23.角刈り教師に呆れた理由①
あのなんだかんだあったグランピングから一月が経った。
グランピングイベント以降、教室にはなんとも生ぬるい空気が漂っていた。青春中毒患者樫井大政の求める「仲間」というやつかは分からないが、少なくとも始業式よりは一歩進んだ関係性になっている気がする。もちろん、俺以外のクラスメイト達に限っての話だが。
……いや、正しくは俺ともう二人だ。
グランピング当日に体調不良を理由に欠席していた奴らがいる。俺が思うに、そいつらはあまりこのクラスに馴染めていないように思える。俺と同じように一人でポツンとしている事が多いからな。ボッチはボッチを見つけることに関しては長けているのだ。……いらない能力過ぎる。
そして恐らくだが、その二人は仮病を使ったんだと思う。証拠は無いが、なんとなくそんな気がする。去年の俺であれば間違いなくそうしていたからな。
しかし、今回は声優志望(?)の少女の成長を見守るため、俺は仕方なく参加した。未来への投資と言ってもいい。そう、これは渡日向という新興株の投機購買なのだ。将来的に、「渡日向17歳、永遠のツルペタ娘です。おい、おい」などの決め台詞も使う程のベテランになるだろう。
……おっと、話が脱線した。
要するに俺からすれば、ボッチの思考など手に取るように分かるのだ。研究を重ねた成果と言えよう。
だから、その二人のボッチがこのクラスに馴染めていない……いや、馴染もうとしていないことがはっきりと分かるのだ。
……まあ、煩わしいのは嫌だよな。
人間、少しでも関わった時点で何かしらの関係が出来上がる。顔見知り、知り合い、同僚、友人、仲間、恋人、変人等々。現代においてはその分類は多角化している。
……なんか変なの混ざってんな。
そんな多岐にわたる関係性の中で学校、ひいてはクラスというのは特殊な環境と言える。
当然だ。思想も志も違う男女がごちゃ混ぜに放り込まれているのだ。三年間という短いのか長いのかよく分からない期間をそんな環境で過ごすのだ。同世代の奴らが何を言ってるのか、何を思っているのか気になるし、気も使う。
些細な事で攻撃の対象となる。なんでもない様な事で排除の的となる。なんなら、何もしなくてもそういったターゲットとなりうる。出る杭は打たれるというやつだ。だから、慎重になるのは当然だ。
近頃は俺らのことを「悟り世代」なんて言い方をするが、果たしてそうだろうか。友人関係が拗れるのが嫌だから友達を作らない。恋愛の過程が煩わしいから恋人を作らない。これらを「悟り」という簡易な言葉で扱って良いのだろうか。
自分の力量を推し量って、身の丈に合った振る舞いをする。それはすごく効率的で合理的な生き方ではないだろうか。
そこまでのことをそのボッチ二人が考えているかは分からない。だが、少なくとも彼らはクラスメイトと必要以上に関わることに価値を見出していないのだ。そういった曖昧な関係性にメリットを感じていないのだ。だから、一定の距離を保ち傍観者に徹する。自分が自分であるために。
俺はその生き方を否定する気は無い。なんなら大賛成側の人間だ。薄ら寒いノリで笑いのカツアゲを受けるのも嫌だし、「イジリ」と称した害悪行為も嫌いだ。あんなもの、早く滅びてしまえば良いと思う。
「……ラッパ」
「ハンドクリーム」
「む……ムササビ!」
「『ひ』でも良いよな?……ひきだし」
「深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ」
「……それは無しだろバカ!せめて人名とか固有名詞とかにしろ!」
「む……じゃあ、渋沢栄一」
「ちくわ」
どうやらこいつらはそんな悪しき関係ではないらしい。仲良し6人組樫井一同はコスパ最強の遊び「しりとり」をしていた。どうやら樫井は尻派らしい。俺とは相反するようだ。やっぱりあいつとは一生分かり合うことは無さそうだ。……しかしえらく平和なことしてんなおまえら。なんか安心するわ。
……というかあなた本当にちくわ好きですね。そんなに好きなら今度俺のちくわも………
……おっと、辞めておこう。昨今はコンプライアンスが厳しいからな。
最近は本当にコンプラコンプラと五月蝿い。企業は法令遵守を徹底するため細かい規則で労働者を縛る。一方、テレビ業界は不適切を理由として独自の倫理観でその表現を束縛する。どうやら日本はいつの間にかドMだらけになったらしい。……やれやれ、俺くらいしかまともな奴は居ないのか。
だが確かにルールは必要だ。秩序を図るためには不可欠と言えよう。最近では一アルバイトにも専用の誓約書を書かせて徹底している処だって少なくない。バカッターなんてされたらとんだ損害だからな。下の毛が生えただけのクソガキにリスクマネジメントなんて理解できない。だから先手を打つ、当然だ。
でもどうか、二次業界にだけは波及しないことを願う。アニメや漫画になんかまで厳しい規制がされたらたまったもんじゃない。あれは日本が世界に誇る文化財産だ。クールジャパンと言うやつだ。だから決して侵されてはいけないし、脅かされてはいけない。純粋な気持ちで娯楽として愉しみたい。
だから、これだけは言っておく……
―Show you guts cool say what 最高だぜっ!―
……全然不純なんだよなぁ。
「……はぁ、補習ダルメシアン」
「ちゃんと勉強しないからでしょ」
「藤井寺、赤点いくつだったっけ?」
「……四つ…」
「……それは、まあ…大変だな」
どうやら俺が日本の主要産業について考えている間に尻の取り合いは終了したらしい。今は先日の中間考査について話しているようだ。
……しかしあいつ、四つも赤点だったのか。てっきり俺と同じ補習科目の数IIだけだと思っていたのだが。金髪ギャルでお馴染みの藤井寺愛李依瑠と俺は水曜にある数学の補習が一緒なのだ。ちなみに俺はその数IIとOCが赤点だ。数学は理解が出来ないし、OCなんかはそもそも課題が出来なかった。
OC―オーラルコミュニケーションというのは生徒同士がペアを組んで行う授業で、スピーキングとリスニングを主軸とした英語科目の一つである。つまりペアの協力が必要不可欠なのだ。
しかし、俺とペアの女子はいつもだんまりを決め込んでいた。無口さんなのかと思っていたが、俺以外とは普通に喋っていた。多分俺に照れていたんだと思う。本当にお淑やかな子だ。胸部も含めて。
そんな訳で俺はOCの「インタビューで相手の長所を引き出す」という課題が出来なかった。そのためテスト科目ではないにも拘らず赤点となった。
しかし、相手方の女子は赤点補習には居なかった。どうやら赤点は免れたようだ。多分嘘の内容を書いて提出したんだと思う。普通に俺もそうすれば良かったと思う。
……しかし俺の長所とはなんだろうか。
顔面の良さ?……いや、今は隠れているから長所と言えないな。うーん……では…女性の魅力に気付くところだろうか。普段から様々な動画で鍛えてるお陰で審美眼には自信がある。
……ほら、俺って大きさでは判断したりしないじゃん?だから小さいなりの魅力とか知ってるし。
ひんぬーこそ至高なのである。
そんなことよりも、だ。
……赤点が四つ?
俺はなんとなく、藤井寺の成績の悪さに引っ掛かる。俺は、あいつが本当は頭が良い方なんじゃないかと思っている。
というのも、数学の補習での藤井寺は、誰よりも早く課題をやり終えて帰って行くのだ。まるで、初めから公式や解き方は知っていたかのように。なのに、テストでは赤点。
……不思議である。偶々テストの日は体調が悪かったのだろうか。それとも本番には弱いタイプなのだろうか。
これまたなんとなくだが、どちらも違う気がする。
……まあ、俺には関係の無い事だ。
俺は他人の成績のよりも自分の成績を心配すべきだ。なんたって去年から数学科目のテストは軒並み赤点だ。授業は真面目に聴いているのに、まるで点数を取れる気がしない。俺のクラスの数学の赤点者は、俺と藤井寺だけなので教える側の問題ということでもない。単純に俺の理解力が足りていないのだ。世の中には「数学は美しい」などと吹聴する変態さんも居るらしいが、俺には全く理解が出来ない。
大体、あんな複雑な公式いつ使うんだよ。百歩譲って、四則演算ならまだ分かる。日常生活をする上で、簡単な暗算くらいは出来た方が良いのは分かる。
だが、三角関数なんかぜってぇ使わねぇだろ。何がサインコサインタンジェントだ。ストレートパイヒナタンオシエージェントの俺が黙ってない。三角形なんざチョコパイとラブコメだけで十分だ。
俺はそんな、普段のバカさ加減に拍車をかけたような事を考えていた。すると、この二ヶ月ですっかり見慣れた風貌の担任教師が教室の扉を開け入って来た。




