野試合
役者は揃った
場所は地区大会決勝の因縁のグラウンド
さおりお嬢様の介添人はトモカズ君とヨシザワさん
ミホちゃんは?
両親とカズユキおじさんとレナちゃん それに
ユウキの立場は微妙だが
一応こちら つまり一塁側に立っている
私と女神様は部外者ということで金網の外だ
ミホちゃんが投げてさおりお嬢様が打つ
それだけの勝負だが
裁定は? 勝ち負けは誰がどうやって決めるのか?
しかしこれは
打ち勝ったか投げ勝ったか
実際に勝負してみれば自分たちがいちばん分かるだろうし、誰の目にも明らかだろう
ということで
ことさら審判を立てるまでもあるまい
そう決まったのだが
キャッチャーは?
キャッチャーがいないとピッチャーは投げられないだろう
お嬢様は そっちに任せる
と言って来たのだが
ミホちゃんが一塁側でキャッチボールを始めている
球を受けているのは
お父さん だ
「お父さん、だいじょうぶ?」
「捕ればいいんだろ?お父さんが捕れないような球投げてみな」
「お酒臭いよ」
「お父さんが教えてやったんじゃないか、最初は」
「お父さんが遊びたかっただけでしょ」
「変化球教えてくれ、って言ったの、お前じゃんか」
会話が重なり
球数も重なる
「けっこううまいじゃん」
「お前よりはな。当たり前だろ」
徐々に肩がほぐれ
会話もほぐれて来たようだ
キャッチボールは意外と難しい
信頼関係がないと成り立たない
あるお父さんがテレビの街頭インタビューで娘さんのおムコさんの条件を聞かれたとき
誰でもかまわないけど オレと思い切りキャッチボールできるヤツがいいなあ
と答えていた
そういうものなのだ
相手の胸元に思い切り投げ込む
相手も思い切り投げ返して来る
これができる相手が いるようでいない
投げる方が遠慮するようではキャッチボールにならない
強い球を平気で投げつけ
捕球したその球をさらに強く投げ返す
一球ごとに力がこもり
信頼関係の中でさらに熱がこもっていく
これがキャッチボールだ
ただの球のやりとりではないのだ
信頼関係があってこそであり
キャッチボールの中でさらに信頼が深まっていく
お父さんが腰を落とした
「よし、投げてみろ」
ミホちゃんがうなずく
右手が回転して
まずはごく普通のストレート
パシッ
キャッチーミットが乾いた音を立てる
「ふむ」
球を返すお父さん
「もう一球」
パシッ
球数が増えるにつれ球威が増していく
だいじょうぶだ
お父さんは捕ってくれる
ミホちゃんの顔が安堵に輝く
「お父さん、変化球は捕れるの?」
「オレが教えたんだろ」
それじゃあ という感じで
右腰に当てた肘を軸に右手を横ざまに振り抜く
まずはカーブか
「どう」
「教えた通りだな」
それならこれは?
握りを変えた 腕の曲がりが深い
ミットの前で球が落ちた
軽く捕球するお父さん
「ドロップか?うまくなったじゃんか」
ミホちゃんのが嬉しそうだ
「先生にも教わってるもん」
そして
「お父さんの知らない球もあるんだよ」
言うが早いか 腕を振った
内角高めに見えるが
ホームベース手前で鋭く変化!
あの時の球か?
お父さんは左片手でキャッチ
「なんだ今の?シュート?ライジングか?」
「魔球だよ!決まるかは五分五分だけどね」
初見の魔球を軽くキャッチしたお父さん
ミホちゃんは大満足のようだが
いいのか?
お嬢様陣営は球筋をずっと見ていたぞ!続く!