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22.茶髪の陽キャを侮っていた理由⑥

 ふぅ……こんなもんでいいか。


 今しがた四つ目のミサンガを作り終えた俺はそう漏らす。


 宝探しを終えた俺達は各テントでミサンガ作りに勤しんでいた。俺はミサンガをあげる友達も彼女も居ないので、自分と家族の分を作ることにした。


 初めは「なんでこんな面倒臭いこと……」なんて思っていたが、いざやってみると案外楽しい。細い糸を紡ぎ合わせて一本にしていく作業は集中力を要する。しかし、他のことを忘れて没頭することができるため、俺に合っているようだ。

 近い内、『未経験歓迎・軽作業』が(うた)い文句のアルバイトをしてみても良いかもしれない。なんか字面(じづら)的に楽そうだし。……罠なんだよなぁ。


 他のクラスメイトがミサンガ作りを続ける中、やる事が無くなった俺はテントを後にした。


 中央広場まで来ると、人っ子ひとり見当たらず、先程の喧騒は嘘かと思うほどに静謐(せいひつ)としていた。

 俺は先程樫井が座っていたベンチへと腰を下ろした。そして、携えてきた文庫本を開く。今日は色々とあったせいで全くページが進んでいない。だからせめて、次の項までは読み進めたい。


 ペラ……ペラ…と順調にページを捲っていく。やはり読書は静かな所でするに限るな……なんてことを思っていた。

 しかし、紙面を捲る指が八回目を数えた時、そいつは突然に現れた。


「探したよ」


 俺の読書タイムを邪魔した樫井は、両手にいくつものミサンガを携えながらこちらに歩み寄ってきた。……おうおう、相変わらずおモテになりますねぇ。女の数は片手じゃ足りないってか?ああ?


「なんか用か?」

 

 俺はそんなタラシ野郎にぶっきらぼうに答える。


「まあ用って程でも無いんだけど……隣いいかな?」


 樫井はそう言うと、俺の返事を待たずして隣に腰掛けてきた。……えぇ…用が無いのに来るとか俺のこと好きなん?


「さっきの答え合わせをしようと思ってね。主催者側としては、どうやって答えに辿り着いたか気になるからね」


 どうやらこいつは先程の宝探しについて話に来たらしい。


「……ああそう」


「君は何故、宝がここにあると分かったのかな?」


 樫井は興味深そうに訊いてくる。


 ……まあいいか、こんな調子じゃどうせ読書もできたもんじゃないしな。

 仕方ない、俺が東の高校生探偵顔負けの推理を披露してやろう。


「……そうだな…


 初め、俺達のグループは海が関係しているのかと考えた。ヒントに『海』と入っていたからな。でもここは山だから、そんなもんは無い。

 そこで、次に太陽に関係するのかと考えた。海を照らす存在は何かと考えたんだ。だから、そこから連想して火元を当たったりした。でも宝は見つからなかった。時間が無かった俺達は一旦探索を中断し、情報収集をすることにした。


 そして、ゲーム終盤になって興味深いSNSの呟きを発見した。海を照らすのは灯台ではないか?との内容だった。盲点だった。確かに間違ってはいない。でもそれでは答えとして不十分だ。

 だから俺は考えた。灯台を照らすものは何かと。太陽?月?いや、違う。灯台は照らすものであって照らされるものではない。じゃあどういう意味かと考えた。その時、お前の言った事を思い出した」


「言った事?」


「……ああ。お前はゲーム説明の最後に言った。『打って一丸となる』これが大切だと。俺は単純に『グループで協力しろ』という意味だと思っていた。もちろんその意味もあったんだと思う。


 ……だが、もう一つ意味があった。


 それは、『俺達のグループのヒントが諺に関係する』ということだ。お前はあの時、僅かに俺を見据えた。試すような視線だ。あれはお前なりのヒントだったんじゃないか?」


 そんな俺の問いかけに樫井は肯定も否定せず、微笑を讃えている。

 俺は続ける。


「『灯台もと暗し』……これが俺達のヒントの意味だ。答えは意外と身近にあるのに気付けないという意味の。

 ……まあ本来のこの諺の意味は、海の灯台ではなく、蝋燭台の灯台から来ているが……これはまぁ、お前なりに掛けたんだろう。


 主催者のすぐ側に、樫井大政という目立つ存在の足元に、まさか宝が置いてあるなんて誰も思わない。……これが答えだ」


「……いやはや……素晴らしいね、やはり俺の目に狂いは無かったようだ。君なら解けると思っていたよ」


 目を輝かせた樫井が感心しながら言う。

 しかし、すぐさま樫井の笑みが不敵なものに変わる。


「……でも、その答えだと100点はあげられないかな?」


「どういうことだ?」


 どこか見落としがあったのだろうか?我ながら完璧な推理だと思うが……


「『灯台もと暗し』、それ自体は合ってるよ。もちろん、その答えを導くプロセスもね。でもね、俺が伝えたかったのはそれだけじゃない。


 海の灯台というものはね、途方もない大海原を航海する船の道標なんだ。きちんと目指すべき場所へ向かうための。もちろん、時には嵐が立ちはだかる事だってある。でも、そんな困難を同じ船の仲間と立ち向かう。そして進むんだ。ただひたすらに目的地へと。


 だから俺はそんな灯台のような、みんなをゴールへと導く存在になりたいんだよ。

 そして、灯台がその役割として輝くのは船の存在があってこそ。……つまり、彼らも俺を照らしてくれる。仲間という存在が俺を形づくるんだよ」


「……そんなの高校生のガキに分かるかよ…」


 俺は呆れたようにそう答える。

 あんなヘンテコりんなヒントから、そんな答えを導き出せる奴が居たら、そいつは既に推理小説家にでもなっているだろう。


「ははっ、確かにね。……だから、いつか大人になった時でもいいんだ。

 人間は成長するにつれて沢山の地図を手に入れる。それが正しい航路を記しているのかは分からない。でも、自信と言う名のコンパスがあれば何処だって行ける。生きてれば、どこかのタイミングでコンパスが手に入る。だから何にだって成れる。


 だから俺は、彼らにとっての灯台にも地図にもコンパスにもなりたいし……」 



 ――仲間になりたいんだよ――



 そう語る樫井の表情はいつもの爽やか青年という感じではなく、どこか憂いに満ち憧憬(しょうけい)の念を抱いたものだった。まるで、掴めそうで掴めない儚げな何かを切望するような。


 果たしてここまで考えて、友達づくりをしている高校生はいるだろうか。

 きっとこいつは常に確信を持って行動しているのだろう。仲間が居れば、なんでもできると。信頼できる仲間が居れば、何があっても大丈夫だと。


「……俺はお前が怖い。本当は高校生の皮を被った哲学者なのかと疑うレベルだ」


「ふふ、俺はそんな立派なものじゃないよ。君と同じ、ただの男子高校生さ」


 こんな奴がただの男子高校生であってたまるか。良い意味でも悪い意味でも、お前と俺は普通の男子高校生じゃねーよ。


「……なあ、お前は……どこまで計算してんだ?どこまで予期して行動してんだ?」


「計算なんてしてないよ。結果なんて後からいくらでもついてくる。俺はただ、俺のしたいことをしているだけさ。……君も同じだろ?」


「いや、同じではないだろ。俺は……したいことができている…なんて思わない……」


「そうか。……でも、選択した結果から生まれた事象には必ず意味がある。たとえ、高槻自身が失敗だと感じていてもね。……ただ…」


 不意に樫井の笑みが消える。


「……君のやり方はいつか必ず報復として返ってくる。きちんと帆を張らなければ、いずれ君の舟は座礁する。そのことは肝に銘じて置くことだね」


 そう俺に釘を刺す樫井は、いつになく真面目くさった顔をしていた。


「さあ、そろそろお(いとま)の時間だ。テントに戻って帰り支度をしよう。謎解きに付き合ってくれてありがとう」


 いつもの笑顔に戻った樫井は立ち上がると、テントエリアの方へと歩いて行った。


 最後の最後で嫌な事を言いやがる。

 報復だ?……うっせぇよ、んなこと分かってんだよ。間違った方法なのは俺だって分かってる。嘘で塗り固められたものにハッピーエンドなんて訪れない。そんな事は分かってる。


 でも、現状を維持するために嘘しかつけなくなった人間だっている。そいつはどうしたらいい。誤った選択だと分かっててもそれしか選択肢を持ち合わせていない奴はどうしたらいい。

 嘘つきは一生嘘つきのまんまだし、悪人は善人になんて成りようがない。『嘘つきは泥棒の始まり』なんてことを言うが、そんなのは甘っちょろい。本当はもっと酷く陰湿で卑劣で傲慢なものだ。

 俺の地図が指し示すのは奈落で、コンパスなんかはとっくに錆び付いていやがる。


 だからな、樫井。

 お前の求める『()()()と仲間になる』という願いは、絶対叶う事はない。お前のクラスには欺瞞を全身に纏った大罪人が居るんだ。そいつを排斥しない限り、訪れることなんてないんだ……そんな結末はな。


 樫井が去って暫くしてから、俺もテントエリアの方へと向かった。


××××


 気付けば学校の最寄り駅に着いていた。想定以上の疲労により、帰りの車中では爆睡していた。


 俺達は降り立った駅のロータリーで解散となった。途中、加賀屋の「お前ら帰るまでが遠足だぞー」という忠告が入ったりもした。


 俺は自宅方向に向かう路線へと歩みを進める。

 しかし、改札に入る寸前でシャツの裾の引っ張りを感じ、歩みを止めた。


 振り返ると、白いワンピース姿の少女が立っていた。

 渡だった。走って来たのか僅かに額が汗ばんでいる。……はて、なんの用だろうか?


「どうした?」


「これ」


 渡は小さな手を差し出してきた。よく見るとミサンガが握られている。三色の糸で紡いだやつだ。

 

「おう、今日作ったやつか。よく出来てるな」


「あげる」


「いいのか?」


「うん……たた、たかつき、のたた、めにつつ、くった、からっ」


 渡は若干耳を赤くしながらそう言うと、強引に俺の右腕を掴んだ。そして、丁寧に織り込まれたミサンガを俺の手首に結んできた。


「……そ、そうか、ありがとな。………じゃあ、俺も…作ったやつやるよ。ちょっと不細工だけど」


 照れ隠しのつもりで俺もお返しとばかりに渡の左手首にミサンガを結んでやる。俺は利き手に結ばれたので渡にも利き手に結ぶ。

 そう、実は渡はサウスポーだったりする。お箸を持つ手やスマホを(いじく)るのが左手だったのだ。


「あっ………ありがと」


 一瞬驚いた反応を見せたが、俺の渡したミサンガを嬉しそうに眺める渡。さっきよりも耳が赤くなってるのは気のせいだろうか。

 というか、適当に手首に巻いたがよかったのだろうか?なんか足首に巻いてる人とかも見たことあるし。着ける部位によって意味があったりするのだろうか?

 ……まあいいか、そんなこと。


「しゃしん」


「写真?……がどうした?」


「い、いっしょに、と、とろ」


 そう言った渡はスマホを鞄から取り出して操作を始めた。

 

 えぇ……写真撮るの?俺と?

 集合写真を除けば、女子と写真なんざ中学振りである。久々過ぎてどんな顔していいか分からん。とりあえずあざと可愛い女子風にアヒル口とかでもしとけばいいのだろうか。……これ、意外に難しいな。

 そんな事を考えていると不意に腕を掴まれた。


 パシャリ


「……うん、い、いいかんじ」


 素早く写真を撮り終えた渡は、撮った写真を満足そうに眺めていた。

 渡が撮った写真はミサンガを着けた俺と渡の手首だった。


 ……あ、顔じゃないんだ。

 なんか思ってたのと違った。俺は即席で準備したアホ面を元に戻す。……まあそうだよな。誰が嬉しくてこんな海藻妖怪みたいなみてくれの男の顔を撮りたがるんだ。

 ……奥さん、お味噌汁の具にいかがですか?


「きょきょう、は、あありがと」


 写真を確認し終えた渡がそんな事を言う。


「……ん?何のことだ?」


「あ、あさわ、わわたしが、ししゃべるとき、たた、すけてく、くれた」


 どうやら今朝のことを言ってるみたいだ。


「……いや、助けてないだろ。普通にディスってただけだぞ……え、もしかしてあなたドMですか?罵られてエクスタシーしてしまうタイプの方ですか?それとも私が開発しちゃいました?」


「しね!……せ、せっかく、お、おれいゆ、ゆおうと、おお、もったのに」


 良かった。彼女はまだノーマルのようだ。

 そして本日二度目の死刑宣告を頂いた。

 今日は美少女に心身共に痛ぶられる日であるようだ。そろそろ俺の方が何かに目覚めそうで怖い。


「そうかい。でも、マジで感謝されることなんかしたつもりはねーよ。礼なら藤井寺達に言っとけ」


 そう、お礼を言われるのは俺なんかより、こいつのこと必死で考えている藤井寺と瀬尾であるはずだ。自分のために泣いてくれる人が居るというのは何にも変え難いものの筈だ。


「う、うん、ああ、りえるとま、まやには、ゆ、ゆった」


「そうか。まあでも、ちゃんとクラスの奴らに伝えられて良かったな。言いたいことは全部言えたんじゃないか?」


「うん、み、みんなや、やさしかった。おお、ともだち、も、た、たたくさんふ、ふえた」


「よかったな」


 その後も渡はいつになく饒舌に、そして、嬉しそうに話をしていた。


 俺はふと思う。

 誰が彼女を変えたのか。

 

 ……考えるまでもない。それは彼女自身だ。

 自分の拙さを(さら)け出して。ただただ純粋な願いを冀求(ききゅう)して。目標に対して実直に取り組んだ結果だ。


 彼女本来のポテンシャルにより為し得たことなのだ。そこにたまたま「底辺陰キャ」というイレギュラー要素が重なったに過ぎない。ただのきっかけでしかない。だから、勘違いなどしてはいけないのだ。


「じゃあこれで終わりだな。一件落着ってやつか」


「え?」


 キョトンと聞き返す渡。


「会話の練習はもう必要無いだろ?」


 当初の目的は、クラスメイト達と会話をする事。渡が自分の言葉で伝え、打ち解ける事。そして、友達になる事だった筈だ。昼休みのあの妙ちきりんな時間は、そのためのものだった筈だ。

 であれば、既に目的は達成されている。今日の彼女を見れば、「たいへんよくできました」とスタンプを押されても良いと思う。

 だというのに……


「……」


 俺のその問いかけに渡は俯く。


「……どうした?大丈夫か?」


 ……何か不満なのだろうか。

 自分で言うのもなんだが、俺と一緒に弁当を囲むなんて、百害あって一利なしだ。だから、俺としては気を遣っているのだが……。

 こんな男と一緒に居るのは渡の株が下がってしまう。清純派声優として活躍して欲しい俺としては、そんなことで渡の評判が下がるのは避けたい。

 だというのに……


「……まだ………もん…」


 蚊の鳴く様な声で渡が言う。


「え?なんだって?」


 俺は樫井の野郎みたいな難聴系主人公を気取るつもりはないが、今のはマジで聞こえなかった。


「まだ、れ、れんしゅう、た、たたりない、もん!」


 握ったらプニプニしてそうな拳をブンブンさせた渡が言う。……なんか幼児退行してないか?それともこれが素なのか?まあどちらにせよ役の幅が広がるな。今度俺のことを「おいたん」と呼ばせてみよう。


「……いや、足りないって……だって今日……」


「ま、まだ、ぜ、ぜんぜんだ、だめだもん!ちや、ちゃんと、し、しゃ、べれるよ、ように、なならにきゃ、いい、いけないもん!だ、だから、ままだ、れ、れんしゅうつ、つづけるの!」


 捲し立てた様子の渡が言う。

 これでほっぺをぷくっと膨らませて眉毛を逆ハの字にすれば完璧なのだが……。相変わらずこいつの表情筋は平常運転らしい。表情の変化無しで感情が手に取る様に分かる俺は相当凄いと思う。


「……あぁそう」


「……うん…」


 普段は見られない渡の剣幕に気圧されて、俺はそう返答する。……まあ別にこいつと飯を共にするのは嫌いじゃないしな。最近ちょっとはアニメの話もできるようになってきたし。


 ただ、別に友達って訳じゃない。

 俺にそんなものできっこない。自分がそんな関係を築ける程器用じゃないことは、昔散々学んだ。

 だからこの関係は……


 ……まあそんな細かいことはいいか。


 どうやら俺のボッチで陰キャな日常は、またも遠のいてしまったらしい。

 去年の俺が知ったら、きっと蔑んでいたに違いない。いや、もしかしたら喜んだかもしれない。あいつ、将来の夢は声優さんと結婚することって言ってたし。


 そんな事を考えながら、俺は渡に見送られ改札を後にした。

 思い返してみれば、今日は嫌なことが沢山あった。八割方、あの茶髪のクソ野郎のせいだ。やっぱり陽キャは嫌いだ。博多っ子風に言うと、いっちょん好かん。

 しかし、何故だか今はそれほど気にならない。足も肩も重くない。……不思議だ。


 太陽が今にもビル群の影へ沈もうとしている。聴き馴染んだメロディと共に、俺の居るホームに電車がやって来る。

 普段と変わらず「閑散」という言葉を知らない電車に揺られながら、俺は帰路につくのだった。

グランピング編、これにて完結です。

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