3.お隣さんからの物音
瑠奈の引っ越しが終わってから数日が経ったある日。
なんとなく気が向いた凛翔はキッチンで作り置きストックの準備をしていた。
正確に言えば夏休み明けのテストの勉強から逃げていた。
「テスト期間が近づくといつもこうなんだよなぁ……」
他の人が突然部屋の片付けを始めるように。
凛翔は作り置き料理を無数に作るようだった。
今を作っているのは金平ごぼう、ひじき、ピクルス、ナムル……など和洋中関係なく、日持ちするものをひたすら作っている。
無心でごぼうのささがきをし続けるとなんとなく不安が解消される気がする。
実際にやっていることはただの逃避なので不安は何も解消されていないわけだが。
「……勉強やらなきゃなぁ」
作業がひと段落してしまったために思考が勉強に少し引っ張られる。
気がつけば陽が傾き、もうすぐ月が出るような時間だった。
しかし、気持ちはあってもなんだか勉強を取り組もうと行動にはつながらない。
学生としては当たり前の感情ではあるが、やらなければならないことも事実。
イヤイヤながら参考書を広げテスト勉強をしようと机についた時。
――ボンッ
開けていた窓越しから大きな爆発音が聞こえた。
どこから? そう思いとりあえずベランダに出る。
出たと同時にベランダに出てきたもう一つの小さな影。
「あっ……」
「お、そっちも音に気づいて出てきたのか」
隣の少女、瑠奈だった。
「あ、いえ……それ私です」
「え?」
「だから、その爆発音、わたし、です……」
「……何があった……」
爆発音の出どころが自分だと明かす瑠奈。
凛翔は家ではほぼ出ないような音に頭をかかえる。
恥ずかしそうに頬に赤を添えてポツリと話す。
「卵、レンジでチンしたらこんなことに……」
「なんで卵……」
「ゆで卵、レンジで作れるって聞いて……」
「ゆで卵をなんでレンジで……」
「それは……茹でるより早くできると聞いて……?」
話せば話すだけ頭をかかえる。
卵が爆発するのは誰もが知っていると思っていた。
そのくらい常識だろう、という言葉を飲み込んだ。
「卵はレンチンすると爆発するからしない方がいい。あとゆで卵も爆発するからな」
「そうなんですね……気をつけます」
「それはそうと逃げてきて大丈夫なのか? レンジとか壊れてない?」
「あ、そうでした! 確認してみます!」
殻ごとやっていなければ大丈夫と聞くが……と思いつつ、心配する凛翔。
しばらくすると再びベランダに戻ってきた瑠奈は
「電源、入らなくなってしまいました……」
青い顔でそう話した。
「やっぱりなぁ……」
「あの……どうすればいいでしょうか……」
「どうすればって? 親御さんに連絡するしかないんじゃないか?」
「えっと親とは……一緒に住んでなくて……」
「え? じゃあ誰と?」
「誰とも……」
「誰ともって1人なのか?」
「はい、まあ……」
なんで、という言葉は飲み込んだ。
きっと何かしらの事情があるのだろう、そう思っても凛翔は大した関係でもない人の家庭の事情に首を突っ込む気はなかった。
しかし、今にも泣き出しそうな状態でどうしようと呟いている年下の女の子をほっとく程人間性は腐っていない。
「何か食べるものはあるのか?」
「あ、はい。冷凍食品もレトルトの食材も……あっレンジ……」
「そうだろうな……ちょっと待ってろ」
「え、あの待つって?」
困惑している瑠奈の声は無視して、先ほどまで大量に作っていた惣菜をタッパーに詰め始める。
副菜しかないことに気づいた凛翔はレンジを駆使して照り焼かないチキンを作り、一緒に詰め簡単なお弁当を作った。
流石にベランダ越しに渡すのは、と考えた凛翔は玄関に周りインターホンを押す。
少し待つと瑠奈が玄関を開けた。
「はい、どうしたんですか? 待ってろって言っていなくなりましたけど」
「今日のご飯が困るだろ。うちの作り置き分だが、やる」
照れ隠しからか少し冷たくタッパーを突き出す凛翔。
「いえ、そんな受け取れません! コンビニにでも行けばなんとかなりますし……」
「これから買いに行くのも危ないし、買ったところで温められないだろ」
「あ、確かに……」
コンビニで温めて貰えばいいが、それはあえて言わなかった。
瑠奈もそのことには気がついていないらしい。
瑠奈は手を伸ばしたり引っ込めたりを数回してようやく凛翔からタッパーを受け取った。
「ありがとうございます、ではありがたくいただきます」
「ん、気にすんな」
「お料理、上手なんですね」
蓋越しに中身を覗きながら呟く。
「普通じゃないか? 幼少期からやってるしな」
「普通、ですか……」
その反応を見て言葉を間違えたことに気づく。
先ほどレンジで卵を爆発させたばかりの瑠奈に対してそう伝えるのは間違いだった。
「あ、いや、俺はやってたから普通にできるっていうだけで中学生ならまだできないこともあるよな」
「え?」
「え? 違ったか?」
「……いえ、なんでもないです」
「そうか」
何か言いたげの瑠奈だが、本人がなんでもないと言ったため、凛翔は気にしないことにした。
「じゃあ冷めないうちに食べろよ。おやすみな」
「はい、本当にありがとうございます。おやすみなさい」
閉めるドアの隙間からあまり進んでいないように見える荷解きと散乱しているものが見えたが、大変な時期だよなと自分を納得させた。