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閑話、日本行きを決めた理由

 ダンジョンが出来て以来、この街は静まりかえってしまっていた。

 かつては、世界中から観光客が訪れる、一大観光地だったのに・・・。軍によって閉鎖された区画は広く、場所によっては遠回りして行かなければならない、買い物一つ行くのすら憂鬱な気分になる毎日だった。


「う〜、さぶっ!」


 歩いていると嫌でも目に入るのは、未だに市内のそこかしこに残る、ダンジョン発生時に負った痛々しい傷跡。

 それを見ていると、ケットシーと言われるモンスターによって蹂躙された、当時の記憶が蘇り、恐怖に竦み上がりそう・・・。


 軍の発表は、楽観的な物はなく厳しい物で、未だ予断を許さない状況である事も分かり。この封鎖が当分解かれる事がない事を、嫌でも理解させられる。


 そんな風景を見ながら、寒い中ロンドン市内を歩いているのは、友だちとの約束があるからだ。


「オリヴィアー!お待たせ〜!!」


「遅いよルナ〜!私を凍死させる気!?」


「ごめんごめん!それにしても珍しいわね。オリヴィアは最近、家にこもって動画ばっかり見てるって聞いてたんだけど?」


「だって、あれ以来うちのお父さんが、外出にうるさいのよ!」


 オリヴィアがぷりぷりと怒ってみせている。

 オリヴィアも心配される事が嫌な訳ではない、あの日、沢山の人が死んだ、家族を心配するのはむしろ当然だ、でもあまり干渉されるのもね。私たちは、そんな年頃なのだ。


「まあ、それも仕方ないかもね〜。それで?今日はどこへ行くの?」


「ふっふ〜ん!今日はなんと!ビッグベンを見に行きます!!」


「行ってらっしゃ〜い!」


 私は友人に手を振って、踵を返す。

 もちろん本気じゃない、付き合う気がなければ、そもそもこの寒い中外出して来たりはしない。


「ルナ〜!!そう言わないでよ〜!一杯奢るからさ〜!!」


「ご馳走になりま〜す。それで、なんで今更ビッグベンに?」


「よくぞ聞いてくれました!!おっと、歩きながら話そう!」


 オリヴィアが言うには、わざわざ日本から有名な配信者がやって来るそうだ。

 その人たちが、ビッグベンで今日収録するという情報をこの友人はキャッチして、それを一緒に見に行く人を探していたらしい。


 なんとも、我が友人ながらミーハーな事よね。


「その人たちってさぁ!ダンジョン内の大物を倒すために、国に呼ばれて来たんだよ!!」


「あ〜、その話題の人か〜。今日もあちこちのサイトで、本当に倒せるのかって話で盛り上がってたわね。」


「そうそう!『税金の無駄遣いなんじゃないのか?』とか言ってる奴らもいたわよね!その税金と人命を賭してもダメだったから、呼んだんでしょうがっ!!そもそも、一階層まるまる焼き払うのに、どれだけ税金がかかると思ってるんだって話よ!おおよそ10倍だよ!?10倍!」


 友人が、先ほどとは違って本気で怒っている。


「でも失敗したら、前金全額損な訳でしょう?最初っからやっちゃえって意見も、有りなんじゃないかなぁ。」


「絶対やってくれるって!!すっごい強いんだよ!?ルナも見たら分かるって!」


「私はちょっと、ああいうのは・・・。」


「ああ、ゴメンゴメン!・・・まだ、思い出す時があるもんね・・・、あの日の事。」


 そうなんだ、だからモンスターの出て来る映像には、極力触れないようにしている。

 すぐそこにダンジョンがある環境なんだし、世界中どこに行っても逃げられない事は分かっている。


 この世界で生きて行かなければいけない・・・。でも、私はなかなか踏み出せないでいる。



「む?出遅れたかな?」


「え?・・・まさか、この人たちも?」


 私たちと同じ方向へ向かって歩いていく人たちが、そこかしこに見うけられるようになって来た。それが、段々と増えて行くではないか・・・。


「あっちゃー!?もうすでに人だかりが出来てるよぉ!」


 オリヴィアの言った通り、暗くなってライトアップされたビッグベンの周りには、100人近い人だかりが出来ていた。

 これが全部、オリヴィアと同じ理由で集まっているかと思うと、正直呆れてしまう。


 この寒い中、物好きが大勢いたものね。


 だけど、私のこの判断は甘かった。

 この後も、人が続々と集まってきて、私たちの周りにはいったい何人いるのか、分からないほどになってしまった。




「来た!!」




 誰かが叫んだ瞬間、辺りはもう大騒ぎで、私には何が起こっているのか分からない。


 それでも見えた。

 周りの人たちが、一斉に夜空を見上げたからだ。


 私も釣られて見上げると、宙を駆け上がって行く人の姿が見えた。


「え?え?え?オリヴィア!?あれ・・・、どうなってるのぉ!!?」


「詳しい事は分からないけど!オプションアクセサリーを使って、宙を蹴ってるらしいよ!!」


 質問しておいて、はなはな失礼な事だけど、私はその姿から目が離せなかった。

 夜空を見上げ、その姿が豆粒のごとく小さくなるまで見送った。


「ルナ、ルナ!!タブレット持って来たから、一緒に観よう!」


 準備の良い事だ。

 私は、オリヴィアの横から覗き込ませてもらう。


 そこには、今まさにビッグベンの頂天に立った、少年の姿が映し出されていた。




 後に、〝The world〟と言われる演説の始まりだった。




 ・・・輝いていた。


 少なくとも、私にはそう見えた。

 新たな時代の始まりを感じさせる、そんな時間だった。



 演説を終えた少年は、両手を広げ、おもむろに塔から身を投げた。



 誰もが最悪な事態を予想する中、少年は音も立てずに舞い降りた!私たちの目の前に・・・。


 跪く様に姿勢を低くし、両手を羽ばたかせるようにゆったりと動かして着地した。黒い髪とサーコート(宵鴉の羽織り)が遅れてフワリとやって来る。


 立ち上がって顔を上げた瞬間、私はその金色の瞳に絡め捕られたかのようだった。




 そこから私はしばらく惚けていて、気づいたら、集まった人たちは帰り始めていた。


「あれ?オリヴィア、さっきの少年は?」


「ルナ?もうとっくに帰ったよ?私たちも帰ろうよぉ〜・・・。」


「オリヴィア・・・、私、探索者になるわ。」


「本気!!?」


「ええ。オリヴィア、分からない事があったら教えてね?」


「もちろんだよ!!」


「まずは・・・、あの金色のカラーコンタクトを手に入れないとね!あれ、すっごいカッコ良かった!!」


「ええ!!?それじゃあ、厨二病だってぇ!?」


 私の決心は固かった。

 いずれ必ず、手に入れてやる!!

サーコート=宵鴉の羽織り、です。

ルナさんが知ってたら変なので、アイテム名は伏せました。

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