171話
ついにこの日が来た。
今日は、前から予定されていた、お姉さんの稽古の日だ。おかげで、いつも以上に早く目が覚めて、待ち合わせの時間までが長い。
ギルド前に8時に待ち合わせて、道場に移動する予定だと連絡を受けている。
僕は、ミューズが配信用に撮った動画を見ながら、待つ事にした。普段僕が見る事がない、編集前のデータだ、僕のスマホなのにね。
ミューズが元気に、うどんだねにプロレス技をかけてる動画だ。
今朝食べたうどんに、次々に技を繰り出していく。ミューズの気合の声が、とっても可愛いらしい。
寝技はダメだと諦めたり、飛び降り技を外して、不貞腐れてうどんだねを蹴っ飛ばしたりしてる、とっても可愛い動画だ。
たった一食分のうどんを捏ねるのも、ミューズの小さな身体では大変な事だ。それを、めげる事もなく、楽しげにやり遂げる。
観てるだけで、頬が緩んじゃう映像だ。
うどんを洗ってるのか、自分がザルの中を泳いでるのか、僕には見分けがつかない。
うどんでマミーの真似までやってる。
最後に、僕が食べてる映像まで出て来た。
ちゃんと、美味しいよって言ってあげられてた。
・・・良かった。
『幸太まだ見ちゃダメなのです!編集前なのですよ!』
「いいじゃない、可愛いミューズが映ってるよ。」
ギルドの前でたむろって、仲間を待ってると思わしきお姉さんがたに、お水を貰って喜んでたミューズがやって来て、抗議して来る。
『ダメなのです!ダメなのです!!普段からご主人様にやってる、フライングボディーアタックを外してるのです!ミューズも忸怩たる思いなのですよ!』
あっ、論点はそこなんだ・・・。
その瞬間、僕はミューズを抱き抱えて地面に身を投げた。
直ぐに、片膝立ちになって抜刀した。
凄い殺気だった・・・。
「ふむ、やるわね幸太くん。稽古前にしては気が緩んでるかと思ったけど、どうしてどうして、なかなかやるじゃない。近藤くんもあれくらい出来ないと、今後生き残れないわよ?」
「お前にかかっちゃ、我々もかたなしだな。武器は仕舞ってくれ少年、ここは公共の場だ。」
すぐ近くに、都築さんと近藤 勇さんが並んで立っていた。
今の殺気は、お姉さんのものか・・・。
「お姉さん、驚かさないで下さいよ〜、心臓に悪いです!ミューズ、大丈夫?」
『舞は人が悪いのです!』
「ごめんごめん、ミュウちゃんを相手していても反応出来るか、試したかったのよ。何しろ、幸太君が最も気を抜いてる時だと思ったからね。」
「あれだけ凄い殺気に当てられれば、寝てても起きますよ!」
「それは凄いな。私も、かくありたいものだ。」
近藤さんに、変な感心のされ方をしてる。
お姉さんは何故か自慢気だ。
僕の抗議は、あまりお姉さんに届いてないようだったけど、とりあえず武器を仕舞っておく。周りの人たちが、ざわめきだしたからね。
ミューズがお姉さんに登って文句をつけてるので、抗議はそっちに任せて、近藤さんに用件を聞いておこう。
「それで近藤さん、何か御用でしたか?」
「ん?都築から聞いてないかい?私も道場に行く予定だったので、ついでに君たちを乗っけてく事になってるんだ。」
何の説明もしなかったお姉さんに呆れながら、近藤さんに向き直ってお礼を言っておいた。
「あ、そういう事だったんですね。お手数おかけします、道中よろしくお願いします。」
「ああ、どうせついでだからね。私の車だけでは全員乗せられないので、もう1人、車を出してくれる予定だ。君もよく知る人物だから、安心してくれ。」
「そうでしたか。」
そういう事は、前もって伝えておいてほしい。
チラリとお姉さんに、恨みがましい視線を送っておくけど、お姉さんはミューズと遊ぶのに忙しく、気づく様子もない。
「お菓子でも、用意した方がよかったですかね。」
「気づくのは偉いけど、君はまだ学生なんだ、そこまで気を回さなくてもいいよ。どうしてもっていうなら、都築に出させるさ。」
「分かりました、お言葉に甘えさせて頂きます。」
そうこうしてるうちに、うちのメンバーが集まって来た。
みんなは来なくてもよかったんだけど、配信出来るかはともかく、僕が見直す事が出来るように、撮影してくれる予定なんだ。
みんなに協力してもらって、申し訳ない気分だ。
「おっす!早いな幸太!」
「細井さん?どうしたんですか?私服じゃないですか、遅刻ですか?同僚に怒られますよ?」
強面の自衛官こと、細井 輝政さんがやって来た。
テロ事件以来、何かと仲良くさせてもらっている自衛隊員さんだ。
「遅刻なんてしねえよ!こちとら立派な社会人だぞ!?纏まりのねえブシドーの連中とは違って、集団行動を骨の髄まで叩き込まれる自衛官だぞ!?キッカリ5分前行動だよ!」
「それを言われると耳が痛い、おはよう細井君。」
僕が思わず時計を確認している横で、近藤さんが挨拶してる。
本当に、きっちり5分前だ・・・。
ここまでぴったりだと、逆に怖い。
どうやら、細井さんがもう1人の車を出してくれる人らしい。
今野さん経由で頼まれそうだ、ありがとうございます。
まあ、今野さん美人だしね、頼まれたら断れないよね。
「お互いに休日だ、敬礼はやめよう細井君。」
「おっと、失礼しました!」
口調は砕けてるのに、それでも、気をつけの姿勢をとってる細井さん、やっぱりこのお兄さんもちょっと変だよね。




