270話
アパートの立ち退き準備のため、ダンボールに、衣類など持って行く物を詰めていた。
残った家具などは、業者に頼んで処分してもらう予定だ。
まさか、半年で再び引っ越す事になるとは、思ってもいなかった。
実家の煩わしさから解放され、寂しくも平穏な自由を手に入れた、僕の出発点。いや、出発拠点と言った方が正確かな?
お世辞にも、綺麗とは言えないボロアパートだけれど、来た時と同じように感慨深く感じる。
『これも持って行くのです!!』
「そうだね。」
兄弟と離れ、寂しくなった僕の部屋も、ミューズのおかげで楽しく賑やかだった。
わずかな間に、ミューズの荷物もすっかり増えた。
『お隣の、長谷川のお婆ちゃんに作ってもらったエプロンなのです!』
「うん、持っていこうね。」
『安田たち「オークファイターズ」と踊った時の、オーク帽もあるのです!』
「うんうん、スキル習得の合間に、みんなでふざけて槍持って踊ったね。」
あの蛮族ダンスは、わざわざ遥に振り付けしてもらったんだ。
みんなの安全のために、まだ配信には載せてないけど、いずれスキルが広まったら配信したい。まあ、それほど時間はかからないだろうと、僕はみている。
『アデレードとのデートの時に買った、耳付き帽子もあるのですよ!!』
「それも、思い出の品だね〜。」
『少し多いのですよ?』
うん、ごめん。それは僕の所為だ。
服を見に行くたびに、ついつい可愛いくて、ミューズの衣類などを買ってしまった。
結局、自分の服を買わずに帰って来るという、本末転倒ぶりだ。
なので、ミューズの衣類などは、いただき物を中心に詰めて、あとはお気に入りだけを選別した。
家のチャイムが鳴った。
書類の事もあって、父さんが来てくれる手筈になっている。
「『はーい!』」
「こうくん来たよ〜!」
「『穂波〜!』」
僕は、妹にハグして、くしゃくしゃと頭を撫でる。
「や〜め〜れ〜。もう!髪がグチャグチャになっちゃうでしょう!?」
「ごめんごめん。」
『おう、穂波今日もバッチリ決まってるのですよ!!』
本当だ!
「穂波も、すっかりおしゃれになったね〜。」
「こ、こうくんも決まってるよ!」
「そお?でも、僕のは私服だよ。」
『ご主人様は、いっつもこの格好なのです!学校でも、ダンジョンでも、買い物に行くのもこの服なのですよ!?』
「だってぇ、これが楽なんだよ。」
僕は、穂波にいつもの装備を見せる。
すでに、満月の羽衣は補充している。蒸し暑さに耐え切れず、豊田に戻ってすぐにダンジョンに突撃したんだ・・・。
「幸太・・・、無事、なんだな?」
「父さん・・・、もちろんだよ。」
「そうか、それならいい。」
『よくないのですよ!?恋人が2人もいて、未だ無事だなんて!!パパさんも何か言ってやるのです!』
ミューズ!?
いや、家族を前にして話すネタじゃないよね!?
「・・・恋人は大切にな。」
「・・・うん。」
『「ああぁぁぁぁぁっ!!この親にしてこの子あり!」なのです!』
穂波とミューズが、揃って頭を抱えていた。
ほっといてよ・・・。
ミューズ、いつの間に穂波に移ったの?
「荷物はこれだけか?他に持ってく物はあるか?」
「まだ詰め終えてないけど、このくらいだね。家具は、穂波がくれた姿見以外は処分するよ。」
「え!?このテレビも?」
「うん。転居先の手配をフィッシャー大使に任せたんだけど、昨日見て来たら、でっかいのがすでに入ってたんだよね。」
『穂波、ご主人様よりでかいテレビなのですよ?』
「そうなんだ!?え、これもしかして余ってる?もらって良い?」
『「どうぞ。」なのです。』
テレビは、穂波の持ち帰りに決まった。
「彼には大変世話になっている・・・。何か、お礼をしたいのだが、幸太なにか良いアイデアはないか?」
「う〜ん・・・。今度からはご近所だし、なにかないか聞いておくよ。」
『無理する事ないのですよ?ご主人様の1日には1億円の価値があるのです。大使は、その事をよく理解してるのです。むしろ、恩を売れるなら、売ったままにしておきたいはずなのですよ。』
うん、ミューズの判断が正しいと思う。
うちが何かするより、大使の時間は貴重だし、お礼だけ伝えておくくらいが丁度いいと思う。
「・・・そうか。」
「はぁ〜、こうくんお金持ちになったんだね〜。」
『そうなのですよ!!』
「中身までは、そう簡単には変わらないけどね。」
性格や価値観までは、そう簡単には変えられない。
近所の最安スーパーのモヤシが、17円から19円に値上げしていてショックだった・・・。値段が安定している事が、売りの野菜だったのに。
キュウリやピーマンなど、九州で盛んに作られてる野菜の一時的な値上げは分かる。ダンジョンの氾濫の影響を受けて、物流が混乱したせいだろう。
だけど、モヤシだよ!?絶対便乗値上げだってぇ!!
畜産も強いから、鶏肉、豚肉なんかが、まだ値段が戻って来ていない。
遅れて影響が出て来る可能性もあるから、これからも値段の推移を注視しておきたいところだ。
「こうくん、相変わらず値段の変化見るの好きだよね。」
『そうなのですか?この間も豚小間の値上げに、手が止まっていたのですよ。100gあたり5円の値上げに、苦悩してたのです。』
だって豚小間だよ!?
庶民の味方、豚小間が5円も値上がったら、何を食べて生きていけばいいのさ!
「そうなんだ。」
『3億安く売っても、5円高く買うのに悩むのが、ご主人様クオリティなのです!!』
「「・・・億?」」
『みゅ?穂波、ご主人様のはいてるズボンは、売ったら20億を超えるのですよ?』
「「はぁ!!?」」
僕が普段履いてるのは、雑誌の査定で25億になってた『鬼のパンツ』だ。
もちろん、今も履いてる。
『あれは、トラックに轢かれても。ビックリした〜っ、って程度で終わってしまう、スーパーアイテムなのですよ。』
スーパーアイテムって・・・。
『そのうえ、缶ジュースを中身の入ったまま握り潰せる、パワーアップ機能付きパンツなのです。』
・・・分かりやすい説明なのに、これだけ聞くと、アホな商品広告に聞こえるから不思議だ。
+3って、一般の人でもそんな事が出来るようになっちゃうんだ。
「じゃあ、これも?」
穂波が、首元からネックレスを取り出して、見せてきた。
おっ、僕が贈ったネックレス、穂波の奴、着けてくれてたのか!
『それは、ただのダイヤのネックレスなのです!16万8千円出せば、誰でも買えるのですよ!!』
「そっか〜・・・。16万8千円?」
『ちゃんと、ダイヤモンドの鑑定書が付いてたはずなのですよ?天然物は安くないのです!』
あっ、ミューズが値段をばらしちゃった。
あーあ、穂波がフリーズしちゃったよ。兄妹だからね、高級品に緊張して肩が凝らないか心配だよ。
そっとネックレスを首元にしまった穂波が、キョロキョロと不審者のようになってしまった。
まあ、慣れるまでの我慢だね。
「父さん、荷物の箱詰め終わったよ!悪いけど、新居までお願いね。」
高級品を身につけると、気になって仕方のないたちです。
身がもたないので、安物でいいです私は・・・。




