26.角刈り教師に呆れた理由④
九十九会長の指示通り、委員会に参加している生徒達が時計回りにスローガンを発表していく。
「チームで繋ぐ勝利のバトン!」
「架けろ!駆けろ!翔けろ!」
「お父さん 話しかけないで 当日は」
短い時間だったのにも拘らず、皆それなりのものを考えているようだ。……というかなんか川柳みたいなの混ざってない?感受性の豊かさに定評のある俺としてはなんか泣けてくる。やっぱり思春期の娘を持つ父というのは大変なんですね……南無〜。
そんな風に淡々と発表されていくスローガンを聴いていると、やがて俺達のクラスの発表となった。
結局俺はこれといったスローガンが浮かばなかった。……よし、発表は藤井寺に任せよう。困った時の人任せは日本人の美徳だからな。
俺は藤井寺に目配せする。俺に手持ちのカードは無いと。眉に力を入れ、キメ顔をする。君に届け!俺の想い!
そんな俺のイケメソスマイルに藤井寺は怪訝な顔をする。
……ちょっとカッコ良すぎたのだろうか?どうやらあまり俺の意思が伝わっていないようだ。仕方ないので追加で手のジェスチャーを送る。……あのーすんませんけど、俺の代わりに発表してくれん?
そんな俺の思惑が通じたのかどうかは分からないが、藤井寺は特に返事をする事なく口を開いた。
「……えーとぉ、ウチゎ、ジューナン?な発想が大事だと思うんだよね。『勝利!』みたいなありきたりなやつじゃくてさ」
「ほう……。ではその柔軟なアイデアとやらを聞かせてもらうか」
発表を迎えた藤井寺に生徒60名強の視線が集まる。そして、満を持して藤井寺が言い放つ。
「みんな主役でみんな最アンド高卍谷伝説!〜ひよってる奴なんかいないっしょの巻〜」
室内に耳鳴りがしそうな程の沈黙が流れる。そして俺の背中には冷や汗が流れる。……あー知らない知らない。俺他人なんで関係無いですよー。だから会長俺の事見ないでー……
どこからツッコめば良いのか分からない程、藤井寺の考えたスローガンは突飛なものだった。多分普段からツッコまれ過ぎてるせいで思考がおかしくなってるんだと思う。これだからビッチは困る。
「……よく分からないのだが、説明してもらっても良いだろうか?」
なんとか再起動に成功した九十九会長が藤井寺に問いかける。ちゃんとリアクションをしてくれるあたり、九十九会長の優しさを感じる。……というか語呂感だけで考えたっぽいので大した意味なんて無いと思いますよ、会長。
「うーん、結構分かりやすくしたつもりだったんだけどなー。まーいいよー説明したげる」
……いやどこがだよ。ほぼ暗号だろあんなもん。大体何が柔軟だよ、思いっきり遭難してんだろ。あと、先輩だから敬語使え敬語。
「……ああ、頼む」
「やっぱりウチ思うんだよねー。体育祭ってさ、結局運動部とか運動ができる人ばかりが目立つでしょー?」
「そうだな。しかし、運動種目をメインにしているからそれは仕方のない事だと思うが?」
俺も九十九会長と同意見だ。適材適所というのがある。勉強ができる奴がテストで点を取り、運動ができる奴が体育祭で無双する。そして、底辺陰キャは居場所を無くす。どこの学校もそんなもんじゃないだろうか。
……うん、間違ってんな。正しくは「居場所を無くす」ではなく、「元から居場所が無い」である。そういう意味ではボッチの陰キャというのは、特定の場所に留まらない流浪の旅人と言える。そう思うとなんかカッコよくない?
「まーそうだね。でもさ、運動苦手な子だって頑張ってない訳じゃないじゃん?」
「どういう意味だ?」
「例えばさ、誰かが走ってる間大きな声で応援してる子だっているじゃん?クラスの子達のためにハチマキ作ってくれる子だっているじゃん?ウチはさ、そういう子達が居るからクラスが団結して頑張れるんだと思うんだよね。そうやって自分なりの精一杯を発揮してるのは偉いなーって思うでしょ?」
「……ふむ」
「ウチはそんな子達にも『大変よくできました』って言ってあげたい。ちゃんと見ていてあげたい。だから、『みんな主役』ってこと!」
いつもの軽快そうな笑顔の藤井寺。しかしどこか、人を思い遣る暖かさが感じられる。
やはり渡の友達をしているだけのことはあるようだ。相手の長所を見つけられる。面と向かって感謝や賛辞を表現できる。こういった一面が人を惹きつける彼女の魅力なのかもしれない。
そして、そんな藤井寺の姿に九十九会長は硬かった表情を綻ばせる。
「ふふ、君は見かけに依らず周りを良く見ているのだな。……おっと失礼、今のは失言だな。しかしそうか、確かに君の言う通りだ。そう思うと君のスローガンも悪くないな」
「だしょ?カイチョーさん、分かってんじゃん」
……いやいや、確かに言ってる事自体はすごくハートフルで良いと思うが、肝心のスローガンが意味不明過ぎやしないか?大体、卍谷ってどこから出て来たんだよ。来世邂逅でもするつもりかよ。……俺も美人の忍者さんにお慕いされたいよぉ。
そんな藤井寺によるスローガン発表の後、参加していた委員全ての発表がなされた。
そして投票の結果、藤井寺の考えたスローガンが最多票を獲得した。……いや、なんでやねん。皆さん悪ノリが過ぎますって。
「では、多数決によりこのスローガンに決定する。続いてだが……」
スローガンが決定した事により、九十九会長が次の議題へと話を進めようとする。
……ああもう、俺知らねー。絶対責任取らないからな。
「カイチョーさん、ちょっといい?」
俺が体育祭当日の保護者方の困惑する様子を想像していると、進行する会長の話を遮るように藤井寺が発言する。
「ん?なんだ?」
「表彰ってさ、何位までされるの?」
唐突にそんな事を質問する藤井寺。
「三位までや」
質問された九十九会長の代わりに体育顧問である峰先生が答える。……表彰?こいつは順位とか気にするタイプなのだろうか。そんな心配しなくてもクラスでは間違いなくお前が一番だぞ?どこがとは言わないが。
「そっか。……あのさ、ちょっち提案なんだけど、特別賞みたいなのをつくるのはどうかな?」
「特別賞?」
ピンと来ていないのか、九十九会長は首を捻る。
俺も他の生徒達も九十九会長と同じような反応をする。……何か考えがあるのだろうか。
「そそ。さっきウチが言ったみたいにさ、影で頑張った人も表彰されて欲しいんだよねー。ほら、よくあるじゃん?『頑張りましたで賞』みたいなやつ!」
「……するとあれか、君は単純な順位による賞だけではなく、その人となりを評価し形にしたいと、そういうことか?」
「それ!それめんす!どーかな?」
……ほう、なるほど。
どうやら藤井寺は規定の枠に囚われないような賞をつくりたいようだ。もしかすると、先程のへんてこりんなスローガンもこのための布石だったのかもしれない。
……まあ、アイデアとしては悪くないんじゃないだろうか。確かに縁の下の力持ちという諺があるように、直接的には分かりづらい部分で貢献している人達というは一定数居る。基本的にそういった人達は、自らの行動をひけらかしたりはしない。多分、『これくらいはやって当然』、『これくらいしか出来ないから』とか考えいるのではないだろうか。
だから、表面上はその人達の功績は分からない。でも、その献身さが物事の成功に寄与しているのは事実だ。だから彼女は考えているのだ。誰もが主役で、スポットライトを浴びる機会は平等だと。普段から目立つ存在、クラスの中心人物である彼女が言うからこそ、より説得力がある。
「……前例が無いということは、不必要だからやってこなかったということに他ならない」
そんな藤井寺の提案に暫し考え込んだ九十九会長であったが、簡潔な結論を出す。
……まあ、会長の言うことももっともだ。やる必要が無いからやらない。それだけの理由。だから、これからも必要無い。そう言ってるのだ。至極合理的と言えよう。
「えー、けちー」
否定的な姿勢の会長に未就学児のような不満声を漏らす藤井寺。
「……しかし、評価に値する人間は正当に評価されるべきだと私も思う。それに、前例が無いのであれば作れば良い。我が校の校風は生徒の自主性を尊重すること。君のその熱意、是非とも形にしたい」
九十九会長は真剣な眼差しで藤井寺を見つめ、その決意を露にする。そこには雄々しく人民を導く、指導者然とした女性の姿があった。
……そうか。
どうやら俺は勘違いをしていたみたいだ。この生徒会長は、ただただ効率を重視し、理詰めで仕事を進めるような人ではないらしい。
物事をその慧眼で公正明大に判断し、取り計らう。そして、様々な価値観を達観して考えられる。
上に立つ人間のお手本のような人ではないだろうか。もしかしたら、彼女に対する生徒達の支持も単純な美しい見た目からの評価ではなく、人柄や優れた見識から来ているのかもしれない。
「ま⁉︎ちゃんもも会長サンガツ!」
肯定的な態度に変わった九十九会長に感謝を述べながら、手を合わせ拝む藤井寺。……いや、だから言葉遣いどうにかしろよ。お前はキャラが定まってないぽっと出のハーフタレントかよ。
「峰先生、いかがでしょうか?」
生徒間で話を進めた手前、念のため峰先生に確認を取る九十九会長。
「めっちゃええやんけ!やってみろ!藤井寺、お前普段はアホな事ばっか言うてるけどちゃんと考えてんねんな。先生見直したぞ」
峰先生もどうやら乗り気のようだ。まあ賞を新たにつくるくらいなら、さして業務が増える訳でもないだろうしな。
「だしょ?ほら、ウチってこう見えてYDKだしぃ?やる時はやる女なんやで!」
似非関西弁でドヤ顔をキメて踏ん反り返る藤井寺。心なしかブラウスさんが苦しそうである。
どうやら藤井寺の思惑通り、特別賞なるものの創設が決定したらしい。……というかYDKってなんだっけ?確か……やればできる子、だったか?
ヤレばデキる子……ヤル時はヤル女……
深い意味は無いんだよな?そうだよな?
俺はそんな事を考えながら、首尾良く進む会議を圧倒的傍観者として見守るのだった。




