14.金髪ギャルに同情した理由③
首元まで伸ばされ毛先だけ青く染色された黒髪に右耳のピアス。くりっとした瞳に小さな体躯は庇護欲をそそられる魅力がある。
突如、中央テントに登壇した無口少女渡日向は、いつになく真剣な情調があり一瞬にしてこの場の空気を支配した。
クラスの面々は一様にしてその動向に注目する。無論、樫井の話を無下に聞き流していた俺もだ。
ずっとタイミングを伺っていたのだろうか。……まあ確かに、テントにバラける前に話をしておいた方が良いしな。
そんなことを思いながら俺は白のワンピースに身を包んだ少女に目を向ける。
「……」
しかし、渡は小さな拳をきゅっと握りしめ黙り込んだままである。肩から伝わる僅かな戦慄きは彼女の心情を表すかのようだ。
大丈夫か、あいつ……
「……き、ききょ…」
意を決したのか、渡が口を開く。しかし緊張からか言葉が続かない。薄く紅が引かれた唇も心なしか震えている。
「……きき、き、きょ…」
言い直そうとしたのか着ているワンピースの裾を親指と人差し指で強く摘み、言葉を紡ごうと試みる。だがやはり、その先に辿り着かない。
クラスの奴等は突然の状況に戸惑っているのか口を噤み、静観している。
まずいな……
完全に萎縮してしまっている。一度失敗のビジョンを想像してしまうと良くない方へと思考が移ってしまうものだ。
そう言えば藤井寺達には相談していると言っていた。そのことを思い出し藤井寺の姿を探すと、渡より少し離れた位置で瀬尾と共にその動向を見守っていた。その表情は真剣そのもので親友の発表が成功するように祈ってるかのようだ。
もしかしたら事前の打ち合わせで手助けはしないと取り決めたのかもしれない。確かに自信を持つために自力で取り組むことは大切だ。成功は自信を生み、自信は活力を生む。
しかし、失敗する可能性だってある。「失敗は成功の母」なんてことを言い出す輩もいるが、誰しもがそうではない。あんなものは成功者と勝者の詭弁でしかない。彼女はかつて同級生から洗礼を受け、それを失敗と捉え今日まで臆するようになってしまった。
今日上手くいかなかったらどうなる。もっと喋れなくなってしまうんじゃないか。彼女はそんな事を考えているのではないだろうか。人間は嫌なことほどよく覚えているものだ。今日の失敗をずっと引きずり塞ぎ込んでしまうかもしれない。
渡は言っていた、『もっとみんなと喋りたい』と。その目的のためだけにこんな気持ちの悪い俺に頭を下げてきたのだ。笑われるかもしれないのに自分のコンプレックスを涙ながらに打ち明けだのだ。
昼休みに会話の練習をする渡はいつだって真剣だった。同じ言葉を何回言ったって必死に伝えようと努力していた。何度も何度も練習した。時間の許す限り、もう一回もう一回と。
渡自身、助けは求めていないのかもしれない。あくまで自らの力で、自らの言葉で伝えたいと。だから藤井寺達だって口を挟まずに見守っているのだろう。
俺だって彼女の気持ちを尊重したい。そして彼女の努力は報われてほしい。ならばどうすればいい。
助けを求めていない人間に助力するのは三下のすることだ。考えろ。
俺は誰だ?
俺に出来ること、俺にしか出来ないことは何だ?そう自分に問いかける。
考えたら簡単なことじゃないか。
俺は俺の役割を全うするだけでいい。アイツは手助けなんざ求めていない。だから俺は俺の目的のために行動するだけだ。そこに利害関係なんて存在しない。だって俺は孤独で最底辺の人間なのだから。
いつだって皆から嫌われ、煙たがられ、軽蔑される存在だ。仲良しこよしの信頼関係なんて柄じゃない。それはかつて否定し忌み嫌ったものだ。だから今がある。だから今の俺がいる。あの日からそう決めたのだから。
もう一度問う、俺は誰だ?
それまで陰で気配を消していた俺は注目を集めるため大きくため息を吐き、出来るだけ顔に卑屈さを意識して言葉を放った。
「はぁ〜、あのさ〜それいつ終わんの?正直バスで疲れたからさっさと座りたいんだが?それとも何?そのペチャパイ女のボイパの時間か?悪いけど俺、その分野はブンブンハローユーチューブさんしか認めて無いんだわ。それともあれか?そのまな板でピザ生地でも叩いてくれんのか?どうせ小麦粉叩くんだったらナンにしてくんね?俺今超絶ナマステの口だから。な?」
瞬間、世界が静止した。
どうやら俺はスタンドが使えたらしい。
当然だろう、キモいやつがキモいこと言い出したのだから。
俺はフリーズしたクラスの連中に目を向ける。
女子連中は言わずもがな「お前なんで生きてんの?」的な顔。男子連中は「うはぁ〜こいつやべぇ奴じゃん……」という引き気味の顔。樫井に至っては「あはは……流石にそれは死なないとまずいね…」という呆れ顔。そして藤井寺は「おめぇチョーシだわ、後でシメっから」というスケバンヤンキー風の怒気を孕ませた笑顔。
そして、瀬尾は真顔である。
目が据わっている。所謂レ○プ目というやつだ。
うん、これはほんとに殺されるわ。助けて承太郎……
そんな俺の悲痛の叫びが届いたのか分からないが、渡が肩をプルプルと震わせながら口を開いた。
「……し、しね!」
恐らく彼女と会話した中で聴く一番大きな声だった。だが、相変わらずの無表情なのでひどく不気味である。俺は「表情筋動かす練習もした方が良かったなぁ……」などと考えていた。
しかし、クラスメイト達はそんな事よりも渡の声に驚いたようだった。
「俺、渡さんの声初めて聞いたかも……」
「……え、渡さんってあんな声だったんだ……カッコいい…」
「あんな可愛いのにあんなカッコいい声してるとか反則でしょ……好き…」
「俺もあの声で罵られてぇ……」
そういったクラスメイトの賞賛の言葉に、渡は無表情のまま頬と耳が林檎のように赤くなっていた。
それは彼女の複雑に絡んだ心の糸を解くかのようだった。
そして、この流れを吉と見たのか、藤井寺が嬉々として声を上げる。
「だしょ⁉︎ひなってば、ちょ〜かわいーのにちょ〜イケボなんだよ?そのギャップヤバ谷園すぎてウチいつも萌え死ぬんだから!ねっ茉耶⁉︎」
藤井寺の唐突な振りに瀬尾も慌てて賛同する。
「そ、そうだね!いやーほんと日向は可愛いよね!みんなにもっと日向の良さ知ってほしいくらい!ねっアリエル⁉︎」
瀬尾のナイスパスを受け取った藤井寺は本日のヒロインである渡へと絶妙にボールを回す。
「それな!ってことでひな!みんなに話したいことあんでしょ?そのイケボでぇ〜ゆっチャイナ〜」
二人の親友に背中を押された渡は意を決したように口を開いた。
「……ふ、ふふたり、ともあ、あありがとう……」
藤井寺と瀬尾に感謝を述べた渡は、一度呼吸を整え、ゆっくりと、しかし確実に言葉を紡いでいった。
「……き、ききょうは、みみ、んなには、ははなしたいことが、ああるの……
わわ、わたしはは、むむかしか、らしゃ、しゃべるのが、にに、にがてで、そそのせ、せせいで、いいじ、められるこ、ことがあ、あってず、ずずっと、だ、だまって、たの……
だ、だだけど、こ、このままじゃ、だ、だめだと、おお、おもって、だ、だからず、ずずっと、れ、れんしゅうし、ししてきたの……
あ、ああのね、ほ、ほほんとは、み、みんな、と、お、お、おはなし、し、したい……
い、いいっぱい、おお、おはなししして、な、ななかよく、な、なりたい……
だ、だから……
こ、ここんな、わわ、わたしでよ、よければ……
お、おおともだち、にな、なって、く、ください!」
それはどこか面映く感じるほどの独白であったが、誰ひとりとして彼女を笑う者はいなかった。
それどころか、彼女を賞賛する声すら聴こえてきた。
「無口な渡さんも良いけど、よく喋る渡さんも……うん、良い…」
「やっぱり声カッコよすぎるよぉ〜」
「苦手なのにちゃんと打ち明けてくれてありがとう!」
「なるなる〜友達になるよ!ずっ友だよ!」
「むしろこちらからお友達になってください!」
「あ、あれだったら、と、友達通り越して彼氏になってやっても、イイぜ?」
どうやら彼女の願いは届いたらしい。そしてその光景を見てい親友二人はすぐさま彼女の元へと駆け寄り熱い抱擁を交わした。
「ひな、やったじゃん!ちゃんと言えたね!もうウチ、嬉しすぎて、ウチぃ……ひっぐ…ぅ、うぇーん」
「頑張ったね日向!てかアリエル泣かないでよ…私までぇ……うっ、うぇーん…」
少女達の感動友情シーンを目の当たりにしたクラスメイト達は微笑んだり、釣られて目頭を押さえる者までいた。
さしもの俺もちょっとウルっときてしまった。アイツらの「熱い友情」にじゃない、アイツの「頑張り」にだ。某おつかい番組で鍛えていなければ今頃足元に水溜りを作っていたところだ。……いやそれ漏らしてんじゃねぇか…
まあ結局のところ、アイツにはキッカケが必要だっただけだ。恐らく俺とあんな意味不明な会話練習などしなくとも双方の歩み寄りによって簡単に成し得たことだろう。結局タイミングだったんだと思う。だってあんな必死な表情を見たら誰だって味方になるに決まってる。俺だってその被害者の一人だからな。
まあともかく……良かったな、渡。
柄にもなく、そんなことを心の中で呟いた。
暫く藤井寺達と抱き合っていた渡は、目尻に浮かべた涙もそのままにもう一度みんなの前に出ると…
「……みみんな、あ、ありがと」
そう言って小さく細い指を自分の口元に持っていき無理矢理口角を上げた。
そう、彼女は笑ったのだ。
それはひどくぎこちない笑みだった。
目なんかちっとも笑っていない。
頬を持ち上げている指だってプルプルしている。
でも…それでも……
今の彼女が出来うる最高の笑顔だったのだろう。
人類にとっては小さな一歩かもしれない。
しかし、彼女にとってそれは、大きな一歩だったに違いない。




