7話
強面の自衛隊員さんが話しかけてくれたおかげで、少しリラックス出来て、緊張が解けた。
少しずつ、ダンジョンを見回して楽しむ余裕すら出て来た。
巨石を重ねて作った巨大な門をくぐり、階段を降りると、その先にすすき野が見えて来た。
さっきまで、綺麗に舗装された街の中に居て、ここは地下のはずなのに。今僕の目の前には、どこまでも高い空と、僕の背丈より少し低いすすき野が広がっていて、所々に木まで生えている。
1つ深呼吸して、調べた情報を思い出す。
豊田ダンジョン1階層の広さは、約20キロ×20キロのフィールド型ダンジョンで、端にはモノクロになった空間が広がっていて、そこから先へは進めない。
この色付いた空間中に丘が幾つもあって、そのどこかに、次の階層に降りる階段があるはずだ。
1階層で出て来るモンスターは、定番のゴブリンとウサギだけだそうだ。
あと、たまに宝箱が転がっているとか。
だけど、想像していたよりもすすき野が邪魔で、視界が確保出来ないし歩き難い。
これじゃあ、少し屈んだらゴブリンなんか見えないし、ウサギや宝箱なんてもっての外だ。
思ったよりも簡単じゃないと、僕が痛感させられた。
どうしようかと悩んでいると、隣をバギーが走り抜けて行った。
自衛隊のバギーだろう。
あの後を追いかけて行けば、次の階層にはたどり着けるかもしれない。
だけど、それじゃあ意味がない。
今日、僕はゴブリンを倒して帰らないと。
せっかく、ダンジョンに潜った意味がなくなってしまう。
ダンジョンの中を、車が走って行くのを見送って、僕は意識を切り替え。迷子になったり、囲まれる事を懸念して、ダンジョンの端を歩いてみる事にした。
灰色の空間が近くに見えるのは、思ったよりも不気味だった。
手で触れると硬くはないけど、しっかりと押し返してきて、これ以上進めない事が分かる。
この壁を左手に、邪魔なすすきを踏み付けながら歩いて行く。
ガサガサと、僕がすすきを踏み付ける音と、風が吹いているのか、すすきの揺れる音だけが辺りに響いている。
ここがダンジョン内だと思うと、歩いているだけで緊張感が増してきた。
下手すれば、ころっと死ぬ世界に、僕は今1人で歩いてるんだ・・・。
「・・・おっと。」
足場が悪かったのか、僕はたたらを踏んでおもわず声が出てしまう。
おもわず声が出た事で、モンスターに見つかるんじゃないかと、緊張がはしった。
肝が冷える・・・。
素人ながらに、慎重に辺りを見渡し、近くにモンスターが居ない事を確認する。
特にそれらしい姿は見えなかった。
「良かった・・・。」
灰色の空間を背に座って、休憩する事にした。
時計を確認すると、僕がダンジョンに入ってから、まだ10分も経っていなかった。
「・・・たった数分でこれか・・・、大丈夫かな僕。」
汗ばんだ手を見ながら、僕は独り言ちる。
喉がカラカラに渇き、持って来たペットボトルから水を飲んで、ひと息ついた。
落ち着いてくると、僕がたたらを踏んだ所が目に入る。
地面に凹み、いや、穴が開いていた。
僕はあれに躓いたようだ。
「・・・なんだこれ?」
不思議に思って僕が見ていると、中からウサギが顔を出した。
茶色で口の周りだけが白いウサギだ。
「うお!?」
どうやら、ウサギの巣穴だったようだ。
ウサギは僕を見ると、素早く身を翻し巣穴に逃げ帰った。
まさしく、脱兎と言うに相応しい逃げっぷり。
そんな事に、おもわず僕は口元が緩む。
冷静さを取り戻した僕は、今一度、今日の目標を確認する。
今日の目標はダンジョンをチラッと覗く事。
ゴブリンを倒して帰る事じゃなかったはずだ。
僕はいつの間にか、気が大きくなっていたのだろう。ナイフを買って、武器を手に入れたからかもしれない。気をつけないと、犯罪者まっしぐらな思考だ。
この手の犯罪が近年急速に増加している。『探索者』になって、人並み外れた力を手に入れて暴走するんだ。海外では、割と社会問題にもなってる。
僕も気をつけないと・・・。
目的は達成したのだし、今日は帰ろうと、僕が来た道を振り返ると、奴が居た。
すすきに身を潜め、オレンジがかった黄色い目でジッとこちらを窺っていた。
ダンジョンに居るウサギはモンスターだけど、ただのウサギです、角とか付いてません。