167話
私はジェシカ、ジェシカ・エドワーズ、ある国のエージェントをしてるわ。
日本でダンジョンに関する情報を集めるチームに在籍してるんだけど。まだまだペーペーで、各種機関や研究施設、先に出来た東京や大阪のダンジョン付近では、まだ使ってもらえず、最近ようやく本格的に稼働し始めた、名古屋ダンジョンの近辺に配置されたの。
まあ、これが大変で!
いったい、どんな情報を何処から集めたらいいのやら、さっぱりなのよね。
私の所属してる組織が用意してくれた、ダンジョン近くのボロアパートを拠点に。独自にダンジョン産アイテムなんかを買い取りしてるお店を回って、情報収集に勤しんでいる。
ダンジョンの前にあるギルド以外は、個人や企業が買い取りしてる事になってるけど。各国の諜報員の隠れ蓑にもなっていて、アイテムの売買ついでに、情報交換をするのが私の日課になってるわね。
売る為のアイテムも、私がダンジョンで仕入れて来るのよ?大変で仕方ないわ!
まあ、おかげで、ギルドの買い取り値段も分かるし、副業で探索者をやってる人たちと臨時パーティーを組んだりして、色々と情報も入って来るわ。
「はぁいジェシカ。今日もダンジョン?精が出るわね。」
「Hi玲奈。アイテムの買い取り値段を本社に送るだけじゃ、食べていけないのよ。Hi加代。」
私はダンジョン関連のベンチャー企業の下っ端、その振りをして過ごしている。
これが、上が用意した私の偽りの身分だからだ。
白石 玲奈と後藤 加代、彼女たちはこの豊田のダンジョンで起きた、2度目の事件の被害者だ。
あの2度の事件のおかげで、結構な数の女性が探索者を辞めたし、残っている女性たちもあまり男性を近づけない。誰もが少なからずピリピリとした雰囲気を放っていて、最近、情報収集がやり難くなってしまった。
それなのに、上はある探索者パーティーの情報を探って来いとか、無茶振りしてくる。
簡単に言ってくれるわねぇ!?もう!
「今日は2人だけなの?良かったら、私も入れてくれないかしら?」
「今日は他の2人は用事があるからね。だけど〜、実はすでにある人と組んでもらう事になってるのよ。彼から、了承がとれたら構わないわよ。」
「・・・大丈夫かな?」
今、彼って言った!?
なんと、この2人が男性と組むなんて・・・。
そんな事が出来るところまで回復するのは、もっと先の事だと思っていたわ。
大学にも復帰しているようだし、探索者にも復帰して、大したもんだわ。
後藤は、その彼が承知してくれるか心配らしい。
「まあ、ダメだったら他を探すわ。私の実力じゃあソロは危険だしね。」
私は、申し訳ないと思いながらも、彼女たちに説得してもらえるように、少しでも誘導しておく。
事実でもあるから、演技くささは出てないはずよね。
「どうして復帰する気になったのか、聞いてもいいかしら?」
まだ時間があるようだし、我ながら不躾な質問だとは思うけれど、どうしても聞いてみたかったのよね。
「・・・あいつらも全滅したし、落ち込んで田舎に引きこもってるのが、アホらしくなったの。」
「加代・・・。そうね・・・、それが一つのきっかけかなぁ・・・。」
犯罪者共は、ある探索者によってぶつ切りにされた。
その中の3人だけが生き残り、警察によって地上に持って帰られた。警察が現場に到着した時、他の連中は、すでにゴブリンによってトドメをさされていたそうだ。
残った3人のうち、1人は地上に出て間もなく死んだ、おそらく死因は出血多量。
1人は一命を取り留めるも、入院中に一族の恥として、実の母親によって、包丁で滅多刺しにされて死んだ、これは大々的にニュースにも取り上げられていた。確か・・・、沼田とかいう奴だった。
最後の1人も警察の事情聴取の後、収容施設で命を落としたと聞いている。これがアメリカなら、恨みを持った誰かの依頼を受けた犯行で、間違いないのだけど・・・。
日本だからね、囚人のイジメか、看守の暴行辺りかしらね。
「それが、1つの区切りになったのね。」
「そんなとこ・・・。それに・・・、お礼も言わなきゃいけなかったし・・・。・・・それと、お詫びも・・・。」
「私たち、助けてもらったのに、彼らに酷い事言っちゃったしね・・・。」
それは・・・、仕方のない事だと思う。
助けが間に合わなかったのは、彼らの所為じゃない。
彼らには、他人を助ける義理も、まして義務なんて一分もないのだから・・・。
それでも、間に合ってほしかった、助けてほしかったと思うのは・・・、仕方のない事だと思う。
その時の精神状態だったら、恨みごとの1つや2つ出てしまっても、しょうがない事よ・・・。
「それで、お礼は言えた?」
「ええ、会ってすぐに伝えたわ。」
「・・・ちょっと、緊張した。」
「そしたら、『もう覚えてないから、気にしなくて良いですよ。』ですって。まったく、どっちが年上なのか、分からなくなるほど落ち着いた対応だったわ!」
「・・・びっくりした。」
事件の事は、もう大分、心の整理が出来てるみたい。
それでも、世間の目もあって、まだまだ大変でしょうけどね。
・・・強いわね。
今のうちに、今日組む相手の事とか聞いておこうかしら?
「それで・・・
「あっ!幸太君こっち!」
「・・・おーい、こっちだよ〜。」
上から指示のあった情報収集の対象である『ダンジョン・フィル・ハーモニー』、そのリーダーである少年が、のんびりとこちらに向かって歩いて来ていた。




