3.クラスの陽キャを恨んだ理由①
俺は、高槻 棋雄。
イケメン過ぎてモテ過ぎるというコンプレックスから、敢えて陰キャをさせてもらっている。それはもう、陰キャ中の陰キャ、底辺陰キャである。
しかし、ただ陰キャになろうと思っても、顔面偏差値80の俺がそう簡単になれるものではない。そのため、中三の卒業までの残り僅かな登校日を利用し、学校中の陰キャを観察し研究した。
「もっと有意義な時間の使い方しろ」と思った奴、怒らないから出て来なさい。
さて、まずは形から入ることにした。
身長180cmの長身を隠すため、首が肩にめり込む勢いの猫背。本来ならおなごを虜にする漆黒の瞳も、目元を覆うように不揃い伸ばされた前髪の所為でちっとも見えない。
無論、寝癖は直さない。まあ元々、直毛のサラサラヘヤーだからあんまり意味が無いのだが。
そして、極め付けが、クリアランスセール行き間違いなしの眼鏡だ。なんとも言えない色とこれ何系だよと思わせるフレームをしている。
眼鏡ショップの店員さんに「この店で一番ダサくて売れてない眼鏡を下さい」と言ったのはいい思い出である。店員さんは終始困惑していた。
そして、ただ身なりの印象を暗くするだけでは、その辺のパンピー陰キャと変わらない。なんちゃって陰キャであれば、俺の持つイケメンオーラがそれを打ち負かしてしまうのだ。
その為、言動にも気を付けている。
基本使用ワードは「はぁ、へぇ、ふひっ」。陽キャが騒ぎ立てたら軽く舌打ち。陽キャが何かミスをすれば、ギリギリ視界に入るところで嘲笑。グループワークの際は、成績に関係しない部分をそれとなく陽キャに押し付ける。陽キャ女子との会話イベントが発生すれば、ニチャっとした笑みを浮かべ、視線は胸部を凝視。
我ながら完璧である。
ただ、相手がキレて胸倉を掴まれた時は、流石にちびりそうになった。もしかしたらちょっと漏らしてたかもしれない。いやだって女の子のマジで怒ってる時の目ってすごいからね?
勿論こうした言動は、生徒に対するもので、先生は例外である。先生の前ではあくまで真面目な生徒を心掛けている。
陽キャの前では、不快な言動を繰り返すキモキャラ。
一方、教師の前では授業を真面目に聞き、積極的に雑務を手伝う優秀な生徒。
二つの顔を持つ男、高槻棋雄である。
将来、潜入捜査官とかになれるかもしれない。今のうちに身バレした時のことを考えて、土下座靴舐めの練習でもしておこう。
そして高校入学当初は、みんなウキウキ気分だった為か、こんな身なりの俺でもちょこちょこ話しかけられることがあった。しかし、俺の計算された陰キャムーブの前では成す術なく、梅雨に入る頃には誰も話しかけなくった。
今でこそ平気だが、初めは「キモっ」と言われる度、何度も心が折れそうになった。というか、家に帰って普通に泣いてた。告白を断って女の子を泣かしたことなら何度もあるけど、まさか自分まで泣かせてしまうとは……全く俺って奴は罪な男だぜ。
というか、ここまでやっているのだから、CMのオファーでも来ていいもである。
キャッチフレーズは「陰キャはつくれる、陰キャって本当に楽しい!」
ちょっとラリった顔で言うのがポイント。うん、絶対売れないわその商品。
そんなこんなで、無事陰キャラ化に成功した俺は、恙無く第一学年を終了し、大きな問題も起こらず進級することができた。というか、何も起こらなさ過ぎて最早記憶が無い。
それでも、肯定的に考えれば、平穏に過ごすという当初の目論見を達成できたと言っていいだろう。
ただ、通知表の担任コメントに「勉強も大切ですが、他者と関わる事も同じくらい大切です。今しか出来ないことがきっとあるはずです。次年度からはもっと他の生徒と交流を持ちましょう」と書かれていたのは流石に苦笑してしまった。
同級生の半端な蔑みよりも大人の正論が一番効くのである。こうかはばつぐんだ。
最近ふと思うのだが、当初はあくまで「陰キャを演じる」だけであって、根は素直な好青年のつもりだった。しかし、ひたすら陰キャ街道を突き進むこと足掛一年、もはや振りではなく完全に卑屈な陰キャの思考になってしまった。自分の才能が憎い。
さて、本日は始業式。
前年度に俺と相対した陽キャどもは別クラスとなったようだ。まあ一学年10クラスもあるのだから当然とも言えるだろう。
ひとまず、今後の立ち回りを考えるため、クラスメイトを視姦…間違えた、観察するとしよう。
そこでまず目についたのは、一際陽のオーラを纏う6人組のグループだ。男子と女子の比率が丁度半々になっている。皆顔見知りなのか、ポンポンと会話を弾ませている。
そして、その中心で名司会者っぷりを発揮している茶髪頭が恐らくあのグループのリーダーなのだろう。まあ整った顔ではあるが…
顔面偏差値60といったところか、ふんっ!ゴミめ!
上位グループのリーダーということは実際的にクラスのリーダーということである。
なるほど今回はあいつを目の敵にすればいいんだな。あれ?なんか俺ナチュラルに嫌な奴になってない?まあいい、俺は俺の仕事をするだけだ。
暫くの間、茶髪頭グループの会話に耳を傾けていると、幾つか分かったことがある。
まず、あの茶髪頭の名前は樫井、そしてその横で取り巻きとして鎮座しているのが加賀屋と桐谷。よし、トリプルKと名付けよう。
そして、彼らの対面で細長い足を惜しげもなく披露しているのが女子グループのリーダーの藤井寺。
スカート短っ!ネイル長っ!めっちゃ金髪っ!
所謂ギャルだった。黒じゃなく白の方。うん、嫌いじゃないですね。
そして、彼女の左右の机に腰を下ろしているのが、渡と瀬尾だ。
うーん、女子グループの名前はどうしようか、特に共通点も無いしなぁ……もう適当でいいや、じゃあ、ギャルソンズで。
と、御三方のおみ足を舐めるように見ていると、藤井寺と目が合ってしまった。3秒程、ジーとこちらを訝しむような目で見た後、彼女は視線を戻した。
いや、怖っ!
彼女の派手な見た目も相まって、変な汁(普通に汗ですよ?)が出てしまった。
ちなみに余談ではあるが、この学校には最低限の校則はあるが他校と比べ緩い。代表的なところで言えば、頭髪、ピアス、アルバイト、あと多分スカート丈なんかが自由だ。なんでも、生徒の自主性を尊重したいという理事長の意向らしい。
なるほど、だから俺みたいなクソザコ陰キャでも好き放題できる訳ですね。
そんなことを考えていると、ドシドシと床を鳴らし担任となる教師が教室に入って来た。