6.クラスの陽キャを恨んだ理由④
「そうか、じゃあとりあえずテント五つは確保出来たんだな。さんきゅな、加賀屋」
「ええんやで、俺と樫井の仲やねんさかいに」
「え、唐突な似非関西弁やめてもらっていい⁉︎」
「バ加賀屋だー」
「藤井寺、それ言い過ぎだから」
「加賀屋がバカなのは中学の時からだから」
「と、茉耶の姉御は仰っておりますが?」
「うっせ、お前ら」
噂をすればなんとやらである。
そう、泣く子も笑う天下の陽キャ樫井様御一行である。
……おうおう、キャッキャウフフと随分楽しそうじゃねぇか。6人仲良しこよしで来やがって、トリプルデートですか?あぁ?だが残念だったな、この店はお一人様用なんだよ、けえったけえった。
俺は任侠映画のチンピラの如く、眉間に皺を寄せメンチを切り散らかした。すると、空席を探していたのかD寄りのC子さんこと瀬尾とバッチリ目が合ってしまった。
「あ!あいつ!」
「茉耶どしたん?」
瀬尾の声に反応するように樫井一同が一斉にこちらに視線を向けた。
「お、高槻か」
そう声を漏らすと、樫井はさも気の知れた友人を見つけたかのような柔和な笑みを浮かべた。ただ、取り巻きの加賀屋と桐谷は「誰だ?あいつ?」という顔をである。
一方で女性陣はと言うと、瀬尾は当然の如く侮蔑の念を露にし、藤井寺は今朝教室でも向けてきた訝しむような眼差し。そして渡は、全くと言ってもいいほどの無表情で諦観していた。
ここは狂犬瀬尾に噛みつかれてめんどくさくなる前に退散しようと思い、俺はトレイを持ち席を立とうとした。しかし、温厚従順の権化めいた樫井が話しかけてきた。
「今、1人か?」
今に限らず、ここ最近はずっと1人なんだが。
というかわざわざ声掛けてきてまでボッチを認識させるという新手の嫌がらせですか?
俺は陽キャのこういう配慮に欠けるところがいけすかない。一歩進んだ大人であれば、事実確認を用いた傷害行為は行わないのである。……まあ高校生のガキにはそんなこと分かんねぇか。
「そうだけど…」
「じゃあもしよかったら一緒に食べないか?クラスの親睦会の打ち合わせもしたいし」
打ち合わせ?
俺が?こいつらと?
いやいや勘弁してくれ。
そもそも完全に食べ終わってる感が出ている俺の手元は見えないんですか?
大体パリピ陽キャ(笑)の中に底辺陰キャが1人とか明らかに異分子過ぎる。
それに後ろの瀬尾の顔を見てみろ、親の敵みたいな面してんぞ。
「い、いや、もう俺食ったし帰るから」
「そうか、それは残念だな。高槻は頭良さそうだから何か分からないことあったら相談させてもらうよ。明日からよろしくな」
「お、おう、じゃ」
どこまでも社交的な奴である。こいつがモテる理由も頷ける、まあ俺ほどではないが。
俺は荷物をまとめ樫井達の方に軽く会釈すると、喧騒に満ちた店内を後にした。
家に着くと、朝出た時同様家の中は暗いままだった。どうやら、今年中三の妹はまだ帰っていないらしい。
俺とは違い友人の多い妹のことだ、恐らく始業式の後、クラスのみんなと遊びにでも行ってるのだろう。
さて、ここで一つ疑問が浮かんでいることだろう。我が妹は可愛いのかどうかということだ。
結論から言うと普通である。
もちろん、外見的特徴を抜きにして妹としてどうなのかと言われれば、目に入れてもちょっとだけしか痛くない程度には可愛い。ストレートに顔面偏差値で表すならば50程度といったところだろう。
そう、妹は俺に似て頗る容姿が整っているという訳ではないのである。そしてそれは俺の両親も例外ではない。
有名な俳優と女優の親などではなく、普通のサラリーマンとパート主婦である。
つまり、俺だけが異常なのだ。平々凡々な家庭に生まれた突然変異のミュータントイケメンなのだ。昔はその所為で、不倫の子だのアイドルの隠し子を匿ってるなどと散々なことを言われた。
しかし、その度にうちの両親はDNA型親子鑑定書なるものを用いて懇切丁寧に説明した。それはもう必死だった。
うちの母は所謂親バカというやつで、事あるごとに俺のことを「神から授かった天使」と言い回った。一時期はそんな可愛い俺をアイドルの事務所に入れたがっていたのだが、俺が興味がないと言うと意思を尊重してくれたのか渋々引き下がってくれた。
俺がわざわざ難易度の高い御手洗高校の受験を打ち明けた時も、陰鬱な表情を察してくれたのか理由も聞かず後押ししてくれた。また、俺が急に根暗な陰キャラスタイルになった時も「そういうのもクールでカッコいいね」と言っていた。
元々専業主婦をしていた母は俺の受験を機にスーパーのパートを始めた。恐らく公立と私立では学費に差があるからだろう。俺には勿体無いくらい本当に良い親だと思う。
そんなことを考えつつ、俺は母の負担を少しでも軽くする為、風呂掃除をしておいた。
掃除を終えた俺はリビングでテレビを見ながら一服していた。すると、玄関扉の開く音が聴こえ、セーラー服に身を包んだ愛しの我が妹-高槻 早苗-が帰ってきた。
兄妹の証とも言うべきサラサラの綺麗な黒髪は、純朴な中学生らしくポニーテールに纏められている。平均的な成長を遂げる体躯は、まだ大人と子供の境界特有の魅力がある。
「たでーまー…ってあれ?おにぃだけか、言って損したわ」
「おいコラ、早苗、損とはなんだ損とは。お前の大好きなイケメンお兄ちゃんだぞ、お帰りなさいのチューくらいしないのか」
「うわーその発言キモ過ぎてもはや事案でしょ。てゆーかチューなら天満さんにしてもらえば?って、あ、もう別れたんだっけ?あーごめーん忘れてたわー、メンゴメンゴ」
「ぐぬぬ、コイツぅ」
天満さん-天満 未來-は俺が中ニの時にお付き合いしていた女の子だ。俺の悩みも親身なって考えてくれた物腰柔らかで小さな笑窪が特徴の子だった。
しかし、ある事件を境に別れることとなってしまった。
彼女は元気にしているだろうか。
あんなことに巻き込んでしまった俺が言うのもなんだが、彼女には幸せになって欲しい。
「まーこれに懲りたら、そういうキモい発言辞めてよね。ただでさえ今のおにぃの見た目が犯罪者予備軍なのに、このままだと本当に捕まっちゃうよ?大体おにぃのその格好のせいで家に友達呼べなくなったんだからね?」
「いや、キモいのはさて置いて友達くらい普通に呼べばいんじゃねーの?」
「だめだよ!友達が今のおにぃ見たら気絶しちゃうよ!みんな中学時代のおにぃ知ってるんだからさ!私が何人告白取り次いだと思ってんの!」
「……あ、いや、その…昔から色々ご迷惑お掛けして誠に申し訳ありません…」
「分かれば良いのよ、妹の有り難みを思い知れ!」
そう言うと早苗は俺が座っているソファーの隣に腰を下ろし、ローテーブルに置いてあったリモコンを掴み取るとザッピングを始めた。なんだかんだ文句を言ったってこいつも優しい奴である。
仕方ない、日頃の労を労ってここはお兄ちゃんがハグでもしてやろう。そう思い、隣でリモコンを弄る早苗に手を伸ばそうとすると……
「意味もなく触ってきたら普通に通報するから」
目がマジだった。
「ふぇ?触るぅ?お兄ちゃんは太極拳の練習をしていただけですよぉ?」
危ない。危うく高槻家から犯罪者が出るところだった。
俺は伸ばしかけた腕をゆっくりと回し、空中に霧散する気を集める動きを始めた。
今日も我が家は平和です。