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第2話 神様ってなんぞ?


「初めまして。大家の月島(つきしま)(きぬ)()です」


 おっとりとしていて、人懐っこそうな笑顔を浮かべている。階段を這いずってくる某怨霊とは程遠い。安心した反面、拍子抜けた。


(まぁ、こんな所で某怨霊に出てこられても困るしな)


「ようこそ『八百万荘やおよろずそう』へ。ここの住人はみんな良い人だから、安心して新生活を楽しんでちょうだいな」

日下部(くさかべ)由希(ゆき)です! よろしくお願いします!」


(幽霊出そうなアパートなのに、神さまみたいな名前だな……)


 その後、わたしは八百万荘の基本的な説明を受けた。何らおかしなところはない。見た目はお化け屋敷だけど、どこまでも普通のアパートだった。



 説明が終わると、大家さんから空いている部屋の鍵を渡された。



 わたしの部屋は206号室。ちなみにタカ兄は209号室で、わたしの部屋のすぐ近くだった。

 心の中でガッツポーズをしたのはここだけの話。本当は隣が良かったけど、さすがにそれは我儘というものだろう。


 建物は幽霊屋敷そのものだったが、部屋の中だけは平凡な四畳半の洋室だった。こちらもちゃんと普通で安心した。


「そういえば、東京は初めて?」


 大家さんが人の好さそうな笑窪(えくぼ)を浮かべた。


「あ、はい。一応、修学旅行とプライベートで二回来たことはありますけど」

「初めてみたいなものよ。旅行で来るのと生活するのでは全然違うもの」

「そうですね、確かに」


(旅行で幽霊屋敷なんか見なかったしな……)


「慣れない都会を歩き回って疲れたでしょう。お茶とか飲み物はいらない?」

「めっちゃいります!」

「いやいや、少しは遠慮しろよ」


 タカ兄が困り顔になる一方で、大家さんの笑窪に変わりはない。うん。とりあえず、この大家さんとは上手くやっていけそうだ。


「ふふ、可愛らしいお嬢さんね」

「すみません、何か……」

「良いのよ。孫娘みたいで楽しいわ」


 程なくして、大家さんの部屋の前に着いた。


「ちょっと待っててね。人様を招くには散らかっているから」

「いえいえ、お構いなく!」


 アパートのインパクトで頭がいっぱいだったが、喉はそれどころじゃないくらいにカラカラだ。部屋に入っていく大家さんの後ろ姿が神々しく見えた。


(もしかしたら大家さんがいるだけで、このアパートが浄化されてたりして……)



「ちょっといいか」



 タカ兄がわたしの肩に手を置き、顔を寄せてきた。


 まさかの不意打ちに心臓が馬鹿みたいに弾んだが、タカ兄の顔つきがあまりにも神妙だったので、空気を読んでしぶしぶ表情を合わせることにした。


「どうかしたの?」

「実はな……」


 さすがのわたしも、この空気でキャッキャウフフな展開になるとは思わない。

 だけど、それを差し引いても、彼の口から出た言葉は予想外もいいところだった。


「ここにはその……神さまが住んでるんだ」






   ***






 銭湯から帰るや否や、布団を敷いてごろんと寝ころんだ。


 荷物は明日届くので、部屋には添え付けの冷蔵庫や洗濯機、ガスコンロ以外は何もない。なんとも殺風景な部屋だ。


(……それにしても、タカ兄は相変わらずだわ)


 今日は地べたで雑魚寝するつもりだったけど、それではあんまりだとタカ兄が布団一式を持ってきてくれた。

 前の彼女のってのがどうも気にくわないけど、タカ兄なりに気を遣ってくれたことが嬉しくもある。ぶっちゃけ複雑な心境だ。


(まぁ、タカ兄からしたら従妹でしかないわけだし……)


 気持ちを切り替えようと、明日からの暮らしに想いを馳せる。


 初めての都会、初めての一人暮らし、初めての大学生活。

 人生における一大イベントを前に、胸がとくんとくんと踊る――はずだった。


「…………」



 タカ兄が神さまとか言い出したのは、大家さんが部屋に入った直後のことだ。



『かみさまって、あの神さま?』

『いや、そんな神々しいものじゃないんだけど……とにかく神さまらしいんだ』

『どういうこと?』

『説明して理解出来るものじゃないと思う』

『即答ですかい……』

『ただ、ここでは時々おかしなことが起こる。まず、それだけは肝に銘じておいた方がいい。分かったな?』


 頷くしかなかった。


 タカ兄の言うことはいつも正しい。彼の忠告を無視すると、必ずと言っていいほどろくな目に遭わないのだ。


『でも、大家さんはそんなこと言ってなかったよ?』

『あの人は異常なまでに鈍いから』

『じゃあ、せめて具体例だけでも……』

『ダメだ。それを口にして被害が出た事例もある』

『…………』

『まぁ、基本的に大きな被害はないけど……ヤバかったら言ってくれ』


(あの、マジでどういうことなんですか)


 タカ兄は、上京したばかりのか弱い少女を不安にさせるような冗談は絶対に言わない。それだけに……何だかもやもやする。


(あれか? このアパートの入居者が受けるドッキリとか……)


 そう納得することにした。そう納得するしかなかった。

 わたしの思考回路は普通に現実的なので、いくら大好きなタカ兄の言葉といえ、素直に受け入れられなかったのだ。


 この後、早速『神さま』に遭遇するとも知らずに。






 明日の荷ほどき作業に備えるべく、今夜はとにかくのんびりすることにした。


 実家から持ってきたアルバムを眺めたり、地元の友達とSNSでやり取りしたり、明日手伝いにきてくれるタカ兄との会話を妄想してニヤニヤしたり、大学のパンフレットを眺めたりしている内に眠気がやってきた。ふわぁと欠伸(あくび)が出る。


(今日はもう寝よう……)


 わたしはスマホを充電し、布団に入った。目を閉じ、明日からの生活を思い描きながら眠りに就くはずだった。



 ガタ ゴト



「……?」



 ガタ ゴトン ガタタ ガ ガタ



(なんの音?)


 わたしは眠たい目を擦ってむくりと起き上がった。耳をすませると、音は台所の方から聞こえてくるのが分かった。ネズミでも這いずり回っているのだろうか。


(……はた迷惑な)


 わたしはうんざりしながら、睡眠妨害の罪でネズミを排除するべく台所に向かった。そして固まった。




 添え付けのガスコンロの上に、猫ぐらいの大きさのトカゲがいた。




「…………は?」


 トカゲがビクッと体を震わせる。そしてガスコンロの上から床に飛び降りると、玄関に向かって一目散に這いずっていき、扉をすり抜けた。


「…………え、え、な……?」


 自分の見たものが信じられないけど、さすがに無視するわけにはいかなかった。恐る恐る玄関に近寄り、そっと扉を開けた。




 巨大トカゲの姿は、どこにも無かった。




「………………」


 頬をつねると痛かった。どうやら夢ではないらしい。

 となると幻覚だろうか。トカゲなんて部屋に入れた覚えはないし、あの大きさで外から侵入してくるなんてありえない。


(つうか、日本にあんなデカいトカゲいないだろ)


 そもそも幻覚とかありえない。何せ、わたしは明日からの生活でウキウキなのだ。幻覚を見るほど病んではいないはず。



「…………ねみぃ」



 とりあえず、眠ることにした。

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