プロポーズ
二年前に別れて以来、僕は彼女と一度
も連絡を取っていなかった。
アオイとは大学時代に知り合い交際を
始めた。
大学を出ると僕は東京の会社に就職し
この街を離れたが、彼女は大学院に進
んだのでこの街に残った。
僕がアオイにプロポーズしたのは就職
して三年目、大阪に転勤する前だった。
彼女はその頃、修士課程を卒業し横浜
にある予備校で講師の仕事をしていた。
彼女の承諾を得て、僕は後日アオイの
両親に挨拶に行った。
◇◇
あの日、僕は緊張して都内の住宅地に
ある彼女の実家を訪れた。でもアオイ
の両親の対応は僕の期待を大きく裏切
るものだった。
親父さんは一流企業の役員で厳しそう
な人だった。母親はしっかり者の感じ。
要するに「将来の展望が見えない男に
娘を渡す訳にはいかない」というのが
親父さんの言い分だった。
僕の話し方も良くなかったと思う。
挨拶もそこそこに「お父さん、僕に娘
さんをください」なんて言ってしまっ
たんだから…。
親父さんにしてみれば、冗談みたいに
聞こえたのだろう。
もっと順を追って、彼女との馴れ初め
から、アオイを愛する気持ち、人生の
計画などを具体的に話せば良かった。
「アオイさんを幸せにしますので結婚
させてください」という様なセリフを
僕は繰り返すばかり。
漠然とした僕の話を聞いてるうちに、
最初は笑ってた親父さんの顔がだん
だん険しくなって来た。
あの時僕は転勤前で焦ってた。出来れ
ばアオイと一緒に大阪で暮らしたいと
思ってた。
それに僕の話は、ある程度アオイから
両親に伝わってるはずだった。
しかし、その日はまるで面接みたいに
あれこれと彼女の両親から質問されて
僕はしどろもどろになった。
僕の両親のこととか、貯蓄はあるかとか
家はいつ買うかとか、子供は作る気があ
るのかとか、色々と聞かれた。
僕が何か言う度に、親父さんは容赦なく
僕に失笑や冷笑を浴びせた。
「もう、お父さん止めてよ…ケイタが
困ってるでしょう!」
とアオイが助け船を出しても、
「お前は黙ってなさい、私はケイタ君
と話してるんだ」
とピシャリ。
僕もだんだん不愉快な気持ちになって
来てムッとした表情になってたと思う。
親父さんが突然、顔をしかめて席を立っ
たので、僕も席を立ち、アオイの母親に
一礼してリビングを出た。
僕はその時、乗り越えられない社会の壁
の様なものを感じてた。
アオイはおろおろしてた。大きな瞳に涙
を一杯に浮かべ玄関までついて来た。
「ケイタ…ごめんね、ごめん…本当に
ごめんなさい」
僕は無理に笑顔を作り、彼女を見て肩を
すくめると、玄関を後にした。
アオイが決して手の届かない高嶺の花の
様に見えた。
彼女は泣きながら僕を見送った。