169話
再びジェシカさん視点です。
運が良いのか悪いのか・・・、私は早くも上から指示のあったターゲットに接近する事が出来た。だけど正直、私は想定外の事態に戸惑っていた。
「お2人は、装備に不足はないですか?」
「整備にも出して、準備万端よ!」
「・・・も〜まんた〜い。」
玲奈も加代も準備万端らしい。これは、私1人だけ装備に不備があると、言い訳し難い・・・。
上からの指図だとはいえ、昨今諜報の世界で『東洋の悪魔』だとか、『アンタッチャブル幸太』などと言われてる相手に、私1人で接近したくなどない・・・。
自分から頼んでおいてなんなんだが・・・、何とか、逃げ出せないだろうか・・・?
アメリカの諜報員、チャック(おそらく偽名)の死に様なんて、とうてい人間の仕業だとは思えない有様だった。
前日に彼が勝手に接触して来て、お昼をご一緒しただけだったのに、被害者の足取りを追っているとか言われて、日本の警察に根掘り葉掘り尋問されたのよね〜・・・。
その時、彼に聞かれたのが・・・、『コウタ フジカワ』のパーソナルデータだった。その後、チャックは消息を絶った・・・。
そして・・・、警察に最後に見せられたのが、原形を留めていない彼の、殺害現場の写真だった。
部屋中に飛び散った、肉片と、散弾の様に壁や天井に撃ち込まれた、骨片や歯・・・。悪趣味な色合いの部屋ではなくて、これが、血痕によって彩られた事に、私はしばらく気づかなかった。
まるで、人間を内部から破裂させた様な、前衛芸術もかくやという様な有様だった。
日本の警察は、状況証拠と、辺りに飛び散った衣服の破片、メガネなど装飾品の破片などから、チャック本人で間違いないと特定したそうだ。
おまけに密室殺人、ここまで来れば、日本の警察の優秀な捜査力を賞賛すればいいのか、彼の化け物ぶりを賞賛すればいいのかわからない・・・。
思い出したら・・・うっ、は・・・、吐きそう・・・。
「確か・・・、ジェシカさんの装備はノルウェー産の革鎧一式でしたよね、それなら防御面での心配はありませんね!じゃあ早速行きましょうか!」
あれ?話が進んでる!?
2人には、装備の状況を聞いたのに、私にはないの?
え?逃げられない?
うそ?ダメ?
「じゃあまずは、『支援魔法』を掛けちゃいますね!移動中に普段との違いを感じて、慣らして下さい。3階層まで走りますね、出発!」
『支援魔法』!!?
ちょっ・・・!これ、超重要情報じゃない!?
直ぐ本国に連絡を・・・!
・・・ここで抜けたら・・・、あ、怪しいわよねぇ・・・。
私は、パニック寸前の精神状態で3人の後を追っかけていった。
・・・速い・・・、何これ・・・?
私、すごく速く走れてる!?
こ、これが、『支援魔法』・・・。色々な組織が、誘拐してでも欲しがる・・・スキル・・・。
ヤバイ、今ならなんでも出来そう。
いつも以上に動く身体に、感動さえ覚えるほどの効果!!
これまで、苦労して倒してたゴブリンが、 ナイフの一閃で倒せる快感!
た、たまらない!!最高!なに、この全能感!
「キャッホー!!」
「ジェシカさん出過ぎ!陣形を崩さないで!」
「ジェシカ〜・・・、落ち着け〜・・・。」
いけない、いけない、ちょっと調子に乗って玲奈たちに怒られてしまった、反省反省。
「少し、休憩を入れましょうか。」
「そだねー、・・・ジェシカさんには、少し落ち着いてもらわないとね・・・。」
「そうね、はしゃぎ過ぎて怪我でもされたら困るしね。」
幸太の提案に、玲奈たちが賛成した。
調子良く狩れてたのに、玲奈たちには悪い事をしてしまったわ。
「オ〜、アイムソーリー。つい楽しくなってしまったわ。」
幸太は、基本的には私たちに任せて、ゴブリンが多くなり過ぎると、彼が適度に参戦して、間引いてくれる。
彼は完全に引率ね。
武器も使わずに、ゴブリンを圧倒していく姿は、まさに圧巻ね!
情報通りなら、彼は今年からダンジョンの探索を始めたはず。それなのに、この安定感。見ているだけで、圧倒的なLvの差を感じずにはいられない。
今や、探索者の実力の違いは、国力の違いに直結して来ている。
直接的な力の差や、ダンジョンから得られる資源回収能力が、経済的な各国の力関係にまで影響を与え出している。
各国が、彼の情報を欲しがる訳だわ・・・。
「・・・前回の報酬だけど、・・・本当に、私たちで貰ってしまって良かったの?」
「ええ、構いませんよ。」
「まあ、幸太君にしてみれば、微々たる物かもしれないけどね。やっぱり気になるのよ。」
幸太は、取得物の山分けに参加していないのか?
これこそが、探索者を続ける理由だろうに・・・。
「・・・う〜ん。分配してる時間で、もっと稼げますからね。」
・・・お前、どんなレベルで稼いでるんだ・・・。
USAが、骸骨の杖を買い取りたがってる話は聞いている。確か・・・、92億円だったか?
・・・私なんて、『ゴブリンのナイフ』で一喜一憂してるのに・・・。
「それに・・・、お2人が頑張ってると、僕もやる気が出ますからね。えっと・・・、自己満足ってやつですけどね。」
「そんなこと・・・。」
「・・・そんな事ない、・・・。」
私も、そんなことないと思う。
少し偽悪的なところがある様だけど、けして悪い人物ではなさそうだ。
翻って、苛烈な防衛手段を考えるに、行き過ぎた善人って訳でもない。
願わくば、祖国が彼と敵対せぬ道を選ばんことを・・・。
その日の収入は、私の月収を超えていて、心底エージェントなんて廃業しようかと思ってしまった。