166話
ミラさん視点でお送りします。
やっと、日本に帰れると思うと、正直ホッとしてしまう。
公式会見では、アノ女が軍人とは思えない事をやらかし、本国は騒然となった。
『チャットマン』に命令されて、色々な人物を鑑定させられた事実を、世界に向けてバラしたのだ。
他にも、『チャットマン』が他所の国の諜報員と通じているなど、諜報の世界では当たり前の事を一般市民にぶちまけた。
困ったのは本国だ、世論と正論が『チャットマン』を国の敵だと言っているからだ。
お父様としては、適当な落とし所を見つけられれば問題なかったのだが、この女によって、そうもいかなくなった。
公式会見の場に一緒にいたお父様は、こいつの発言を止めれば自分が危うくなって、止めなければ本国の立場が悪くなる、そんな板挟みにあっていた。
結局、お父様はアノ女の発言を見送った。
本国に召喚されたお父様だったけど、日本との信頼回復に欠かせない人物であると世論を動かした。
これには、『ダンジョン・フィル・ハーモニー』の存在と配信が少なからず影響した。何しろ、僅か10組しかいない、生配信のテスターに選ばれ。その今注目の探索者と、情報の売買を成立させたのだから。
議員たちが、次の選挙も勝ちたければ、叩く訳にはいかない人物にお父様はなっていた。
「ミラ、日本に帰る前に話しておきたい事がある。」
「構いませんが、場所を変えますか?」
我が家は、大使という事もあって、どこに盗聴器が仕掛けられているかわかった物ではない。
これまでも、見つけ次第処分はしてるのだけど、キリがないのだ。
幸太たちと大事な話をする時に、我が家を使わないのにはそんな理由がある。
「いや、構わないよ。」
諜報関係者に聞かれても、問題ない話題という事だ。
私は肩の力を抜いて、お父様の前に腰掛けた。
「まずは、お前の助力に感謝する。」
「いえいえ、お父様のお役に立てて私も嬉しく思います。」
話の内容は、ダンジョン関連の在日ドイツ人の子どもか、『ダンジョン・フィル・ハーモニー』としての活動か。そのどちらかに絞られた。
他に私が役に立ってる事などないからな。
「彼らの配信は好調だし、彼から買った情報も役に立ってるよ。」
「それは良かったですわ。」
情報の内容など、微塵も明かさないっと。
では、ダンジョンの話じゃないのか?
「ミラは、そんなに気にする必要もないかもしれないが、念のためな・・・。」
「それは、いったいどういう事ですの?」
私の知らない情報ですか?
いったいどんな?
「彼についた各国の諜報員が、次々に消えている・・・。」
「・・・それは・・・。」
・・・、幸太・・・だな?
それは・・・、諜報員は知っていて、一般には知られない情報って事だな。
マジか・・・。
「ああ、消えているという表現は、正しくはないかもしれない。ただ・・・、続けられる人材がいないだけかもしれない。」
「・・・。」
・・・どうやってつくか次第だな。
近距離で監視するつもりなら、まず無理だ。
ソロで6階層に行ってしまうような人物だ、幸太並みにイカレてないと出来ない。
距離をとって、日常生活にだけつくのはどうだろうか?
あのギルドだぞ?
1日の半分は、幸太をフリーにしてしまう。
諜報の価値がない。
「我が国のエージェントも、唐突に意識を失い倒れたそうだ。」
・・・。
「は?」
「他国のエージェントはもっとひどいぞ?分かっているだけで、原因不明の死者が27名、行方不明者が8名、事故や救急車で運ばれた者が13名だ。」
???
「・・・あの、ただの近所の事故では?」
「そう願いたいのだが、各国の諜報員ばかりが被害にあうなど、・・・考えられるか?」
ある訳がない。
諜報員は揃って優秀だ。
特に周りに溶け込む技術は、まさにプロフェッショナルだ。
それを、的確に撃退・・・。
あの女も、サングラスで目を隠していたにもかかわらず見破られた。
インペリアル ジャパン、かつて囁かれた戯言だと思っていた。
だけど、ダンジョンが出現してから、東洋の悪魔は目を覚ました・・・。
奴こそがそれだ。
「事故などで現職を退いた者は運の良い方だな・・・。死んだ者たちは、あまりにもひどい・・・。とても人間の仕業だとは思えないほどの有様だ・・・。」
人間の・・・?
・・・居るじゃないか、人間じゃない存在が、確かにあいつの側に居る。
普段は無害な存在を演じていて、その実、実力を知られていない奴が・・・。
幸太に甘える事を、至上の喜びのようにしていて。
幸太の敵を消す事に、何の躊躇も覚えない奴が・・・。
「今のところ、ミラは大丈夫だと思うのだけれど、気をつけるんだよ?」
お父様の言葉には、含みを感じない。
この事の正体が、お父様には分かっていないのかもしれない。
日本の仕業、くらいに考えているのだろう。
「ご安心くださいお父様、私は彼と敵対するつもりはありません。」
ハニトラがどうとか、諜報がどうとか、チラッと入れてきましたが、ミューズの壁は破れません。