5.クラスの陽キャを恨んだ理由③
「……えーそのために…そしてその分野に於いて…」
眠い……
眠過ぎる……
何でこう、校長の話というのは眠くなるのだろうか。睡眠導入を促すα波でも出ているんだろうか。しかし表面上優等生であるところの俺は、決して眠らないマンである。
……腿抓りすぎて痛ぇ。
さて現在、御手洗高校の講堂では始業式の真っ只中である。
お腹の当たりが今にもはち切れそうなグレーのスーツに身を包んだ校長のありがたいお話を聞いている。
前の方で背筋をピンとしながら、まだ真新しい制服に身を包んで座っているのが今年入学した新入生だ。心なしか緊張気味である。
そして、その少し後ろに列をなしているのが、俺含むニ年及び三年生だ。全校生徒1200人が収まるほどの巨大な講堂にしては異様なまでに森閑としている。
然もありなん、ニ・三年生の三分のニが絶賛睡眠中だからである。いい度胸をしている。
現に俺の隣の女生徒-瀬尾 茉耶-も完全に首を垂れて、セミロングの赤茶色の髪が程よく焼けた膝に掛かっている。
そういえば自己紹介の時にテニス部って言ってたな。部活の練習でお眠なのかも知れないが、こうも堂々と寝られてると逆に清々しい。
一方で、俺の二つ前の列に座ってる我らがプロ陽キャ樫井は取り巻き2人に挟まれる形で、時折ヒソヒソと笑い合っている。
おい、校長の話を真面目に聞け、友達とヒソヒソ話とか羨ましいだろコンチクショー、担任注意しろよ。と思い、講堂の脇で腕を組んで仁王立ちしている峰先生に目をやると、首がかっくんかっくんしていた。
……あの野郎、教師の分際で寝てやがる。
いや、どんなメンタルしてんだよマジで。隣に立つ若い男性教師は注意するのを躊躇して、あわあわしてしまっている。
その時、唐突にマイク越しに耳をつんざくような声が響いた。
「であるからして……お、起きなさい!!」
先程まで寝ていた生徒達はビクっと肩を震わせ、一瞬にして直角九十度の聞きの体制に入った。峰先生の方を見やると、先程まで寝ていた素振りは一切見せず、ふむふむと校長の話を聞いていた。
……てめぇ…俺は見てたからな?
そして勿論、俺の隣で眠り姫と化していた瀬尾も「わっ!」という声とともに目を覚ました。しかし、直前の寝ていた角度が若干こちらに向いていたために俺の肩とぶつかってしまった。
それに気付いた彼女は、「ひぃっ!」という悲鳴をあげ、自分の肩を抱いて俺と距離を取る行動をとった。嫌悪感を丸出しにした彼女と視線のレーザービームを交わすこと十秒。彼女は「ふんっ!」という風な態度で前を向いた。
はぁ?
寝てたの其方さんだし、ぶつかってきたのも貴方なわけでこっちに非はないと思うんですが……
謝られこそすれキレられる謂れはない。
……ああごめん、普通に心当たりあったわ。
いつもの癖でパイレーツさんガン見してましたわ。すんまそん。ちなみにサイズ的な話で言うとD寄りのCである。(適当)
うん、悪くないな。今度テニス部の練習を見学させてもらうとしよう。
というかこれもうクラス分け初日で嫌わレベルカンストしたんじゃね?この調子で藤井寺率いるギャルソンズをコンプしてしまえばこっちのものだ。
俺は今年も到来するであろう安心安全最低なボッチライフに胸をときめかせ、始業式を終えた。
教室に戻ると、峰先生より明日からのスケジュール説明と配布物が配られた。
プリント配布の際、前の席の瀬尾が一切こちらを振り返らずに、工事現場のクレーンのように腕を後ろに回して渡してきたのは言わずもがなである。今日はもう見せてくれないらしい。
「じゃあ、今日はこれで終わりや。明日からちゃんと寝坊せずに来いや」
と峰先生が帰りの挨拶したので、俺はプリント類をスカスカの鞄に詰め込み、そそくさとゴキブリのようなすばしっこさで教室を後にした。
さて、昼飯はどうしようか……
というのも、俺の家から学校までは電車と徒歩合わせて一時間弱。今は丁度、時計の針が二つともてっぺんを指している時刻。どうも俺のストマックは家まで我慢してくれそうにない。
……仕方ない、駅前で済ませるとしよう。
学校の最寄り駅は新幹線も乗り入れる大型の駅で、多数の飲食店が軒を連ねる。
俺は完全にラーメンの口だったので、たまの休みに訪れる家系ラーメンの店へ向かった。
とりあえず腹の具合から考えて大盛り以外はありえない。味は、そうだな、醤油で、味玉とチャーシュー増しだな……
などと、この後の暴力的なカロリーに期待を膨らませていると、赤と黒を基調とした佇まいの店へたどり着いた。
……おや?いつもより暗くないか?
入店するため、扉に手を掛けようとすると一枚の張り紙が目に入った。
「電装系のトラブルにより営業を停止しております」
……おい、うそだろ…
何でよりにもよって今日なんだ……
俺は絶望感に打ちひしがれ、目の前が真っ暗になった……
うそうそ、全然大丈夫だよぉ?おいら全然へーき。うん、また次の休みまで楽しみは取っておこう。
俺はしょっぱい水でビショビショになった目元を拭うと、黄色のアルファベットが目印のファストフード店へ向かった。
店内は昼時ということもあってかそれなりに盛況だったが、座れないほどではなさそうだ。
俺はビーフが四枚入ったバーガーのセットを受け取ると、お一人様御用達の店内中央の席へ腰を下ろした。
俺は辞書並みの分厚さのバーガーをペロリと完食すると、スマホを弄りながら残ったポテトをちまちま食べていた。すると、ふと目に入ったソシャゲの「ランクD」の文字に引っ掛かりを覚える。
D?
D、D、d、ディー、
D、C……
D寄りのC、いやC寄りのDだっけか?
いやそもそもE寄りのDじゃなかったか?
まずい……
軽いゲシュタルト崩壊を起こしてきた。
思いだせ、お前はあの時何を見たんだ!
クレーコートで鍛えられたであろうあの双峰。
ブレザーを仄かに押し上げる発展途上の弾力。
……ふん、やめだ、辞め。何をそんなに拘っている。
所詮アルファベットという小さな枠組みで評定しているに過ぎないじゃないか。
大事なのはそれがπであるかどうかだろ?
大きさ?形?色?
はっ、笑わせるな。
どれだけ立派だろうが手が届かなければ意味がねぇんだよ……
俺は何でこんな簡単な結論に辿り着けなかったんだろうか。馬鹿だなあ…俺は。
……そうか、結局答えは目の前にあったんだ。
俺は自ら導き出した回答を、頭の中の色黒司会者にファイナルアンサーとして回答しておいた。……こんなものオーディエンスやテレフォンを使うまでも無いな。簡単過ぎるぜ全く……
一仕事終えた俺は、ふーっと若干汗ばんだ額を拭いつつ、そろそろお暇しようかな?と思い手元のゴミを纏めていた。
すると、店の入口から今朝散々聞いた爽やかボイスが聞こえてきた。