293話
「・・・大使。」
あれ?僕は出来るだけニコヤカに話しかけたつもりだったのに、大使が引いてる・・・。
「なっ・・・、何かな?」
威圧もしてないのに、おかしいな?
ミューズなんか、ちっちゃなお手てを可愛いく振ってるのに、何で引かれるんだろう?
「ドイツ軍って、今ダンジョン内ですよね!」
「あ、ああ・・・、奥へ進むための、中継地点設営訓練の真っ最中だよ。」
うんうん!聞いてた通りだね!
「せっかく歌姫が来日してるので、慰問公演など依頼するのはどうでしょう?」
「・・・・・・・・・、まさか・・・、ダンジョン内部でかぁ!!?」
いや〜!良い反応だなぁ〜!
思わず嬉しくなるね!!
政治的、軍事的、友好アピールにもなる、それを僕らの配信に乗せて良いのならば、パーティーの予算から彼女の報酬を出しても、長期的な収支はきっと黒字になる!!
オランダも、同じ事を3階層でやってるし、セット割引を求めても良いだろう。日本の自衛隊は5階層に拠点を作ろうとしてるから、ちょっと誘い難いけど。
ドイツとオランダがやるとなれば、日本だって乗って来るはずだ!だって、自衛隊だけやらなかったら、暴動ものだよ?
今野さんとか!お姉さんとか・・・、ガチ切れ・・・。
大丈夫、大丈夫、僕の案だからって、僕が悪い訳じゃない・・・。あの人たちだって、分かってくれるはず・・・、だよね?
「・・・価値はある。それも、計り知れないほどの価値が・・・。今後の事も考えると、その事は顕著だ・・・。」
僕が嫌な可能性に震えてる間に、大使も考えがまとまって来たらしい。
「だが、やれるのかい?」
「楽団に心当たりはありません。なので、録音を流すしかないでしょう。ですが、賑やかしにダンサーを用意するのには、心当たりがあります。」
「・・・形は整えられる。そう、言うのだね?」
「はい。」
大使が、急いで考えている。
急かす事はしない。フィッシャー大使は味方であり、僕らのサポートやフォローをしてもらわなければ、困る立場の人だ。
「他に必要な物は?」
「最低限でいいのならば、舞台と音響だけです。みんなが見える高さの舞台、ダンジョンの内部でも使えるマイクとスピーカー、あとは電源ですね。」
ダンジョン内で、バギーを走らせる事は出来るんだ。バッテリーにそれらを繋げばいい。
基地局を必要とする携帯電話とは違うんだから、近距離通信が出来れば実現出来る。
「野外フェス形式かな、千人も1万人もいる訳じゃない。それなら、不可能ではないな。安全はどう確保するかね?」
「不粋な闖入者なんて、何秒保つんです?両国とも、銃器を使わないLv上げをしっかりとしてるのでしょう?銃器以外の持ち込みは、フリーにしておけばいいと思います。それでもダメなら、僕らが殺りますよ。」
たかだか3階層、4階層のモンスターに遅れを取る事はないと思う。
もし出現しても、多数の軍人相手では袋叩きだろう。倒した人を賞賛して、コンサートを盛り上げる事も想定しておいた方がいいかもしれないね。
そう思うと、むしろ出て来た方が盛り上がるかも?
不粋なキャストを、どう利用するかが演出のカギか?
おっと、いけない。
これは、僕の分野じゃないね。でも、想定しておくように言っておこう。
「場所はどうする?オランダは3階層の『ゴブリンの集落』跡地だ、あまり考える余地もないか。だが我が国の部隊は、4階層の湖と森の境目だぞ?」
「うちにはミューズも居ますし、むしろ湖を舞台にしますよ。木を伐り出して、筏を組んでもいいですしね。」
『おおぉ!!ミューズの出番なのです!遥と一緒に、演出ってやつに取り組むのですよ!?』
ミューズが大興奮だ、連続でペチペチと僕の頭を叩いている。痛くないからいいんだけど、まだ決定じゃないから、落ち着いて欲しい。
ふんす、ふんす、言いながらジタバタしてるミューズが、落ちないか心配だ。
「僕が言い出したのでは、ノルウェー側に受け入れられない可能性の方が高いので、フィッシャー大使、水を向けるので提案してもらっていいですか?」
「ふむ・・・、そうか、君はまだ高校生だったね。これは迂闊だった。」
「後は、みんなの分の保護者同意書なんかの作成をお願いします。」
「クラスメイトの分だね?彼らの実力は、どうなんだい?」
「パーティー同士で組んで、3階層で狩りを楽しんでますよ。護衛が必要なほどヤワな連中じゃない、それでも当日は、危険のないように一緒に行動しますよ。」
おっと、これは気が早いね。
いけない、いけない。大使に褒められて、調子に乗りそうだった・・・。僕の場合、緊張感が薄れるのも良し悪しだなぁ。
『みんなに、メールしておくのです!!』
「交渉ナウにしといてね。まだ、決まりじゃないよミューズ。」
職員さんが、再開の時間を告げに来た。
さあ、気を引き締めて行こうか。




