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愛には遠い雪道の上で

作者: RS

 最近部屋が甘い。

 と言うのも、土日になるとルームメイトがお菓子を作りに作りまくっているからだ。

 多分僕は産まれて初めて消臭剤の芳香が恋しくなり、甘いチョコレートの匂いに吐き気を覚えた。


「いやいや、だからと言って消臭剤をそんなに買わなくてもいいんじゃないかな? 確かに思う所がない訳じゃないけど、さすがに傷付くよ?」

「フ○ブリーズ買わなかっただけまだマシですよ。寒いけど窓開けますね」

「うん、開けて下さい」


 僕は手提げ袋(中身は消臭剤が10個)をマイチェアの上に置いて、閉められた窓を開け放たんとする。

 開けた窓から入り込む小雪と冷たい二月初旬の風。それは中の生暖かくて甘ったるい空気を払拭しようと、鋭い剣のように部屋に切り込む。


「んー……やっぱりお菓子作りはあたしに向いてないわ」


 ケラケラとおかしそうに笑うルームメイト。


「バレンタインのチョコですよね? 誰かあげたい人でもいるんですか?」


 僕の記憶だと、去年は不○家のペ○ちゃんチョコ、一昨年はミッ○ーのチョコクッキーの詰め合わせ。決して手作りチョコなんて作って渡したりなんかしなかったはずだ。

 実際彼女は料理なんて出来ない。米とぎをさせれば「お米に足が生えて飛び出しちゃった」から三分の一が流し台の生ごみとして消え、「食材に嫌われてるみたい」だから包丁があらぬところにすべり、野菜を切ってるのにまな板が血まみれになる。

 痛そうだし勿体無いしで、僕はそれから彼女を厨房に立たせていない。


「…………ねぇ、なんか凄く失礼な事考えてない?」

「気のせいです」

「ふーん……?」


 そんな自他共に認める料理オンチが、そこまでして気持ちを伝えたい相手ですか。いやぁ、女の子してますねぇ。


「……まぁいいや。同じ大学の人にねー、少し気になる子が出来て」

「そうなんですか?」

「うん、去年からなんだけどね」

「へぇー、それで手作り?」

「そ。そいつ鈍ちんで全然気付いてくれないから。結構分かりやすくアタックしてる筈なのになぁ」

「へぇ、そんなに分かりやすく?」

「本当に好きじゃなきゃ、絶対やらないようなことまでしてるんだよ?」

「苦労してますね」

「苦労してますよ」

「あ、そろそろ窓閉めますね」

「うん。さ、あたしももういっちょ頑張りますか!」

「六時には片付けて下さいよ? じゃなきゃ夕飯抜きです」

「うへぇ。それはやだ。ちゃんと片付けます」

「よろしい」


 僕はそれだけ言うと僕の部屋に戻った。

 ……あ、消臭剤はちゃんと五個ほど設置しました。チョコの匂いに効くのかな?





 それから僕は何回か試食をした。分量通り、手順通りにやればお菓子はレシピ通りの味になる筈だ。

 ルームメイトさんはガトーショコラを作るらしく、手順通りに作ったものの分量通りにいかずに苦戦していた。

 もちろん量った段階では分量通りなのだが、彼女のクオリティが桁外れで、作業している小さな木製テーブルは粉で真っ白だ。つまり、許容範囲以上に材料を零しまくっている。

 材料費は全部自分で出しており、練習にも相当な費用が掛かっていて、こっそり見た彼女の通帳はいつの間にか一桁減っていた。

 普段無駄遣いを嫌って、お金を大切にする彼女。そして今、何度も何度も繰り返しお菓子を一生懸命作り、失敗しまくる彼女。

 その姿が相手への想いを物語っていて、少し切なくなった。


 まぁ、そんな事は粉っぽい部屋の掃除の大変さでどっか行っちゃったけど。

 ともあれ、彼女にとって決戦となる二月十四日は無情に流れる時がドンドンと近付けて、遂に目前と控える事になった。

 その頃には僕も彼女も胸焼け一杯で、夕飯のメニューに甘いものがどんどん少なくなった。苦いものとか辛いものが大半を占めるようになったのはちょっとした余談だ。

 僕は消臭剤三個を自分の部屋のドアの前に置き、威力が落ちて来ているであろう五個の消臭剤の援護に二個を厨房に置く。

 夕食が終わった後、ルームメイトさんは張り切ってお菓子作りを始めた。僕は部屋で推理小説を読んで、時計の針が日付をまたいだ頃に眠った。



   ¢



 翌日。平日なので大学があり、僕より早く講義が入っているルームメイトさんは、起きた頃にはいなかった。

 意外と綺麗に片付けられたテーブルには何にも乗ってなくて、昨日の阿鼻叫喚とした現象が嘘のようだ。


 上手く行くといいね。今はいないルームメイトの恋愛成就を願って、僕は講義までの後三時間でさっさとお菓子を作ってしまった。

 ……いや、だってさ。いつもは僕作ってるんだよ? このくらいすぐ出来るし……あ、なんかごめん。


 結局僕は二時間半で作り上げた。洗い物とか片付け込みで。

 ルームメイトさんは僕が寝た後もまだ作業してる雰囲気だったなぁと考えるとなぜかいたたまれない気分になった。



   ¢



 講義が終わって、いつもお世話になっている人たちに渡した。


「あ、ありがとー!」

「うぉ、俺の初チョコ!」

「はっはっは、同性からしか貰えないなんて」

「よし、一緒に飲みに行くか」

「まだだ、まだ今日は終わってないんだー!」


 なんか色々と反応を頂いた。ホワイトデーは期待していいのだろうか?

 ちなみに飲みには誘われなかった。僕も行くといったら睨まれて追い払われた。チョコ返せこのやろう。


 何か仲間外れにされた気分で家に帰る。ふっと、ルームメイトな彼女を思い出す。

 うまく渡せただろうか。彼女のことだ、そこら辺は抜かりないんだろうな。

 ちらつく小雪が地面に触れて、少し雪がとけかかる。その上に新しい雪がかぶさって、結局解けきれなかった。

 僕はそれを見て、なんとなく早く帰りたくなった。



   ¢



 帰りの途中、公園でルームメイトさんにあった。

 正確には公園の前。公園の入り口にある通行止めの柵にちょこんと座ってて、見た目麗しい彼女はなかなか様になっている。


「あ、おかえりー」

「まだ部屋じゃないよ」

「まぁまぁ。それよりはい、これあげる」


 白い紙箱は、どうみても1ホールはあった。


「あぁ、ありがとう。僕からもはい、これ」


 僕も百均の包装袋に入れたチョコをあげる。なんか、釣り合ってないなぁ。


「ちょいまちぃ! 一体君はいつ作ったんだいこれ!」

「え、っと」

「おかしいよね、ここ最近あたしが台所占領してたよね、作る時間なんてなかったよね」

「今日の」

「あーあーあー! 聞きたくない聞きたくない! あたしの女としてのプライドが現実を拒否してるー」

「……………………」


 なんか楽しそうなので放っておいた。


「ちょ、置いてかないでよ!」

「いやぁ、なんか見苦し……駄々っ子が……あー、大きな壁にぶち当たったアスリートを目にしてるようで」

「うわー、それマジでへこむわー……」

「あー、あ! それより渡せましたか?」

「ん? うん、ちゃんと渡せたよ。お返しにって訳じゃないんだろうけど、手作りチョコ貰った」

「へぇー……そうなんですか? まぁ良かったじゃないですか。その人も気にしてるんじゃないですか?」

「う~ん……でも、なんかいつもと変わらない感じなんだよねぇ」

「ありゃ、本当に鈍感な人何ですねぇ……」

「本当に」

「なんでそんな鈍感な人好きになっちゃったんですか?」

「んー……なんだかんだで、かなり優しいからかな。女の子みたいなんだけど、たまに見せる男の子っぽいところにドキッとするね」

「へぇ……でもチョコ作ってくれるなら少なくとも先輩より生活力ありそうですね。丁度いいんじゃないですか?」

「うわ、少し傷付いた!」

「あはは、なら少し料理の練習しましょうよ。チョコ貰ったなら、ホワイトデーにも何か作ってあげてはどうですか?」

「う~ん、そうだね。そうするよ!」


 雪降る道を僕とルームメイトな先輩は歩く。少し溶け掛けの雪のように、ちゃんと彼の心を溶かせるといいですね。

 なんとなく、さっき見た雪を思い出す。解けかけの雪に被さる、新しい雪。結局解けなかった雪。

 少し心が軋んだ。


「でもさ、なんで君の方が料理上手いかなぁ……男なのに」

「いやいや、僕は中学生から料理してますし。第一料理人は男性の方が多いですよ? 女性は『女性』があるから体温変わって味覚が変わっちゃうんで」

「『生理』って言えばいいのに。ウブだねぇ」

「先輩、少し恥じらいを持って下さい。仮にも女の子なんですから」

「まぁまぁ。あ、鍵忘れたから宜しく!」

「だから公園で待ってたんですか? 連絡してくれれば早く帰りましたよ?」

「いやぁ、たまには寒空の中小さく震えて待つのも乙かなぁと」

「それで風邪引かないでくださいよ?」

「大丈夫大丈夫、ありがとうね」




 そして僕と先輩は部屋に入った。部屋はあったかくて、だからこそコートについた雪が解けて掃除が大変だった。


 ちなみにガトーショコラは凄く美味しかった。

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