいればいいんだよ」
進藤くんが何かを呟きましたが、声が小さくて私にはよく聞こえませんでした。
「?」
「お前は他のやつと違って頭もいいし、なんか不思議と役に立つことが多い。俺はお前のことは捨てないでやっても良いと思ってる!」
「……」
まさかの高評価。
今世の私は聖女ではないので佐藤くんよりも無価値な存在だとおもうのですが、意外にも高評価をして貰えていたみたいです。
いや、でもそれなら佐藤くんだって…
「お前が俺を頼れば、俺が守ってやるよ。役立たずなんか庇わないで俺のそばにいろよ」
それは、なんだかまるで告白のような響きです。
少しだけ目元を赤くした様子の進藤くんは少し期待するようにこちらへと視線を向けました。
…しかし、その時の私は隣の鈴木さんの顔が驚くほど険しく変化する様子を凝視していた為、進藤くんの視線にはもちろん気が付く事はありません。
「……何それ? 進藤くん、まさかこんな子に情でも湧いたの?」
「…ち、違ぇよ。ただ、こいつが俺のそばにいた方が…や、役に立つって言ってんだよ」
「ふぅん……」
鈴木さんは不機嫌そうに唇を尖らせます。そして、ゆっくりと口元に弧を描きます。
「ねえ、じゃあ……山田さんも追放したら?」
「は?」
進藤君の表情が凍りつきました。
「だって、彼女がこのまま残ってたらまた余計なことに口を出してくるわよ?
…それに、山田さんのスキルこそ最も役立たずじゃない」
「っ……!」
鈴木さんの言葉に進藤君の目が驚きと戸惑いに揺れます。
いや、本当にそれなんですよね。
佐藤くんが役立たずと言われたら私はどうなるのかと思っていたところです。
「どうするの? 私たちの邪魔をする山田さんを庇うの…? それとも——」
鈴木さんの囁きに、進藤君は苛立ちを隠せず、舌打ちをしました。
「……チッ」
そして——
「お前も一緒に出ていけ」
私へと、そう告げました。
それを聞いて鈴木さんは満足そうに微笑みます。
一方で進藤君はなぜか苛立っている様子です。
…えっと…私も一緒に…?
まぁ、確かにスキルから考えても、そうなりますよね…
それでも、今私が居なくなってしまうと少し心配ではあります…
「…ねぇ、ウザいから早くどっか行ってよ。役立たず」
「…えっと……」
「…邪魔なのよ。…マジで。何も出来ないからって進藤君に気軽に近寄らないでくれる?」
鈴木さんは此方に向かって嗤いながら牽制します。
あー…、これは話とか聞いて貰えなさそうですね…
今までこっそりとフォローしていた回復や安眠の魔法が無くなった後の事を考えると心配ではありますが…
頭の血が下がるまでは冷却期間を置く方が良いかもしれません…
こうなれば仕方がないですね。
「佐藤君、行こう…」
「…」
私は困った表情の佐藤君を進藤くんの側から引き離すと、促してその場を後にします。
「…っ!」
何やら後ろで進藤君の手が動いたようにも見えました。
伸ばそうとしたのか、それとも止めようとしたのか——
いえ、そんな筈はないですよね。
結局、進藤くんの手が何も掴めなかった様子を私が見ることはありませんでした。
「…それじゃあ、失礼します」
そうして、私達は振り返らずに門の方向へと歩き出します。
その背中を見送りながら、進藤君がずっと拳を握り締めていた事なんて私は全く気が付いていなかったのです。
私たちが去った少し後、城門の閉じる音が城の庭に重く響き渡りました。
それにしても…
…佐藤君のスキルって希少スキルなんですけどね。




