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28.多少は陽キャを認めた理由①

 お天道様(てんとさま)が大きく息を吸い込んだんじゃないか。そんな気がしてくる程、積乱雲が全く見当たらない晴天。澄み渡る青空は今日の行事を彩色しているかのようだ。まさに体育祭日和と言えよう。


 学校の正門は昨日委員会メンバーが手分けして装飾したおかげで、テーマパークの入り口のように華やかに仕上がっている。やはり私立高校ということもあり、予算に余裕があるのか装飾品のクオリティもそれなりであった。全ての作業に関わったわけではないが、自分が手掛けたことにより一つのものが完成するというのは中々に満足感がある。


 体育祭実行委員である俺は、普段登校する時間よりも一時間ばかり早く登校していた。こんな朝早くから来たくなんぞなかったが、会場の設営や事前の準備があるから仕方ない。ちなみに俺と藤井寺の担当は備品管理とサポート総務。備品管理は競技で使用するバトンやビブスなどの用具を用意する仕事だ。俺らの他に4クラスの奴らが担任するのでそこまで大変ではないだろう。


 問題はもう一方のサポート総務だ。サポート総務は現段階では特に仕事は決まっていない。他の委員のフォローをしたり、何か問題が起きた時に対処する役割らしい。総務と言えば聞こえはいいが、結局のところ何でも屋である。

 もちろん、こんなかったるそうな仕事を俺が選ぶ訳がない。アホの藤井寺でもない。そう、うちの脳筋担任がわざわざ名乗りを上げやがったのだ。何が「うちの生徒は雑用が好きやねん」だ。そんな奴いる訳ないだろ。全くいらない事をしてくれる。

 ……あれ、ていうかよく考えたらこれ俺のせいじゃね?うん、じゃあしゃあないね。


 そんな俺は教室で体操服に着替えていた。更衣室自体はあるのだが、俺の他に誰も居なかったので教室で着替えたのだ。

 これがラブコメアニメならば、「貴様、何をやっている!」と男装執事が隠れてお着替えしていたりもするのだが、残念ながらそんなことは起こりえない。俺に起こるのはラブなロマンスなどではなく、マジな事案である。

 俺は女性に触れただけで鼻血を出す恐怖症体質でもなければ、名前に「チキン」と入っていたりもしない。まあ、突出した妄想力のおかげで鼻血は出そうになるし、魅力的な女性を見ると何故か千鳥足になってしまうことがあるので、あながち間違ってはいないが。


 教室で体操服に着替えた俺は集合場所である第一グラウンドへと向かう。

 普段の騒がしさはすっかり鳴りを潜めた教室達。人気が無くいつもと異なる雰囲気の校舎は中々に新鮮である。それでもあと一時間もすれば、そんな静けさは隅へと追いやられるのだろう。

 本館の校舎から渡り廊下を歩き、第一グラウンドの正面へと向かう。そして、設営前の本部テントまで辿り着く。そこには九十九(つくも)会長を含め、既に多くの体育祭実行委員が集まっていた。


 現在時刻は午前七時五十分。定刻の十分前にも拘らず、八割方は来ているようだ。

 俺は相棒(?)の姿を探す。……まあ来てるわけないよな。恐らく今日も時間通りに来ることはないだろう。これまで三回あった会議も全部遅刻してたしな。これも陽キャに許された特権というヤツだろうか。恐らく五分前・十分前行動という考え自体、アイツの中には存在しないのだろう。遅刻は当たり前だと。そんなどこぞのユーチューバーみたいな心意気で行動しているのだろう。


 まあそんな酷い遅刻癖があっても、アイツのキャラクターを以ってすれば笑って許されるのだ。まったく人生舐めプもいいとこである。これは俺が一度オシオキをした方が良いかもしれないな。そうだな、例えば生足で俺の顔を踏むとかどうだろうか。所謂(いわゆる)、生足ツルピカおねだりというやつだ。……ただのご褒美なんだよなぁ。

 そんな事を思いながら一人暇を持て余していると、集団の中心から凛としたよく通る声が聴こえてきた。


「みんな朝早くからありがとう。まだ若干名来ていない者もいるが、今後のスケジュールの事もあるので早速準備に取り掛かろうと思う」


 体操服を手本のようにきっちり着用し、自慢の黒髪をポニーテールで纏めている九十九会長。腕には生徒会の腕章が付けられている。……今日もお美しいですね。あなたにもおねだりしていいですか?


「まずは本部の設営。続いてグラウンドの整備。最後に業務連絡も兼ねたミーティングを行う。九時頃を目安に作業を完了出来れば理想だ。では各自、作業にあたってくれ」


 そう言った九十九会長の号令とともに、体育祭実行委員の生徒達はテントの設営を始める。

 テントの骨組みを組み立てる者、長テーブルやパイプイスを立てる者、音響機材を準備する者。みな、真面目に働いているようだ。


 俺はというと、すでに組み上がったテントの脚を支えている。所謂、左手は添えるだけというやつである。強度的にも組み立ての段階的にも支える必要は全くない。だが俺は手を離さない。


 ……いやだって、他にやる事無いんだもん。

 せめて仕事してるフリだけでもさせてくれない?


 体育祭の本部は大型のテント三つで構成される。救護用のテント、音響設備のあるテント、そして校長や生徒会長などのお偉方(えらがた)が座るテントだ。それだけのテントがあれば当然労力も掛かるのだが、人手は60余名。人手不足と叫ばれるこの時代において、圧倒的マンパワーを誇っている。


 仕方ない、少し早いがグラウンドの整備に向かうとしよう。俺はそう決めて、先週の会議で決定した北側の整備場所へと向かう。


 整備と言っても、別にトンボを使って地面を整地する訳ではない。トラックに三角コーンやロープを設置したり、小石などの危険物を取り除くのだ。

 俺はせっせこと担当のエリアの整備を行なっていく。普段から運動部が整地していることもあり、小石はそれほど落ちていなかった。三十分程で整備を終えた俺は、元居た本部テントの方へと向かう。


 そんなテントへの戻る道中、地面にキラリと光る物が見えた。俺はその場で屈み、落ちていた物を拾い上げる。……危ねぇな、裸足だったら怪我してんぞ。

 そこに落ちていたのは小さなの金属片だった。

 もしかしたら、何かの部品かもしれない。後で会長に報告しておこう。


××××


「……それでは各自、報告を頼む」


「西側の一年席、問題ありません。白線が薄くなっていたので、足しておきました」


「東側も問題ありませんが、ロープの切れ端のような物が数本落ちていたので回収しておきました」


 九十九会長の指示のもと、グラウンドでの作業を終えた委員達が続々と報告していく。


「北側も大丈夫だったよー」


 そうそう、北側も問題なかったな……


 ……いや、お前いつの間に来たんだよ。

 先程まで姿を見せなかった藤井寺はしれっと俺の隣に居た。


 ロングの金髪は丁寧に編み込まれ、頭頂部で纏められている。目の下にはハートのシールが貼られ、耳にはいつもとは異なる小さめのピアスが光っている。

 半袖の体操服の袖は肩まで捲り、半分程折られたハーフパンツからは健康的な太腿が顔を覗かしている。普段のスカート丈も相当に短いが、今日のパンツ丈も相当に短い。これでもかと披露されている白いおみ足は、彼女のスタイルの良さを表している。


 そして、圧倒的な存在感を感じさせる二つの山峰。ひとたび揺れれば男子生徒を直立不可に陥らせるそいつ。いや、逆に直立させるのだろうか。そこに詰まっているのは単なる脂肪ではない。そこには、人類が二足歩行を始めた遥か昔からの夢や希望が詰まっているのだ。

 そうだ、旅に出よう。そう思わせてくれる存在に俺は感謝すべきなのだろう。

 ……お前は旅に出る前に病院行こうな?


 そんなエチエチギャルの格好をした藤井寺は、さも初めから居たような雰囲気を醸し出していた。……うん、おめえ何もしてねぇよな?


「他に報告事項は無いだろうか。……よし、ではこれにて事前ミーティングを終了する。最後まで怪我なく楽しめる体育祭をみんなでつくっていこう」


 威勢の良い九十九会長の号令が、まだ静けさの残るグラウンドに鳴り響く。


 ……楽しめる体育祭ねぇ。恐らくそんなのはお友達の多い陽キャに用意されたものだ。きっと奴らは青春の汗と涙を流して、人生という名の小説を色濃く染めるのだろう。一方で俺が流すのは精々脂汗と冷や汗程度。ノートの切れ端にも満たない薄い紙面を汚すくらいだ。俺は今年も無難で底辺で陰気な体育祭を過ごすだけ。予定調和のシナリオをなぞるだけの簡単なお仕事だ。俺はそう心に決めて、その場を後にした。

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