示現流見参
ヨシザワ執事様が歩み寄って来た
「ご用意はよろしいでしょうか」
「お願いします!」
ミホちゃんがキッパリと答える
「お父さん、プロテクターとか着けなくていいの?」
「全部捕ってやるから安心して投げろ」
「マスクぐらい着ければ?学校のだけど、自主練するからって借りて来た」
「お前らのマスクじゃ、顔が入らんよ」
グラブ、ボール、バットその他道具はそれぞれの学校の備品だ
不足はない
公平とも言える
金にモノを言わせて
お嬢様特別仕様特殊高反発バットとか造らせて
もし勝ったとしても勝ったとはナットクできないだろう
あくまで実力勝負である
ミホちゃんがマウンドに立ち 投球練習
球が走っている
お嬢様はバットを握り 目を閉じている
集中しているのか
トモカズ君もヨシザワ執事様も何も言わない
プレイボール
を宣言する主審はいない
機を見て さおりお嬢様がキャッチャーであるミホちゃんの父親に一礼し
右バッターボックスに入った
入ったが
「?」
一同がざわつく
「なにあれ?あんな打ち方あるの?」
ミホちゃんのお母さんが答えを求めて見回すが
誰も答えられない
誰も見たことないから
「あれじゃ打てないでしょう。あれ、剣道だもん。野球じゃないですよ」
ユウキがつぶやく
さおり様はバットを剣道のように青眼に構え マウンドのミホちゃんに正対して立っている
右利きだから右脚が半歩前だ
切っ先?をミホちゃんに向けているが
この構えでは打てないだろう
気合の問題ではない
物理的に無理だ
「?」
ミホちゃんが当惑顔をお父さんに お母さんに ユウキに そしてお嬢様に向けた
すっ
するとバットが高々とお嬢様の頭上に振り上げられた!
「示現流?」
ユウキが小声でつぶやく
示現流だとしても ミホに正対しながら振り下ろしたところで バットに球は当たらない
万一当たったとしても前に飛ばない
お父さんが内角に構えた
打ち合わせはしないようだ
第一球
ミホちゃんの右腕がしなって 内角に快速球
見逃しだ
打てないと見ての見逃し? いや
球は見ていないようだ
見ているのは ミホちゃんの顔?
見ているというより
見据えている?
ミホちゃんが深呼吸した
次の球は?
また内角 しかし 高い?
いや
チェンジアップだ
打ち気でいるとき急にゆるい球が来ると
タイミングが狂って空振りする
が
振らない
ミホちゃんの顔を射るように見据えたままだ
ミホちゃんの額にひと筋の汗
顔色も紅潮していく
打つ気がないのか? いや ここまで来てそんなはずはない
打つ気がない?
球を打つ気がないなら 何を打つ!?
「ミホっ!!」
娘の危機を察知した母親が本能的に立ち上がった
しかし
三球目
すでに球はミホの手元を離れたあとだった
勝負球か? 魔球!?
いや 外角だ
速さもない
速くはないが
ぐんっ!
いきなり曲がった!
外側へ投げるほど曲がりは大きいのだ!
バッターへ向かっていく!
まさか 今度は本気でぶつけにいった!?
ほぼ真横から来る球をこの構えでは打てない!
はずだが
頭上でバットが軽く弧を描いた
「きぇぇぇいっ!!」
気合もろとも
けさ斬り!!
真下ではない!
斜め下に斬った!!
ビシッ!
球を捉えた!いや、斬った!?
「わっ!」ミホが本能的に顔面をかばう
ライナーがミホを襲う!顔をかばったグラブを豪打が叩く!
球は落ちて 三塁側に転がった
とっさにさおりが
一塁へ走った!?
「ミホっ!」
ユウキだ! ユウキも一塁へ走っている!
「ミホっ!投げろっ!」
声に気づいたミホが打球をわしづかみ
振り向いた
ユウキとさおりが重なるように一塁へ駆け込んでいく
しかしユウキは素手だ!
しかし
先輩なら
捕ってくれる!
これでも
アンダースロー!!
くらえ!!
快速球が
一塁へうなりをあげる
さおりお嬢様は目もくれない
が 間一髪
その顔をかすめるように
球はユウキの素手に収まっていた 続く