8話
目的は達成したのだし、今日は帰ろうと、僕が来た道を振り返ると、奴が居た。
すすきに身を潜め、オレンジがかった黄色い目でジッとこちらを窺っていた。
特徴的な緑色の肌に不気味な目、身長160㎝しかない僕よりもさらに小さな背丈。
間違いない、あれが『ゴブリン』だ。
木の棒を手に、ジッとこちらを見ている。
幸い、奴は視力が低いのか、僕が気づいた事に気づいていない。
ゴブリンは夜目が利くって説もあるし、明るいこの階層では眩しいのかもしれない。その辺の事は、まだ詳しく発表されていない。だから、ネットでは憶測混じりの情報が飛び交っている。
一足飛びというには遠い距離だ。
だけど、確実にお互い相手を見ている。
ベコッと音が鳴り、僕は自分がペットボトルを持ったままだという事を思い出した。
これを投げつけるのがいいだろうか?
咄嗟に思ったけど、僕はこの考えを否定する。
きっと、状況は動き出せば止まらない。
だから、慌てて動こうとする身体と、恐慌を起こしそうになる思考をグッと抑え込み、この後の展開を考える。
まずは、ペットボトルじゃなくて武器に持ち替えなくてはいけない。
ペットボトルを『ゴブリン』に投げつけて、ベルトにねじ込んだナイフを抜く。カバーを取らなくちゃいけないけど、普通ならこれがベストだろう。
だけど、僕には経験上分かる。
ペットボトルは上手くすれば当たるだろうけど、ナイフは高い確率で落とす!
慌てると、僕はやらかす人間なんだ。
自信がある!
いや、そんな自信は要らないけどね。
だから、奴が動き出す前にそろりそろりとナイフを抜いて、カバーも外そう。ペットボトルはどうしようか?落とすと奴が動き出しそうだから、右手の薬指と小指に挟んでおこう。
後は、戦うだけだ。
ここまで来たら、やるしかない!
やる事が決まったので、緊張する中、僕はそろりそろりと腰のナイフに手を伸ばす。
大丈夫だ、奴は動いていない。
腰のベルトから、ゆっくりと左手でナイフを取り出す。
右手でカバーを掴んで、後は抜くだけだ!
右手の指からペットボトルが滑り落ちた。
液体の入ったペットボトル特有の、ボベンっと表現し難い音がする。
これにゴブリンが反応して、飛び出して来た。
僕はヤケクソになってカバーを外す。
ナイフじゃなくて良かったけど、ペットボトルを落としたし!
若干、自分のダメさ加減に涙目だ。
生き物に刃物を向けてるという事実に、一瞬躊躇してしまう。
その隙に木の棒でぶっ叩かれた。
「いってーっな!・・・この!」
もう1発くらうのを無視して、僕はゴブリンに飛びついてナイフをぶっ刺してやった。
「この!・・・この!・・・この・・・。」
何度も繰り返し刺してるうちに、手の感触が気持ち悪くなって来た。
「はぁ・・・、はぁ・・・、はぁ・・・、はぁ・・・、はぁ〜・・・、終わったか。」
荒い息を整えながら、唇から溢れ落ちたのがこの言葉だった。
終わった、殺した。
だけど、罪悪感は湧いてこなかった、その事に、ちょっと戸惑った。もっと、精神的に辛いものをイメージしていた。
だけどそれは、モンスターを倒した時、彼らの身体が黒い霧になって消えるせいかもしれない。
ゴブリンを刺してる間、ゴブリンの口からは血や唾液が、傷口からは大量の血液が出ていたはずなのに、終わると綺麗サッパリと消えてなくなってしまうのだ。だから、手の感触の気持ち悪さだけで済んでいるのだと思う。
自分の心が壊れているからだとは、思いたくない。
「・・・ドロップは無しっと、残念。」
この時、残る物品を、ドロップまたはドロップアイテムなんて言う。
まあ、ゲームをやった事のある人ならばお馴染みだろう。