4.クラスの陽キャを恨んだ理由②
「おっ!みんなちゃんと座っとんな。俺は、峰 義彦、教師歴十年の中堅や。みんなは、みねりんとかよっしーって呼んどるわ。まあ好きに呼んだってーな。担当教科は体育、多分お前ら男子の体育も担当する……っちゅーことで一年間ようろしゅうな!」
なんか関西弁を喋る筋肉の塊みたいなのが来た。背はそんなに高くないのに腕周りの太さと胸板の厚さが相まって、かなり大きく見える。そして、綺麗に手入れされた角刈り頭をしているので、「ザ・昭和の体育教師」という風貌である。というかタンクトップって……
先生、まだ四月ですよ?
「よし!ほんならまずは自己紹介やな。秋元、お前から順番に自己紹介していけ。名前、特技か趣味、このクラスでやりたいことを言ってみぃ」
そうして順番に自己紹介がされていく。
途中、クラスのリーダー的存在である樫井の
「俺は一年を通してこのクラスが一つになれたらと思う。いつかみんなが大人になった時、あの時はバカやったなとか言って笑い合える関係性を築いていきたいな」
というお涙頂戴物の演説が披露された。そのため、自分の職務を全うすべく、ギリギリ聴こえる程度の音量で鼻で笑っておいた。
その際、上位女子グループであるギャルソンズの瀬尾にジロリと睨まれてしまったが、俺としては結果オーライである。
というかこのタイミングでこの反応……
ははーん、さては瀬尾は樫井に気があるな?さっきの激クサ演説でもうるうるしていたし。
ただね瀬尾ちん、優しい言葉を掛けてくる人間が必ずしも優しい訳じゃないんだよ?あんたはあたいみたいに騙されんじゃないよ?
ちなみに俺の自己紹介は、
「高槻棋雄です。趣味は深夜アニメです。このクラスでやりたいことは、皆さんと社会性及び協調性を身につけることです」というシンプルなものだった。
正直、もっと捻って「おれ、ポニーテール萌えなんだ」という若干気持ち悪いことも言えたのだが、担任が居る手前、下手なことは出来なかった。
無事全員の自己紹介が終了し、峰先生による連絡事項の伝達が終わると、始業式の準備のため一旦休憩となった。
峰先生が教室から出て行くと、機会を待っていたのか、陽キャグループトリプルKのリーダーである茶髪頭の樫井が俊敏な動きで教卓に立った。
「あ、みんな、ちょっと出て行くの待ってね。さっきも自己紹介したけど、改めまして、樫井 大誠です。俺、みんなと仲良くなりたいと思ってる。クラスってさ、一人ひとりが手を取り合ってひとつになる絶好の場所だと思うんだよね。だからさ、みんなとはただの友達じゃなくて、本当の仲間になりたいな」
爽やかな声も相まって中々にパンチの効いた奴である。
思わずオートスキルになりつつある-豚鼻笑い-が発動してしまったじゃねぇか。
というか、仲間?
はっ!冗談じゃないが、陽キャの言う「仲間(笑)」というのは、未成年飲酒、喫煙、不純異性交遊がデフォルトであることを俺は「いんたーねつと」で学んでいる。
俺は大都会に染まるつもりはあるが、犯罪に手を染めるつもりは毛頭ない。俺はいつだってピーポ君の味方なのだ。
「っていうことでさ、親睦を深める場を儲けようと思うんだけど、何か意見はあるかな?あ、もちろんみんなが楽しめることだよ」
おいおい、何勝手に話進めてんだよ。ちゃっかり強制参加の流れになってるし。
咄嗟に危機を感じた俺は、「ちょ、待てよ」と出来るだけ低音のイケボを意識して否定の声をあげようとしたのだが……
「いいじゃん!いいじゃん!ボウリングとかカラオケは⁉︎」
と、樫井ファンクラブ第一号の瀬尾によって掻き消されてしまった。……おのれぇ、瀬尾ぉ!
「うん、良いんじゃないかな。ボウリングだとやったことない人でも俺が教えられると思う。ただ、カラオケは部屋に入りきれないかもしれないね」
「バーベキューは?」
と樫井率いるトリプルKの加賀屋が進言する。
「バーベキューか、良いかもね。食べながら話出来たら楽しいだろうし。ただ、道具や食材の用意を考えないとだね」
その後も、ちらほらと「遊園地は?水族館は?」など意見が挙がった。その度に樫井が前向きに実現の可否を裁定していく。
ちなみに俺は机に突っ伏し、知らぬ存ぜぬスタイルである。陽の者の前に於いて、陰の者に人権は無いのである。
すると、陽キングである樫井が突然俺に声をかけて来た。
「高槻は何かしたいことある?確か……協調性?を身につけたいんだよね?」
……やべぇ、完全に油断していた。というか気軽に陰キャに話振ってんじゃねぇよ。
それ、一見陰キャにも話かけて優しくしている風に見えてただの公開処刑だからな?しかも名指しで当てられている上に、先程の自己紹介文をなぞられるという羞恥プレイ付きである。
ここで、「俺はノーと言える日本人でありたい」と皮肉めいたことの一つでも言えれば良かったのだが、生憎クラス39人の囚人看守の中であるため、俺の羞恥心が邪魔をした。
「……あ、え、えと…皆さんが、ちゃんと参加出来るものが、い、いんじゃない、れしゅか?」
軽く死ねるレベルで噛んでしまった。
しかたないだろ!もうかれこれ一年程同級生とまともな会話なんてしてないんだから!
「そうだね、高槻の意見はもっともだと思う。みんなで落とし所を考えていこう。意見言ってくれてありがとう」
おま……ええ奴やんけ。
ただただ意識高い系のチャラ男だと思っていたけど評価を改めよう。
そうだな……タグ付けは[イケメン、陽キャ、非童貞、意識高い系、偽善者、頭はハッピーセット]とかでいいよな?
うん、我ながら高評価だな。強制参加にした罪は重いのである。
最終的には加賀屋のバーベキューという意見が派生し、グランピングということでまとまった。なんでも、加賀屋のお兄さんがグランピング場を経営しているんだとか。
……いや、グランピングってなんぞ?クライミングの親戚か何かか?そういった俺の心中を察してか、樫井大先生が解説してくれた。
「グランピングっていうのは、簡単に言えばコテージやテントの中で食事や談笑したりすることだよ。勿論ただゆったり過ごすのもいい。食材や道具なんかは全て現地で揃ってるから手ぶらでいい。流石に全員が同じテントには入れないから幾つか借りて適当にバラけることになると思うけど、ミニゲームもしようと思ってるから楽しみにしててね。あと、テントはなかなかオシャレだから映え間違いなしだよ?」
雨風凌げて、ゆっくりできて、飯も食えて、尚且つ女子の大好物「映え」を抑えてると。……もしやこいつら天才か?まあ恐らく俺は隅っこの方で読書でもしていることになるだろう。
その後、樫井はクラスメイトからの質問に答え、日程の調整に入った。最終的に、ゴールデンウィークの前の週の土曜日ということで決定した。加賀屋曰く、ゴールデンウィークはすでに予約が入っている可能性が高く、ずらした方が良いとのこと。流石とも言うべきか上位グループだけあって抜かりない奴らである。
いやまあしかし、クラスメイトと私的に出掛けるなんざ中学以来である。なんせ去年は入学早々に嫌われたため、全くお声は掛からなかったし。
お陰で秋の校外学習の自然教室では、ひたすら足元の土を弄りまくる無限高校球児ピッチャーごっこをしていた。
まあいい、これも仲良くない奴と適切な距離を保つ社会勉強と考えよう。