229話
1室に集まって、ヘッドホンを装着し各々がタブレットの画面に向かって、ノートを取っている。
そうなんだ・・・、僕らは九州の地まで来ても、授業からは逃れられないんだ!
急遽出発する事になったせいで、撮影の準備などが遅れ、最初の数日は授業がなく、気の緩んだところに、遅れてどっちゃりと編集された動画が送信されて来た。
オンラインでの授業にしなかったのは、ダンジョンで活動する時間を多く確保するための処置だ。この辺り、大使と日本の間でどんなやり取りがあったのかは、知らないし知りたくもない。
僕はミューズを膝に乗せ、2人で見ている。
ついミューズを構いたくなる。
そのたびに、ミューズに怒られながら授業を受けてる。
『幸太、真面目に授業を受けなきゃダメなのですよ?授業料だってタダじゃないのです!パパさんのお給料から出てるのです。』
「うっ・・・。」
それを言われると痛い。
この間、妹の穂波と一緒にうちのアパートにやって来た、その時に、ちょっとあっただけなのに、すっかり仲良しだ。ミューズが、2人と時々スマホでやり取りしてるのも知ってる。それだけに・・・ね。
特に告げ口等を恐れている訳ではないけど、ミューズが父さんの事を考えて言ってると思うと、無下にも出来ない。
1つ終わる毎に休憩を取って次に進むんだけど、倍速が使えるから、他の人と休憩時間が合わなかったりして、本当に詰め込んでる感が酷いんだよね。
『幸太はやれば出来るのですよ!』
応援してくれてるんだろうけど、最近の僕は、授業の一言一句まで頭に入ってしまって、正直、気持ちが悪いんだよね。
思い出そうとすると、先生の声色まで脳内で再生しちゃうんだよ。
ノートを取る必要すら感じない。だって、黒板の映像が頭に残ってるんだ。
以前の僕は、見ても聞いても書いても、ろくろく覚わらなかった。それなのに、今はこのありさまだ、むしろ、他の事でも考えていないと、頭がおかしくなりそうなんだ。
僕は、思わず目を閉じて耳を塞ぐ。
入って来る情報が、多過ぎるんだ・・・。
以前みたいに、上手く遮断出来ない。人が近い・・・、大事なものが増えた、考える事が多過ぎる・・・。
あっ。
意識が・・・。
気づいたら、僕は倒れていた。
胸に感じる、慣れ親しんだ重みに、ソッと手を伸ばして撫でる。小さな身体がビクッと跳ねて、ミューズが動き出す。
ちょっと、いつもより反応が大きいけど、いつも通りのミューズだ。
『幸太!?大丈夫なのですか!!?幸太!?』
「ミューズ、お隣さんに迷惑だよ、もうちょっと静かにね。長谷川さんはもう起きてるだろうけど、ジェシカさんは、まだ寝てる時間だからね。」
『ご主人様、ここは豊田のアパートじゃないのですよ?ジェシカだって、この時間なら、さすがにもう起きているのです!』
・・・。
僕は、目を開けて辺りを見回した。
「どこ、ここ?」
『医務室なのです!幸太、何があったか、思い出せるのですか?』
僕は・・・、宿泊施設の1室で、みんなと授業を受けていたはず・・・。
倒れた!?・・・何で?
「・・・僕、また倒れたの?」
『そうなのです!倒れた幸太は、医務室に運び込まれたのです。軍医の話では、ただの貧血だって事なのですよ。』
貧血・・・。
ストレスによる緊張の所為か。
僕は・・・、今回の仕事に、プレッシャーを感じていたのか。
突然の事で、終始バタバタとしていて、緊張を意識する時間すらもなかったからね・・・。だからって、今更倒れなくてもいいのにね。
「ミューズ、今何時?まだダンジョンに潜れそうかなぁ?」
『・・・言うと思ったのですよ。まだ午前11時なのです。みんなは今頃、昨日の分の授業に、やっと手をつけた頃なのです。』
「追いつかれたね。せっかくリードしてたのになぁ。」
『そんな事、気にしても仕方ないのです。じゅねーぶ条約。』
「1864年、戦時傷病者保護、別名、赤十字条約。以後2度の改正、最後は1929年。」
『完璧なのです!』
唐突に出題された問題に、僕はいつも通りに答えてみせた。それにミューズが、小さなお手てで拍手を送ってくれる。
ちょっと嬉しい。
「でもこれ、今使ってる教科書には載ってないよね?」
『みゅ?ご主人様が気づいたのです!でも、覚えておいて損はないのですよ。』
「なんか最近、国際法の出題が多くない?ミューズは僕が戦争に行くとでも思ってるの?」
『分からないのです。でも、ダンジョンが出来てからの国際情勢を見ると、紛争が起こるのは中東だけの事とは限らないのですよ!まあ、武藤がそう言ってたので、ミューズも調べてみたのですけどね。』
ああ、彼はやたらと意識が高いからね。
良い事だとは思うんだけどね、普段からそんな事まで考えていて、生き辛くないのかなぁ?
そっか、最近の僕もか・・・。
以前は、両手の指で足りる程度の数の人間が、僕の世界の全てだった。それなのに、今はその手に収まりきらないほどの人たちと、関わり合いを持っている。
それが、負担だったのかなぁ。
これまでの僕は、ずいぶんと楽な生き方をしていたんだね・・・。
『タイのダンジョンで合衆国に手玉に取られ、自国にダンジョンが出来れば反乱が起こって、内紛にまで発展してる中国みたいな国もあるのです。』
おっと、まだミューズと会話の最中だった。
でも、少し落ち着いて来たかな?
「おまけに、香港が独立を叫んでるしね。」
『ご主人様は、その2つに関係があると思う人なのですか?』
「間違いないでしょう?他にも、周辺諸国が散々協力してると思うよ。これまで領土の拡張政策を推し進めてきた、そのツケを支払わされてるところだね。」
『みゅ〜・・・。』
「迷惑を被ってる国は沢山あるんだよ?台湾、モンゴル、ラオス、ベトナム、インド、ミャンマー、もちろん日本もね。あと中国の台頭を快く思わない、大国も手を貸してるかもね。国際法的にはマズいんだけど、ヘタしたらインフラへの攻撃すら辞さない構えなんじゃないかな?だって、反乱軍がみんな罪を被ってくれるからね。」
『・・・驚きなのです。それで、こんなに長引いてるのですね。当初は、一週間で片がつくって豪語してたって、ネットには書いてあったのです。ミューズとしたことが、まだまだなのです!』
「そうなの?てっきり、僕に華を持たせてくれたんだと思ったよ。」
『ミューズは、ただの事実を覚えるのは得意なのです。でも、多過ぎる情報の中から推測するのは苦手なのですよぉ〜。』
へにょっといじけるミューズを、僕は優しく撫でる。
なんか、急に僕の日常が戻って来た気がした。
『ご主人様!元気になったのなら、勉強の続きに戻るのですよ!!』
「え〜。どうせ後1時間で終わりだよぉ?ダンジョンに行く時間まで、のんびりしようよ〜。」
『まったく!!困ったご主人様なのです!ふんす!!』
腰に両手を当てて、怒ってみせるミューズが可愛くて、いっぱい撫でた。
「チューしちゃうぞ〜。」
『きゃー!きゃー!きゃー!!』
うん!うちの子可愛い!!
ジタバタしながら喜ぶミューズを撫で回す。
僕の手が止まったところで、ミューズが聞いてきた。
『幸太、もしかして、最近緊張してたのですか?』
「うん。どうやら、そうみたいなんだ。心配かけちゃった?」
自分でも驚くほど、素直に認める事が出来た。
それだけ、ミューズと良い関係が築けているって事なんだろうね。そう思うと嬉しくて、また撫でた。
『むしろ、キレッキレでカッコ良かったのですよ?でも、その所為で、気づけなかったのです。』
申し訳なさそうにするミューズを、ちょっと乱暴に撫でる。
なんだか照れくさい。
こんな良い子を不安にさせる悪い奴を殴ってやりたい!まあ、僕なんだけどね。
授業の時間が終わっても、軍医と仲間たちに止められて、僕がダンジョンに入る事は出来なかった。
なんでー!?
※覚わらなかった→覚えられなかった。
の意味です。どうやら方言らしく、理解し難かったらごめんなさい。(>人<;)
まあ、普通は止められますよね。
でも慣れてくると、倒れそうになったその日でも、ビールを飲んだり普通に過ごせます!
トク○の罠!!
健康に良いのかと思って摂るとマズいですね!ちゃんと内容を確かめないと、倒れます。
『血圧の高めの方に』って書いてあるのに。血圧の低い私が摂ると、意識が遠のきます!みなさんもお気をつけて!!




