19.茶髪の陽キャを侮っていた理由③
俺がメンバー入りした二軍女子牛込隊長の率いる探検隊は、中央広場から少し離れた所に来ていた。
隊員は全員で7名。男子4人、女子3人だ。合コンであれば、マッチングしない者が出てくる人数。
……おいおい呼ばれてもないのに調子乗って来ちゃった奴誰だよ(笑)……俺なんだよなぁ〜はぁ。どうやら神様は「需要と供給」という言葉を知らないらしい。
俺達のグループは軽く自己紹介をした後、作戦会議へと移行していた。
……ああ、もちろん俺の自己紹介はしてないぞ?なんせ俺は時の人であるため紹介は不用。飛ぶ鳥を落とすどころか、焼き鳥にしてしまう程の超有名人。そして、誰も彼もが後ろ指をさす底辺人間。いや、先程人間すらも否定された今となっては、歩く産業廃棄物と言ったところか。
そういう訳で俺は自己紹介をさせてもらえてない。
……くそぅ、せっかくカップ数当てとかブラホック外しなどの特技を披露しようと思ったのに。
以前同じことを妹にやって、一週間ガン無視された挙句、福沢おじさんを3人ほどオヤジ狩りされたのはいい思い出である。
そうして、俺達のグループは仲睦まじく自己紹介タイムを終えた後、シンキングタイムへと入っていたのだが……
「うーん、さっぱり分かんないね」
リーダーの牛込が両の手を上げアメリカ人風に言う。
「海が関係あるのかな?」
同じグループの男子が顎に手を当てて疑問を口にする。
もうかれこれ二十分程この調子である。一向に探索の目処がついていない。そのため、まだどこも探しに行っていない。いや、探しに行けないと言うのが正しい。
なんせ先程居たグランピングエリアだけでもドーム型のテントが二十棟近くある。加えて中央広場、そして往復するだけでも三十分は掛かるフォレストエリアだ。
一時間という制限時間がある以上、無闇矢鱈と探すにはあまりにも範囲が広過ぎるのだ。
そして、探索が難航している一番の問題はヒントだ。
樫井から渡されたメモ用紙のヒントにはこう書かれていた。
『海を照らすのは私が。では私を照らすのは、』
はっきり言って「なんのこっちゃ?」である。
何かの小説や詩の引用だろうか?それともなぞなぞだろうか?そういった意見が出たために現代っ子である俺達は、真っ先に文明の利器スマホを用いた。樫井の科したルールでは、スマホで調べる事は禁止されていない。
しかし、いざ調べてみたものの、それっぽい小説や映画などの作品名が出てくるだけで何の参考にもならなかった。
「海を照らすってことは太陽だよね?でも太陽自体は照らされてる訳じゃなくて光ってるから当てはまらないし……」
「じゃあ月は?夜の月は海を照らすでしょ?それで月は太陽に照らされる。こういうことじゃない?」
「ってことはやっぱり太陽が関係あるってことかな?」
「太陽、太陽……たいよう…サン…」
「太陽……太陽の塔……岡本太郎」
グループの奴等が連想ゲームを始める。
……俺も考えた方が良いだろうか?
太陽……サン……サンムーン……リーリエたん。
サン……生きろ、そなたは美しい。
サン……サン?…息子……エクスカリバー。
……ダメだ、碌なことが浮かばねぇ。
「太陽って、日とか陽って言うだろ?てことは火が関係あったりしないか?」
閃いたぞ?とばかりにグループの男子が発言する。
「ひ…火……そうかも……。いや、絶対そうだよ!よし、そうと決まればバーベキューコンロの当たりを探すよ!」
牛込はそう言うと、グランピングエリアへ意気揚々と俺達を先導して行った。
俺達は二十余あるバーベキューコンロを手分けして調べた。メンバーが7人も居るためそれほど時間は掛からなかった。しかし、火起こし用の炭や着火用のライターがあるだけで、宝箱やそれに近しい物は何一つ見つからなかった。
「えーなんでだろ、絶対ここだと思ったのに…」
牛込が肩を落としてそう漏らす。
「ごめん、無駄に時間を使ってしまった…」
火のアイデアを提案した男子が萎縮気味に謝罪する。
まあ正直なところ、先程のうんうん唸っていた作戦会議の方がよっぽど無駄な気がするので、こうして動いているだけでもマシな方だとは思うが……
うーん、しかしさっぱりだな……
ここで「あれれぇ?」と演技じみた口調の小学生探偵でも居ればよかったのだが、生憎その手の知り合いは居ない。というかその前に知り合いが居ない。何故だろうか、なんだか目頭が熱い。
そうこうしている内に、制限時間は残り三十分を切っている。今から場所を検討して探索するとしても精々一、ニ個所が関の山だろう。
うむ……どうしたものか。
……まあ別にこのままタイムオーバーでも俺は問題無いのだが。どうせ見つけても俺の分の宝は無いってオチでしょ?何が嬉しくてこんなどうでもいい奴らのためにそんな慈善事業に参加しないといけないだよ。
すると、そんな俺の心のボヤキを遮るかのように、リーダーの牛込がポツリと呟くのが聴こえた。
「… はぁ。お宝見つけたら渡さんにプレゼントしようと思ったのにな……。渡さんの笑った顔見たかったのにな……」
ほう……
渡の笑った顔か……
それは俺も見たいな。
こいつは今日の渡の話を聞いて、自らの境遇に直向きに取り組む姿勢や、直情的なまでの想いに感化されたのだろう。
そして、そんな彼女に友達の証として、プレゼントを渡したいのだ。あの下手くそな笑顔ではなく、心からの微笑みを見たいのだ。
恐らく今日来ているクラスメイト達で同じようなことを思っている奴は多いのではないだろうか。
『友達』という概念や定義はいつだってひどく不確かであやふやなものだ。
だから、時に間違い、争い、諍う。
でも、そうして解けた糸を紡ぎ合わせるのもまた一興。はじめは細く短く弱い繋がりも、相互の信頼や確かな想い出により、強固なものになっていく。
スタートラインに立つことが許されたあの少女には、そういった関係を大切にして欲しいと思う。
ならば、やる事は単純明快。
ゴールは決まっている。このゲームの目的である宝を見つけることだ。それが彼女のためとなるのならば喜んで協力しようじゃないか。
なにも、彼女の為ってだけじゃない。これは俺が動く理由だって十分にある。
だってそうだろ?様々な演技に対応できる声優になるためには沢山の人間を知る必要があるんじゃないか?
人間の種類なんて千差万別だ。全てを照らす太陽のような人も居れば、生きてるだけで闇を放つ人だって居る。彼女には、演技に幅を持たせるためにより多くの人達と関わって欲しい。
そう、これはあくまで俺のため。俺が冴えない無表情系ヒロインを大人気声優に育てるための作戦の一つに過ぎない。だから、俺を動かす動機付けにはなっている。だから、決して消極的な底辺陰キャを辞めた訳じゃないんだ……。
……はぁ、なんだかなぁだよね……。
腹が決まった俺は、さっそく思考の園へと意識を飛ばす。
一先ず状況を整理しよう。
ゴール、宝を見つけること。宝の数は不明。
ルール、探索範囲は広大なフォレストエリアを含む敷地内全域。制限時間は一時間。他グループとの協力禁止。
ヒント、ヒントの数は五種類でグループにより異なる。俺達のグループのヒントは『海を照らすのは私が。では私を照らすのは、』。
次に考察を行う。
まず宝だが、最低でも五つは用意されていると俺は踏んでいる。
樫井は五つのグループに別れさせた。個人ではなく、あくまでグループで探し出せと。
そして、あいつは『一時間経ったら宝が見つかっても見つからなくてもまたこの場所に戻ってくること』と言った。
つまり、他のグループが宝を見つけてしまっても、その時点で宝探しは終了しないということを意味する。そのため、最低でも各グループに一つは宝が用意されているのではと俺は考えている。
次にルールだが、ここにこのゲームの突破口が隠れていると俺は考えている。
何故、一時間という制限付きなのにも拘らず、捜索範囲が広大なのか。何故、樫井はわざわざ協力禁止と言ったのか。
どこかにこのゲームをクリアする抜け道があるはずだ。
最後にヒントだが……まあこれは今考えたところで直ぐに思いつく訳ではない。後回しにしよう。
俺は、頭の中で今行使できる最善策を叩き出した。




