323話、the world
聖夜の澄んだ夜空を、月に向かって駆け上がる。
世界の標準時間を決めた塔周りを、重力という理に逆らい、その楔を断ち切り登って行く。
幾百万の視線が、不安と希望を持ってその背を追い、その〝きせき〟に驚かされる。
月を背に、人類の文化をその足元に、厳かに語るその姿は、この世の者とは思えない輝きを放っていた。
『さあ!「ダンジョン・フィル・ハーモニー」の音色を響かせよう!・・・世界へ!!』
〝the world〟と言われる、藤川 幸太による演説だった。
それは、かつて日本で行なわれた、〝ともに行こう〟と同じく、多くの若者の心に刺さった。
中央新聞社:瀬戸
「はぁ〜、やっと終わったよ〜、ミューズぅ〜。」
『格好良かったのですよ!!完璧なのです!』
「そうだぞコウタ!ソフィアが用意した原稿、遥とミューズが行なった演技指導、どちらも完璧だったぞ!!」
僕は、アデレードから受け取ったミューズに頬ずりしながら、エミリアの評価に耳を傾ける。
エミリアの評価も上々だし、ミラと遥は爛々と瞳を輝かせて、すでに映像の確認に入っている。だから、きっと上手く行ったのだろう。
上手く行かなかったのは、僕の想定だけだ・・・。
てっきり、みんなで何か1本撮る事になるだろうと思って、僕はこの企画を遥にぶん投げたんだ。それなのに・・・、まさか自分がソロでやらさせるとは、思ってもみなかった。
しっかりとミューズと戯れ合い、心の平穏を保つ僕。
う〜ん!ミューズがもちもち〜!
周りの野次馬の反応なんて、構っていられない。
だって、死ぬほど恥ずかしかったんだよ!?
僕には可愛いミューズと、美しい恋人がいるけれど、彼女たちが必ずしも味方とは限らない。ミューズは、笑いのためなら僕を売り払うし、恋人だって、謎の理論で今回の企画を僕に押し付けて来た。
遥のための、企画だったはずなのに・・・。
『・・・アデレード寒くないのです?ミューズは、いじけてるご主人様で、暖をとる事をお勧めするのですよ。』
吹き荒ぶイギリスの冬空に、僕らは抱き合って暖をとる。
凍える世間の寒さに、ミューズとアデレードの優しさが沁み渡る。
でも、出来ればその優しさを、今回の撮影前に発揮して欲しかった。今日の映像が、あちこちを駆け巡るかと思うと、僕は凍えてしまいそうだよ・・・。
「よし!完璧だな!」
「ドローン3台を、ゆっくり旋回させながら撮ったのは正解だったね!」
「しっかりと夜景も入っていますし、何よりもコータさんとの距離が良いですね。」
何も、こんな寒空の下で確認してなくても良いのに・・・。
真冬のロンドンで、配信用の撮影に挑んでいた。
周りには、警備のために軍人さんたちも一緒に来てくれている。
寒い中、お疲れ様です。
すでにイギリスに着いてから、ダンジョンで負傷した軍人さんを数人治している。
後は、明日からの探索に備えるだけだ。
ちょっと、寄り道します。




