ろくでもない人生を送ってきたおじちゃんが、姪の運動会を見て感動し、おじちゃんもと全力で走った所、それはそれで姪のようにキラキラしているかもしれなかったおじちゃんの人生、という名の走り。
おじちゃんは感動した
あなたの踊りに
あなたの走りに
おじちゃんは涙が出た
おじちゃんも踊りたくなった 走りたくなった
おじちゃんは決めた
全力で走る
それならおじちゃんにでもすぐできる
位置について よーい ドンっ
おじちゃんは走った
全力で走った
しーちゃんの輝く姿を思い起こしながら
うおりゃあああああ
うおりゃあああああ
うおりゃあああああ
ツルっ
うっ
とっ
トッ
どてーんっ
どかーんっ
どぼーんっ
おじちゃんは案の定
すってんころりんおおこけした
感動の涙が原因だったらいいのだけど
実際はペラペラのスニーカーが祟ったのだろう
ツルっで滑った時
うっ
とっ
トッ
で体勢が整えられるかとがんばったけど
ダメだった
自分で言うのもおかしいけど 見事なおおこけっぷりだった
これでもおじちゃんは 運動神経が良かったんだ
だからすぐにこけずにちょっと耐えられたんだ
なんの自慢にもならないけどね
足も速かったんだぞ
足が速い男子は 女子からモテたんだぞ
モテたのは 小学生までだったけどね
これもまた なんの自慢にもならないね
ありがとね しーちゃん
おじちゃんはおおこけしてしまったけど 悔いはない
こけてものすごーく痛かったけど 悔いはない
おじちゃんは最後まで全力で駆け抜けることができた
すべってこけて車に轢かれて川に落ちるという
おじちゃんらしい最後を迎えることが出来た
しーちゃんが大人になるのを見ることはできないけれど
これだけは言える
走るとき 靴には気をつけてね
おじちゃんはいいけど しーちゃんがそれで終わりになるのは耐えられないから
ぶくぶくぶくぶく
あーもー意識が遠のいていく
きっとおじちゃんは発見されることもないのだろう
そのほうがおじちゃんらしくていいのかもね
あいつはまた 旅に出たってさってさ
今度は永遠のだけどね
うはははははははは
笑ってるのは おじちゃんだけかもね
それもまたおじちゃんらしくていいや
おじちゃんはね
いっぱい人を騙してきたりした 嘘もついてきたりした
近寄って 信じさせて 裏切って 逃げてきたりした
最悪なおじちゃんだ
最悪なおじちゃんなのに
罰を受けなければいけないおじちゃんなのに
すべったことが罰かもしれないのに
うはははははははは
罰を受けた気持ちは全くなく
最後までやり切ったという清々しい気持ちのままおじちゃんの人生は終わる
ほんと しーちゃんのおかげだよ
きっと しーちゃんは女神のような存在になるんだろうね
おじちゃんとは正反対の人生を送って
みんなに惜しまれながら 人生の終わりを迎える
素敵なしーちゃん
おじちゃんの姪でいてくれて ほんとにありがとう
靴がペラペラな奴にはくれぐれも気をつけて
逆に靴がきれいすぎる奴にも気をつけて
ぶくぶくぶくぶく
もう時間かな
シーユー
アゲイン……
これじゃあまた会おうになっちゃうね
ぶくぶくぶくぶく……
もうほんとにこれで
グッバイしーちゃん
さよならしーちゃん
素敵な運動会をありがとう
ほんとにさよなら
いいんだ
ぶくぶくぶくぶく
おじちゃんの人生はこれでよかった
どうしようもない人生
生まれ変わったらまたおじちゃんにはなりたくないけど
しーちゃんのおじちゃんではいたいね
ぶくぶくぶくぶく……
どうやらまだ時間があるみたいだ
しぶとくてごめんね
何話そうかな
そうだ 結婚する時は この川に来ておじちゃんに紹介してね
変な奴だったら川に引きずり込んであげるから
おじちゃんは成仏しない気がするしね
だって
やっぱり
死にたくないからね
どうしようもない人生でも 生きていたい
それも本音
でもどっかで人間は死ぬ
死にたくないけどおじちゃんは死ぬ
死ぬのは嫌だって駄々こねてもおじちゃんは死ぬ
それがおじちゃんの人生
しーちゃんの成長を キラキラ輝いている姿を ずっと見ていたかったな
見れないことが 最大の罰なのかもしれないね
さようなら
「おじちゃん!」
「おじちゃんっ!」
「おじちゃんっ!」
……こ、この声
「おじちゃんっ!」
しーちゃん?
水面に何か 物体らしきもの
浮き輪?
「おじちゃんっ!」
その声 やっぱりしーちゃん!
そうか
おじちゃんが落ちたのを目撃して
浮き輪を投げてくれたのか
「おじちゃんっ!」
「掴んで!」
「しーだよ!」
「ダメだよ死んじゃ」
「おじちゃんに褒めてもらいたくてがんばったんだから」
「おじちゃんっ!」
泣けてくるじゃないか
いい子に育ったね
こんなおじちゃんに褒められたいなんて
そんなこと言われちゃ 死ぬわけにはいかない
生きるよ おじちゃん
おじちゃんは水を掻く
余力を振り絞って 水を掻く
動く 体が動く 車に轢かれたのに
運動神経が 抜群すぎる
ちょっとは自慢になるかな
力を入れて水を掻く
懸命に水を掻く
掻いて 掻いて
もがいて もがいて
届いた
浮き輪を掴んだおじちゃんは
ぷふぁっと水面に出た
浮き輪に両手をかけて懸命にしがみつく──
え?
岸に 三人の人影……
おじちゃんは 急に力が抜けた
物凄い勢いで岸に引っ張られていく
岸に上げられたおじちゃんは
見覚えのあるキレイな靴を目撃した
「……よう、太蔵」
キレイな靴にこの嗄れ声
金貸しの銀二だ
「あぶねえところだった。お前に死なれちゃあ困るんだよ。最近は保険会社も厳しくてね。きっちり貸した金は返してから死んでもらわないと」
そ そうだな やっぱり死にたかったかも
しーちゃんは どこにもいない
あれは幻聴だったのか
銀二の手下 右近と左近に抱えられ おじちゃんは無理矢理立たせられる
痛い 痛いが 無理矢理感の痛みだけ
すべってこけて車に轢かれたのに おじちゃんは打ち身一つないんだぞ すごいだろ
なんて しーちゃんに言いたかったな
「おじちゃん」
──こ、この声
おじちゃんは見上げる
土手の上の木の陰に 体操着姿のしーちゃんが
……とても複雑そうな顔をしている
「あの子に感謝するんだな。あと、二人にも」
銀二に言われて見ると ガタイのいい右近と左近が得意げに笑った
おおかた しーちゃんが叫んでいる所に おじちゃんを探しているこの三人が遭遇したのだろう
罰は生きてるうちに受けて 死ねってことだろうな
しーちゃんに 自慢話はおろか かける言葉がない
もうおじちゃんがどんな人間か ある程度分かってはいるのだろう
それでもおじちゃんと慕ってくれるしーちゃん
もうすでに 女神だったんだね
「ほらいくぞ」
右近と左近に無理やり歩かされ 斜面を上がっていく
木の陰にいるしーちゃんに近づかなくてもいいのに
こういう所は人間味があるのだから困ったものだ
「……おじちゃん」
どこかさみしげに 呟くしーちゃんに 何か言えることは……
そうだ 伝えたかったことを伝えよう
「速かったねかけっこ。踊りもめっちゃ上手で、おじちゃん超絶感動したよ」
しーちゃんは 照れくさそうに笑った かわいい笑顔だ
「ありがとね、しーちゃん。しーちゃんのおかげで、またおじちゃんは生きることができる」
「……でも」
しーちゃんの所為でおじちゃんが悪い人に捕まっちゃったといいたげだ
そんなことない おじちゃんは力強く 首を大きく振る
「大丈夫。おじちゃんはしぶといからね。心配いらックシュン!」
大きなくしゃみをしてしまったことでおじちゃんが恥ずかしげに笑うと しーちゃんも少し笑ってくれた
よかった なんとかほのぼのとした時間が流れた
「また呼んでね、来年の運動会。楽しみにしてるから」
しーちゃんは 大きくうなずいてくれた
銀二に合図すると もういいのかという感じで 銀二は行くぞと首で右近と左近に合図を送った
おじちゃんは右近と左近に両腕を抱えられ 土手沿いを歩いていく
また しーちゃんの輝く姿が見れると思えば これからやってくるだろう苦痛にも耐えられるか
抵抗はしないという感じでなんとか右腕を上げて バイバイと背中越しに手を振る
後ろは見えないが きっとしーちゃんも手を振ってくれているはずだ
「これから俺はどうなるんだ?」
おじちゃんが聞くと 銀二は おじちゃんが前に行っていた 砂金が取れる国名を挙げた
「またそこか」
また違う場所で 山ほど出ているらしい
そこがひと段落したら またマグロ漁船に乗るらしい
そのあとは おじちゃんを探している輩におじちゃんの身を引き渡すらしい
忙しくなりそうだ
「……なあ。ということは、来年の運動会は見れないってことか」
「そうなるかもな」
それは困る
「わかってるかもしれないが、あの子は俺の姪っ子なんだ。かわいいだろ。かわいい子には嘘吐いちゃダメっていう俺のルールがあるんだ。また呼んでねと自分で言っておきながら行けないなんてありえないだろ。ちょっと引き返してくれねえか」
立ち止まった銀二につられ右近と左近も立ち止まり 必然とおじちゃんも止まる
「いいだろう」
人間味ある銀二は 右近と左近に目で合図し おじちゃんに一人で行ってこいと促した
おおありがとう
踵を返すと しーちゃんはまだ同じ場所に立っていた
じっとおじちゃんを見ている
なんという真っ直ぐな目
おじちゃんは しーちゃんの真っ直ぐな目に向かって走り出していた
おじちゃんも走ったら速いんだぞという所を間近で見せたくなって 加速した
あっという間にしーちゃんの所に着いて、「絶対また来年くるからね」と足を緩めることなく、しーちゃんを通り過ぎてトップスピードに乗った。
砂金も 漁船も 輩も 勘弁だ
おじちゃんは 逃げる
全力で 真っ直ぐに
しーちゃん これがおじちゃんの生き様だ
「オイツ!」
銀二の怒鳴り声が聞こえた
ここで逃げても 人間味ある銀二はしーちゃんに手を出さないだろう
「グッバイ銀二」
おじちゃんは走る
全力で走る
しーちゃんの輝く姿を思い起こしながら
真っ直ぐに
うおりゃあああああ
うおりゃあああああ
うおりゃあああああ
ツルっ
なんてもう滑ったりなんかしない
おじちゃんは運動神経抜群だからね
うはははははははは
笑っているのは おじちゃんだけかな 違うかな
どっちにしても 笑いが止まらない
うはははははははは
しーちゃん またね
おじちゃんは全力で生きて またここに舞い戻ってくるからね
その時まで
シーユーアゲイン
うはははははははは
うはははははははは
うはははははははは
おや?
車の凹み具合といい 君の表情といい
もしかして君 おじちゃんを轢いた人かな?
そうだよな!
サンキュウ青年 あとでたんまり治療費いただくからね
うはははははははは
うはははははははは
うはははははははは
やっぱり笑いが止まらなっははは