414話
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寒さの厳しいこの季節、人通りの少ない別荘地を一人の男が足早に歩いていた。
男はスーツの上から着込んだコートの襟を立て、雪で舗装された木立の中を行く。その先にある、一軒の別荘を目指して。
その別荘は、大きな木材がふんだんに使われ重厚感があり、この別荘地にあっても目立つ事のない佇まいをしていた。
男は、玄関の前でささっと雪を払い身支度を整え、ドアを開ける。
「蛭間です。誰か居られますか?」
「おお、蛭間くん!久しぶりだねぇ、元気にしてたかな?」
別荘の奥から出て来て、大仰に両手を広げて出迎えるのは、有り余る脂肪を自衛隊の高級士官の服に詰め込んだ様な男だった。
蛭間と名乗った男は、彼との挨拶もそこそこに流し話を進める。
「毒島さん、良かったのですか?」
「彼らが日本に居ぬ間に作戦を決行するべきだった、と?」
「・・・違うのですか?」
「それも悪くない。いや、とても良い手だと思うよ。」
ではなぜ?
男は表情だけで問うている。
「勿体つけるほどの物ではないよ、単純に準備が間に合わなかったのだよ。」
男は落胆が顔に出ないよう、自制するのに苦労した。
「くっくっくっ!私は魔法使いじゃないんだ、準備もなしに、無謀な作戦を成功させる事など出来んよ。」
「失礼しました。」
「いや、気にしないでくれ。作戦に失敗はつきものだし、以前に失敗して、無能呼ばわりもされてきた。君が心配するのも道理だ。」
その肉体からは考えられないほど、毒島の眼は鋭い。
瞳の奥にある強い意志の輝きを、蛭間は確かに見て取った気がした。
「だが、敵を侮って無策で挑むのは、愚か者のする事だ。」
「はい。」
「やっと、カルト教団に僅かばかりの武器が届いたところだ、作戦はこれからだよ。」
武器・・・。
日本国内で直ぐに手に入るのは、ナイフか探索者が使う剣や槍くらいだ。
だが、毒島の言ってる武器とは、銃器の事だろう。
そんな物を、この短時間にカルト教団の手に渡らせた。
その一事を取っても、毒島の能力の高さが伺える。
だが、だからこそ不思議にも思うのだ。
「それだけの準備が整ったのなら、なぜまだ動かないのです?」
「ふふ、直ぐに動いても良いのだがね。数日後に、最高の機会がやって来る・・・。」
試す様な毒島の瞳に、蛭間は脳をフル回転させた。
これでも、お互いに日本一と言われる大学の出だ、思考能力には自信がある。
「・・・帰国・・・、あ!?」
「分かった様だね。」
「ですが・・・、そんなに上手く思考を誘導出来ますかね?」
「ふふふ、自分でも単純で思惑の透けた策だと思うのだがね。結局の所、世間がどう反応するか次第だからね。出来るだけ煽ってはみるが、こればっかりはやってみんと分からんよ。」
何もない日を選ぶより、タイミング的にも悪くないように蛭間にも思えた。
決行は、連中が総理と会見をする日だ。
「蛭間くん。参考までに聞いてみたいのだが、良いかね?」
「ええ、私に答えられる事ならば。」
「青木くんがね、狙うのは警備の甘い母親が良いのではないかと言って来てるんだが、君はこれをどう思う?」
警察内部の青木さんが言ってるんだ、根拠は十分にあるのだろう。
だけど、家族の中で一人だけ警備が甘いなんて事、あるのだろうか?
あるとしたら、それはいったいどんな理由だろうか?
まず疑うのは罠だろう。
一人だけ警備を薄くして囮にし、そこに群がって来た奴らを仕留めるのだ。家族の為とはいえ・・・、そうそう出来る事ではない。
母親か・・・。
他には・・・、他に・・・、他・・・。仲が悪い、とか?
「・・・普通に考えて、罠ではないでしょうか?」
「やはり同様の結論に至ったね。いや、ありがとう!青木くんの能力を疑う訳ではないのだがね、どう考えてもそれしかないと思うんだ。」
毒島が大きく息を吐いた。
蛭間の同意を得られて、ホッとしたのだろう。
「では、ターゲットは娘さんですかね。」
「それが順当だね。」
蛭間も自分の疑問が解消され、ホッとした。
「君はいつ頃までこちらに?」
毒島のその発言に、一度緩んだ蛭間の表情が固まった。
「・・・気づいていらしたのですか?」
「まあ、その辺は年の功と言う物だね。別に責める意図はないのだが、早いに越した事はないよ?」
「今回の・・・、この結末を見届けてから出国する予定でおります。」
「良い亡命先が見つかったのなら結構な事だ。各省庁において、トカゲの尻尾にされた連中が未だに逃げ惑っておる、そいつらに見つかるとろくな事にならんだろうからな、気をつけて行きたまえ。」
毒島はどうするのかと聞いてみたかったが、話は終わりだとばかりに、毒島はその大きな手を振り背を向けて、奥に戻って行った。
蛭間は、その背に真摯な礼をして見届け、別荘を後にした。




