352話
午後からの市内観光は、移動するだけで大変だった。
ダンジョンとその回りのホテル、軍が封鎖してるエリアの外は物凄い人だかりが出来ていて、せっかく出してくれた車が、一向に前に進めないほどだ。
デモでもやってるのかと思ったら、プラカードなどは掲げていないし、そうではないらしい。一部報道の人たちも、民衆に埋もれ身動きが取れない様子だ。
挙げるのは、抗議の声ではなく歓声。纏うのは、社会への不満ではなく熱気。そして、なんといっても、皆さん笑顔だった。
「寒いだろうに、皆さん元気だなぁ〜。」
「はっはっはっ!慣れっこよ!このくらいじゃあ、ロンドンっ子の行動の妨げにはならないわ!!woooooーー!!」
『yeahーー!!』
ガイドをかって出てくれたジェシカさんと、ミューズが、外の群衆と一緒になって騒いでる。おかげで、車の中も非常に賑やかだ。
護衛に、しっかりと軍人さんたちがついて来てくれた。
だけど、外を歩いて護衛してくれてる軍人さんたちが、群衆とハイタッチしてるありさまだ。
僕は、豊田で最前線に挑んだ日の事を思い出した。
「もしかして・・・、この人たち、僕らを見に来てるの?」
さすがに自意識過剰かとも思ったんだけど。すでに1度あった事なので、勘違いかもしれないと思いながらも、聞いてみた。
『「当たり前だろ!?」なのです!』
ミラとミューズが、声を荒げる勢いで言って来る。
それでみんな、さっきから適当に窓の外に手を振ってるんだね・・・。
気づいていなかったのは、僕だけだった訳だ。
『ほら、ご主人様も手を振ってあげるのですよ!』
ミューズの言葉に、僕はヤケクソ気味に手を振った。
すると、爆発する様な歓声が返って来て、ちょっと気恥ずかしくなった。
正直、何度やっても慣れない・・・。ノルウェーに行った時に、学校のみんなに送り出されて、少しは慣れたと思ったんだけどね。やっぱり、まだ慣れないね。
結局、せっかく観光に出たのに、見られたのは一ヶ所だけにとどまった。
あまりの人だかりで、動けなかったからだ。
そこでは、ミューズの機転でなんとか脱出出来た。だけど、これでは観光もままならないと、僕らは諦めざるをえなかった。
その日も病院に顔を出し、多くの人を治療した。
軽傷の人たちにも、パーティーのみんなが『奇術師の義眼』を使い回して、【回復魔法】をかけていった。
「お疲れの様子だが、観光はどうだったかね?」
「ああ、ブラウン中将。それが凄い人だかりで、変な意味で疲れました。」
「はっはっはっは!彼らも悪気がある訳ではない、許してやってくれ。」
「まあ、分かってはいるんですけどね。こういった対応はすぐには慣れませんね。つい最近まで普通の一般人だったもので、いや、今でも僕らは一般人でしたね。」
前もって言えば、施設への入場制限から交通整理までやってくれると、中将は請け負ってくれた。
だけど、それも1日2日ではなくて、もっと前もっての話のようなので、今回は諦めざるをえない。残念だ。
「新たな怪我人が出ているようなのですが、何かあったのですか?」
「いや、特には何もないよ。そうだな、あえて言うなら、君たちの居る間に少しでも探索を進めようとした、そんなところだよ。そうだ!『ビックキャット』の討伐完了を正式に確認した!ありがとう!お疲れ様!」
「あ、どうも、ありがとうございます。」
「君にこんな事を聞くのは間違いなのかもしれないが・・・、こうも怪我人が出てはかなわん。何か良い方法はないだろうか?」
言い難そうにしてるけど、わざわざ僕らの前に姿を現したのは、これのためではないだろうか?
今日出た怪我人の処置や、それに必要な物資の手配など、仕事は山積みだろうにね。
「そうですね〜。Lv上げはどちらでなさっているのですか?」
「Lvか?ダンジョンでモンスターを倒していれば上がるのだろう?他にも方法があるのかい?」
「いえ、ありません。そうではなくて、危険なイギリスのダンジョンでは効率が悪いので、比較的安全な、難易度の低い別のダンジョンで、Lvを上げてから挑んでみてはどうかと思いまして。例えば、九州以外の日本のダンジョンなどですね。」
あそこは、モンスターが特殊だからね。
装備が無いと無理だ。逆に、装備が揃えばなんとかなってしまうのも事実だ。
「ほう、なるほど・・・。」
宇宙に行った人と、ダンジョンに潜る人を一緒にする訳ではないけれど、結局、過酷な環境に行くには、まず装備なんだよ!
「装備は、15ー15もあれば1、2階層で即死する事は避けられるでしょう。4階層も、『ビックキャット』とその取り巻きが居なければ、もう少し上乗せする程度で、最悪の事態は避けられると思いますが・・・。銃器を使わず、Lv上げが出来る体制を整えておかないと、やはり、いずれ詰んでしまうと思います。」
「15ー15とは?」
「DEF15、MDEF15の意味です閣下。」
ジェシカさんが仕事してる!?
ブラウン中将に説明してるよ!びっくりだ。
この後、なぜか自薦したジェシカさんが、『銀の腕輪』を2つ借りてケットシーに立ち向かい、フルボッコにされていた。
「痛いよう!痛いよう!!幸太くんの嘘つきぃ〜!」
いや、僕は最悪の事態は避けられるって、言っただけなんだけどね。
ちゃんと理解してからやってほしい・・・。
「素晴らしいな!致命傷は1つもない、この程度なら湿布を貼っておけば、数日後には完治するな!それに、彼女はLv3だったか?それで最初の魔法攻撃を避けてみせた、見事な動きだったな。これがLv上げの恩寵か・・・!君の言っていた事の意味が、私にもはっきりと分かったよ。」
「それは・・・、良かったです。」
最終的にジェシカさんは、自前のスキルを使ってケットシーの集団を1人で全滅させた。
あちこち腫らして、シクシク泣いてるジェシカさんに、僕は回復魔法をかけてあげた。
どうもお疲れ様です。
もちろん、オークファイター装備です!!
そこに+銀の腕輪2つですね。
ついにオークファイターが、イギリスの地に降り立ちましたね!




