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15.金髪ギャルに同情した理由④

 渡の発表会は無事成功に終わった。

 かつて、その体質を馬鹿にされ心に傷を負った少女はもう居なかった。そこには笑顔のクラスメイト達に囲まれ、慌てながらもどこか嬉しそうな少女の姿があった。


 あの後、頃合いを見計らった樫井が「じゃあみんな友達になったところだしテントでもっと話そうか」とクラスメイト達をテントに入るよう促した。

 もちろん、「みんな友達」の「みんな」に俺は含まれていないのは言うまでもないことだろう。


 しかし俺とて無理くり忙しいスケジュールを空けて来ている身。支払った分のサービスを享受する権利はあるはずだ。今日はボッチなりに満喫させてもらう。


 俺は五つあるテントの内、一番最奥のものを選んだ。その際、あからさまに肩をぶつけてくる奴や舌打ちしてくる奴もいたが、まあ当然だろう。俺は褒められたことは一切してないのだから。むしろ最低な発言しかしていない。だから別に後悔なんぞしていない。これが俺の本来の在り方だから。

 

 なに、最近が異常だっただけだ。カンストされたコミュ力を武器にせっせこと話しかけてくる茶髪の陽キャ。ソプラノの美声で平然とアニメのセリフを言ってのけるナイチチ美少女。そんな奴等が俺と関わっていたことが間違いなのだ。

 

 そもそも住むべき世界が違う。人間は水中には住めないし、魚は陸では生きていけない。今日はそのことを再認識する良い機会だったと思う。だから別に居ない者扱いは慣れている。

 

 現に同じテント内に居るにも関わらず、他のクラスメイトに俺は見えていないかのようである。


 おっけーオッケー、オールOKだ。


 やはり去年培った人払い能力は伊達じゃないらしい。その内透明化の能力も発現するかもしれない。インビジブルマンというやつか。ふむ、早い内にピッキングも身につけておいた方がいいな……

 お巡りさん、コイツです。


 まあそんなどうでもいいことは置いといて、だ。俺は今日までグランピングなるもののテントを舐めていた。それはもうペロペロと。


 俺は遥か昔にキャンプをした時の記憶から、よくある三角形のテントを想像していた。しかし、実際目の当たりにしたものは、想像と全くと言って良いほど違っていた。


 まず、クソでかい。もはやテントと言うより建築物である。100人乗っても大丈夫そうである。

 そして、なんと言っても形が丸い。半球形のドームになっていて、色こそ茶色だが形はかまくらっぽい。

 また、ウッドデッキの野外廊下は他のドームと屋根伝いになっており、各ドーム傍には水洗トイレとバーベキューコンロが備えつけられている。


 そして、ドーム内も驚きの連続である。

 まず、クソ広い。目測ではあるが15畳くらいはありそうだ。4人はゆったりと座れそうなソファ二つとローテーブルが中央に配置されている。また、宿泊施設も兼ねているらしく、キングサイズのベッドやシャワールームがあったり、簡易のキッチンには冷蔵庫や調理家電が置かれている。そしてなんと、現代人の必須アイテムであるエアコンまで完備されている。なんとも至れり尽くせりである。いやマジすげえわ。


 俺はそんなことを思いながら、端に設置されていた一人掛けのリクライニングソファで一服していた。……うぷっ


 吐きそう……

 流石に調子に乗りすぎたようだ。


 何故そんなことになっているかと言うと、肉を食い過ぎたからである。それはもうたらふくに。


 テントに入って暫くした頃、グランピング場のスタッフが食材を持って来た。かぼちゃ、キャベツ、ピーマン、じゃがいも、椎茸をはじめとした無農薬野菜。近海で取れた海老、帆立などの海産物。

 そしてメインディッシュである肉だ。この肉が問題だった。天下の黒毛和牛だ。なんでも葉山牛(はやまぎゅう)と言うらしい。絶対高いやつやん…

 英単語帳くらいの分厚さの肉には、思わず涎が垂れてしまうほどに綺麗な霜が降っていた。

 

 俺はその高級肉を手にテント外のバーベキューコンロへと向かった。そしてクラスメイトがクソしょうもない会話に勤しんでいる中、ひとり焼肉を敢行した。結果的に言うと全部食ってやった。五切れあったステーキをだ。


 三切れ目まではめちゃくちゃ美味かった。月並みな表現だが、今まで食った肉の中で一番だった。しかし、四切れ目の中盤でしんどくなってきた。肉というのは急に来るらしい。そして五切れ目に関しては、「食べる」というよりも「処理する」と言った方が適切なほど苦痛であった。良い肉というのはその分、脂の含有量も凄まじい。今なら腹の中で唐揚げが揚げれそうである。これが「揚げずにからあげ」というやつか。


 うっぷ……


 とにかく胸焼けがすごい。もう当分肉は食いたくない。でも後悔はしていない。何故ならあいつらの肉のはもう無いからだ。うははは!はは…おぇ…


 そんな下衆な笑いをしていると、淡い紺のカジュアルスーツに身を包んだ恰幅の良い妙齢男性がテント内に入ってきた。このグランピング場のオーナーであり加賀屋のお兄さんだ。


「やあやあ、うちのグランピングリゾートは楽しんでいただけているかな?」


 そのイケイケ若手社長は後ろ手を組みながら、テント中央で団欒しているクラスメイトにそう問いかける。


「めっちゃオシャレで最高です!」

「中はあったかいしソファふかふかで良きです!」


 名前の知らないクラスメイトがそう答える。


「そうかい、それは良かったよ。この後もゆっくりしていってね。……おや?もうお肉食べ切ったんだね。脂が乗っていて美味しかっただろう?」


 キッチンの上で空になっている肉の皿を見て、加賀屋のお兄さんはクラスメイトにそう質問する。もちろん俺はすぐさまふて寝の体勢である。すぴーすぴー……


「……いや、それは……はい美味しかったです……」


 クラスメイトの一人がそう答える。目を閉じているのに鋭い視線を感じる。僕は知りません、無実です、証拠を出してください。うっ……

 危うく()()が出そうになった。


「そうだろそうだろ。酪農家の方と直接契約しているから良い肉が手に入るんだよ。今日はサービスでお肉もおかわりできるようにしているから遠慮せずじゃんじゃん食べてね」


 加賀屋のお兄さんはそう言うと、俺達のいるテントを後にした。いや、おかわりあんのかよ…嫌がらせのつもりで死ぬ気で食ったぞ……

 俺は今にもせせり上がって来そうな消化中の肉と格闘しながら心の中でそう呟いた。


 三十分程だろうか、ソファでうとうとと横になっていた俺はキンキンと聴こえる声に反応し、パチクリばちこーんと目を覚ました。眠い目を擦りながら中央のソファを見やると、先程とは一部メンバーが変わっていた。俺が眠っている間に移動タイムがあったらしい。先程の話の回し役は樫井の左腕である桐谷だった。今はどうやら藤井寺になっているようだ。


「…ほんほん、んじゃみーんな今フリーなんだ!もったいぞぉ〜一度っきりの青春なんやし!」


 どうやら恋人がいるかどうかの話をしていたらしい。どうでもいいけど声でけぇよ……音量調整機能無いんですか?今時百均のラジオにすら付いてんぞ…


「お、俺は別に彼女とか興味ないし……」


 クラスの二軍っぽい男子がそう答える。めちゃくちゃ視線が泳いでいた。恐らく「彼女居ない歴=年齢」のパターンである。まあ彼の言葉を翻訳すると「正直彼女はめちゃくちゃ欲しいけどあんまりがつがつしてダサいと思われたら嫌だしスカしてます……でもそっちから来る分には全然おけです」みたいな感じだろ。……いや、舐めんな。


 彼女というものは作ろうと思わないと絶対にできない……俺は例外として。

 突然天空の古代城から降ってくることも無ければ、クトゥルー神話の神の名前を名乗って這いよってくることも無い。

 あれらは全てフィクションであり妄想の域を出ない。だから、何もしていないのに無条件に女の子から好かれたりすることは無いのである……俺を除いて。


「えーそうなん。ウチは三谷そんなに悪くないと思うけどぉ?無し寄りのあり寄りの無し的な?」


 三谷君とやらに藤井寺はそう答える。いや、それ結局無しってことじゃねぇか……

 まあ藤井寺は見た目こそいかついギャルではあるが顔面偏差値的には相当な部類だしな。恐らく好みの相手のレベルも上がるのだろう。多分好みは中目黒とかにいっぱいいる高そうな黒スウェット着て黒のキャップ被ってレモンサワー好きそうなオラオラ系のお兄さんとかだと思う。


「お、マジ⁉︎俺ありか〜そっか〜」


 どうやら、あり寄りの無し君は重要な部分だけ聞き漏らすタイプの人間だったようだ。……そういうとこだと思うぞ?


「じゃ、じゃあさ!藤井寺達的にはうちのクラスの男子とか誰がイケてると思う⁉︎」


 ローテーブルを挟んだ向かいのソファに(かしま)しく座っている女子連中に三谷の隣に座っている男子がそう質問する。


「うーん、まあ樫井とか桐谷とか塩見とか…まあスポーツやってる男子は大体イイんじゃない?あ、加賀屋はまぢでない」

「だよね!樫井君やっぱりカッコいいよね!…あ、あのアリエルちゃんは樫井君と……その…付き合ってたり…する?」


 藤井寺が運動部所属の男子の名前を挙げる。あと、加賀屋さんは無いそうです。

 そして、藤井寺の隣に座っていた二軍っぽい女子が樫井の名前に反応し、おずおずと質問する。


「ないない〜ただの友達だよ〜。だって全然タイプぢゃないし」


 なんだてっきりカーストトップ同士デキてると思っていたが違ったようだ。


「そ、そっか、良かった。……って別にそんなアレじゃないからね⁉︎」


 おや?こいつもか?


「ほほぉ〜お主〜……そっか〜まあがんばりなよ?あいつめちゃくちゃキョーソー率高いからさ」


 瀬尾と言いこの二軍女子と言い樫井の野郎はやはりモテるらしい。


「だ、だからそんなんじゃないって!っもうアリエルちゃんってば!……ていうかアリエルちゃんのタイプてどんな人?めっちゃ気になるんだけど」


「そ、それ、俺も気になる!」


 二軍女子による藤井寺への質問に先程スカしていた男子の三宅?だっけか?……ともかく、宅なんとか君が同調する。


「タイプか〜…そーだね〜うーん……身長高くてぇ、ある程度筋肉あってぇ、顔がカッコいい人かな!ウチこう見えて結構面食いだから!」


 「こう見えて」というか見たまんまである。やはり俺の予想は間違ってなかったようだ。コイツは間違いなく色黒マッチョ好きのクソビッチだ。絶対毎晩のようにクラブに行ってテイクアウトされまくってるに違いない。


「あはは…結構正直だね……まあでもかっこいい顔の人の方が良いよねー」


「あ、でもほんとに大事なのは優しいかどうかかな!人に優しくできない男は絶対なし!」


 ほんまか?それほんまに言うてんのか?

 俺は女の子の言う「優しい人が好き」を全く信用していない。あの「優しい」の認識を間違ってはいけない。あれは「なんでも奢ってくれて優しい」「なんでも言うことを聞いてくれて優しい」という意味に他ならない。そして必ずと言っていいほど最後に「※」が付くことを忘れてはいけない。


 つまり、イケメソで奴隷のように使い勝手の良いATMをご所望ということである。舐めとんのか。


「あーそれ分かるー、じゃああいつとか絶対ないよねー」


 二軍女子は半笑いでそう言うと、座ると寝るの中間のような体勢の俺を指差した。あ、ちゃんと私のこと見えてたんですね。


「あーねー、なんだっけ高杉だっけ?さっきやばかったもんねー」


 藤井寺は先程のことを思い出したのか若干顳顬(こめかみ)をピキピキさせていた。つまりおこである。そして惜しいが名前を間違えていた。まあこの際俺の名前なんてどうでもいい。高杉でも杉山でも影山でもヒロノブでも何でもいいんだ。そんなことより頼むからそのガチヤンキーの睨み方やめてくれません?普通に漏らしそうなんだが。怖ぇ……


 ダメだ、このままだと怒りの愛李依瑠神拳を喰らわされるハメになる……

 そう思った俺は、秘孔をつかれ「ひでぶ!」となる前に逃げるようにテントを後にした。

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