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裸足の大賢者~廃嫡された貴族は無限にある土から魔力を精製し大魔法を連発します

作者: 四刃理 斗夢楼

1話廃嫡された貴族の息子

「貴様は本日限りでこの家を出ていけ」


突然実の父親に言われた。


「えっ……な、なんで?」


「ふんっ!分かっているだろう?それはお前がゴミクズだからだ」


そうあれは先日の事。魔法士の先生が来て魔力測定をされたのだがその結果僕には魔力が全くない事が分かったのだ。


しかも生活に必須な魔法すら発動することも出来ないほどの魔力量だったようで、農業を営む農民や体を使って力無い人々を守る兵士や騎士すら不可能。彼らとて身体を強化する魔法を使っているのだと言う。


最早足でまといやタダ飯喰らいと罵られても仕方の無いレベルらしかった。だから僕がゴミクズと言われるのは仕方ないとしても直ぐに出ていけってあんまりじゃ……


「お父様……僕はまだ6歳です。今家を追い出されたら生きていくことは出来ません。どうか考え直しては頂けませんか?」


僕は普段習っている礼儀や節度の教師アマンダさんの言葉を思い出しながら一所懸命に懇願した。それはたどたどしい口調だったが6歳児にしては立派に話せていた。


だがそれが逆に父ニクートの逆鱗に触れる。


「貴様のそういうところが嫌いなのだ。さっさと荷物を纏めて出ていけ!」


父はそう言い放つと勢いよく扉を閉めて部屋から出ていった。


なんでこんな目に会わなくちゃならないんだ……。僕が何をしたって言うんだ……。そう悲観的になったが出ていかないといけないのは確実。溢れる涙を拭って家を出る支度を始めた。


えっと……まずはお金だな。小遣いを少しづつ貯めていたものがある。金貨にして4枚。価値はイマイチ分からない。だが絶対必要なものだ。


それから武器かな。身を守る護身術は3歳の頃から習っている。そのおかげで僕専用の短剣が自室に置いてあった。よしよし。これで少しは身を守れるか。


あとは……下着に……服に……えっとえっと……


今日中に出ていくには準備に時間が足らない。貴族の身の回りの世話は基本執事やメイドがやってくれる。アケナスにとって置いてある場所が分からない物も多々あるのだ。だが文句ばかりも言ってられない。僕は普段執事やメイドがやっている事を思い出しながら旅立ちに必要なものを掻き集めた。


そして自室の扉を開けて外に出ると扉の脇に小さな布袋が置いてあった。これはマジックポーチと言って中に大量の荷物を入れておける袋だ。どうやらメイドか執事の誰かが用意してくれたものだろう。表立って僕に味方できる訳じゃないからこっそりと旅に役立つものを用意してくれたとかそんな感じなのかな?アケナスは嬉しくて口角を上げ表情を和らげた。


少なからず僕のことを気にかけてくれている人がいる。それだけで少し勇気が貰えた気がした。


コンコンコン


僕は父の書斎をノックした。この時間父は書斎に籠り仕事をしている。


「誰だ」


「アケナスです。準備が整いました」


「そうか……ならばさっさと出て行くがよい」


父は突き放すような言いぶりだったが僕にはどことなく寂しそうに聞こえた。


「わかりました。今までお世話になりました。では。失礼します……」


ボクはそう言うと家の玄関へと向かった。普段からよく通っていたこの廊下も今だけはやたらと長く何故か懐かしく感じた。通り過ぎる部屋の中からすすり泣く声が聞こえたが多分母だろう。この世界は男尊女卑。男である父に逆らうことの出来ない母では僕を庇うことは無理だ。そんな事は分かっている。


「ごめんね。母さん。お元気で」


僕は扉の向こうに聞こえるギリギリ位の声でそう言った。すると中からの啜り泣く声が大きくなった。僕は親不孝者だな。


そして玄関へ向かうとこの屋敷のメイドと執事が勢揃いし僕を出迎えた。


「アケナス様……」


1人のメイドが涙を流しながら僕を見ている。僕専属を担当していたメイドのメリンダだ。メリンダはいつも通り蒼髪をひとつに束ねていた。だが少し乱れがある様だ。珍しいこともあるもんだな。僕はメリンダに近づくと乱れた髪を直そうと彼女の髪に触れた。


「……あっ」


メリンダは一言声を漏らすと1層に泣き始めてしまった。これって僕のせい?いやいや。違うよね?


「メリンダ。元気でな。これからは僕の代わりに我がフォークス家に忠誠を誓うんだぞ?良いか?」



メリンダはふるふると頭を振っていたがこんな所を屋敷の人間に見られたら懲罰の対象となる。仲間に裏切られる事は無いだろうがこのままではまずい。


「では……こうしよう。僕の家族……特に僕の可愛い妹のケイムと弟のモハマトの面倒をみてやってくれ。頼んだぞ?」


僕がそう言うとメリンダは渋々といった感じで頷いた。


「じゃあ行くね?。今までありがとう。みんなも体には気をつけて」


僕は普段通りの言葉遣いに戻しメイドたちに別れを告げると玄関の扉を勢いよく開いた。


外からは眩い日差しが降り注ぎ、雲ひとつない晴天の空が僕の門出を祝っているように感じた。


そして僕は屋敷が見えなくなる所まで振り返ること無くただひたすらに真っ直ぐと歩き出した。


一方アケナスの姿が見えなくなったフォークス家では──


「私が……私がいけなかったのよ……うぅ……うぅ……ごめんなさい……アケナス……」


「メリル。もう済んだことだ。悔やんでも仕方が無い。今はアケナスの無事を祈ろうではないか」


ニクートはそう言うと天を仰ぎ煙草をくゆらせた。


☆☆☆


2話ゴロツキに絡まれる

アケナスは父ニクートが治める街タンガロの中心地に居た。その場所はタンガロのシンボルとも言える噴水が身の丈以上も上がるこの街の景観を飾ると同時に豊かさの象徴とも言える場所でもあった。


そんな噴水の周りに置かれている木製のベンチに1人佇むアケナス。何をする訳でもなく太ももに肘をつきただボーッと街ゆく人々を眺めていた。


あーあ。これからどうしたらいいんだ?まずは泊まるところを確保?でもこのまま街にずっと滞在する訳にもいかないだろうし……


いくら考えても考えがまとまらずアケナスは頭をブンブンと横に振ると頬を軽く二回パンパンと叩き気合いを入れた。そしておもむろに立ち上がると街の人々があまり行かない場所、言わば人通りの少ない場所へと歩き出した。


んーまずは人目に着くのはまずいよなぁ。誰か知り合いに会うのはかなりまずい。あとはそーだな……隣町への移動手段なんかも確認しておく必要があるか。


このままこの街を拠点に生活する事は難しいと考えたがすぐすぐ移動できるほど知識もアクティブさも無い。まずは人目につかない場所へと移動し、拠点を確保。その後移動手段を考える事に落ち着いた。


そして今日あったことを考えながら歩く。父からゴミクズ扱いされた事。家から追い出された事。


僕が何をしたって言うんだ。ただ魔力が少ないだけじゃないか。そんなのそこら辺に沢山いるはずなのに……


そんな事を考えながら周囲を見渡してみた。するとどうだろう。今まで気にも止めなかった事柄が見えてきた。街ゆく人々は僕よりも歩くのが異常に早かったり大きな荷物を軽々持っていたりした。そして極めつけは僕よりも小さな子供たちが遊んでいる風景だった。水を出してみたり火を使って遊んでいる。氷や石を発現させたりもしていた。


そうか──魔法ってこんなに身近だったんだ。僕の家のメイドや執事達の魔法を使っている風景を見たことないアケナスはその事実に驚愕した。それは父や母がアケナスの前では魔法を極力使わないで欲しいと屋敷にお触れを出したからであり、それを感じたアケナスは悲しくなった。


なんだよ……無能だからってみんなして……もっと早くに教えてくれても良かったじゃないか!


魔力は幼い頃から練習することで高めることができると言われている。それが嘘か本当かは分からないが魔力量を貯める体内の器官があるのならば可能性は高いだろう。そして6歳となったアケナスは魔力を高めることが難しくなることが容易に想像出来た。


そっか……無能だから捨てたって事か。ようやく腑に落ちたよ。


無能だった事実に気付き落ち込むアケナス。そして目線を下に落としたその時だった。


突然背後から何かを突きつけられ口を塞がれた。な、なんだ?一体誰だよ!?


「へっへっへっ。久々の獲物だなアニキ♪︎」


「静かにしろ!この馬鹿が!」


「す、すいやせん……」


やたらと馬鹿そうな2人のやり取りが聞こえた。


「大人しくついてこい。さもなきゃこのまま死んでもらう。いいか?わかったか?」


僕はゆっくりと頭を縦に振った。これは誘拐や強盗の類いか人攫いって奴だろう……ついてないな……


そして僕はどんどんと薄暗い道を進みやがて真っ暗な路地裏へと連れていかれた。そこは全くの無音で人通りなど皆無であり、ヤバそうな雰囲気ムンムンの場所だった。


「よし着いたな。ここなら邪魔されねぇ」


「やりやしたねアニキ♪︎」


「まぁな。当然だけどな。たかだかガキ1匹余裕だろ」


「流石兄貴です!」


2人は僕の後ろで会話をしながら僕の両手を後ろに回し紐か何かで縛った。暴れて逃げる事も考えたが普段から屋敷からも出たことも無い箱入りで極度の運動不足なのだ。大人二人から逃げる事など不可能だ。


そして2人が僕の前に立った。


「おぅ坊主。おめぇいいとこの坊ちゃんだろう?なら俺らの目的くれぇ分かるよな?」


「早く金よこせ!クソガキ!」


アニキと呼ばれている強面の坊主頭がいかにも単細胞っぽい赤トサカ頭の細身男の頭部をバシンと強く叩いた。


「いってぇ……アニキ何すんだよぉ……」


「おめぇは馬鹿か!コイツが持ってる金なんて高々知れてるだろうがよ!こいつは餌だ。身代金を要求するんだよ!」


「………!?あ!そっか!流石アニキっす!」


アニキと呼ばれている男性は頭が痛いと眉間を摘み頭を振った。


「まぁ分かったんならいい。おいお前家はどこだ」


「フォークス」


「ふぉ…フォークス!?ああ?りょ、領主様じゃねぇか!……こりゃ大物過ぎだな……俺らの手には余る…か……どうする……あー金目のものだけ盗ってこのままぶっ殺すか?」


アニキと呼ばれている男性が殺人を仄めかすとアケナスの表情が強ばった。しかし伝えなくてはならない事があった。それはこの事態が好転する可能性すらある。まぁ悪化する可能性もあるが。


「僕……今日捨てられたんだ。だからフォークス家とは縁は無くなったんだよ……」


それを聞いたアニキと呼ばれている男性はニヤリと口角を上げた。


「なんだよ!それを早く言えっての!」


そう言うとアニキと呼ばれている男性は僕に更に近づいてきた。そして手が触れられる距離まで近づいたところで急に僕の意識が飛びかけた。どうやら腹部を強打されたようだ。失いつつある意識の中で猛烈な腹痛と吐き気が湧き上がった。


「おえぇぇぇ……ゴホッゴホッ……はぁはぁ……」


そのまま僕の意識は途絶えたのだった──


☆☆☆


「ゴホッゴホッ……」


僕は寒さで目を覚ましたようだった。周囲は真っ暗だった。


あ。そっか。変な男2人組に襲われて路地裏に連れていかれてお腹殴られて……。あれ?お腹……痛くないぞ?なんで?


そして僕は自分の置かれている状況に気付いた。


あれ?服を着てない……盗られたのか……金目のものがあまり無いと知って……ん?マジックポーチが落ちてる……あはははは。あいつら本当に馬鹿だな。1番高価な物だけ盗っていかないなんて。


僕が持っていた物の中で1番価値の高い物が投げ捨てられていたのだ。それはあの二人にとって【使えなかった】からだろう。


マジックポーチには契約という使用者を特定する魔法がかかっている。このマジックポーチには僕が契約してある。だから第三者である彼らは開けることが…使うことが出来なかった。だが契約を解く技術や知識があるならマジックポーチを開くことが出来なくても持って逃げた事だろう。アイツらにその知識が無かった事が僕はとっては幸運だった。


「それにしても……お腹痛くないな?」


僕は露となっている腹部に手を当てたが痣もなければ痛みもない事に困惑した。このぽよぽよの体のどこにそんな耐久力があったのか謎だったのだ。


だがいくら考えても痛みが消えた答えは見つかりそうもなかった。そこでとりあえずマジックポーチの中に入っていた質素な外套を羽織ると路地裏を後にした。


☆☆☆


3話 マジックポーチ

アケナスの外套の中はパンツだけの状態。日本警察が見たら即逮捕となりえる危険な状況だった。しかし当然の事ながら6歳と言うその外見故に誰からも不審がられることは無かった。そして当の本人アケナスもまた意外と堂々と歩いていた。まぁそれはここが人通りがない裏路地だからでもあるが。


「とりあえずこのままここにいたらまたアイツらに出会ってしまうかもしれないからね」


独りごちりながら歩いていると少し開けた場所へでた。そこはスラム街。貧しく身寄りのない人々が暮らす無法地帯。地面は土でそこら中に動物の糞尿が転がっているかのような悪臭が漂っている。これはアケナスの偏見かもしれないが空気が澱んで見える程だった。


「うわっ……ここは更に酷い……」


そのまま歩いていくと道の端々に浮浪者と思しき人が地べたに座り込み項垂れている。体もガリガリにやせ細り生きている事が不思議なくらいだった。そしてその中には小さな体の子供達もチラホラと見受けられた。


「スラムってこんなに酷い場所なのか……」


老人や子供が食うに困って道端に座っている。そんな光景をアケナスは見た事が無かった。綺麗な街の綺麗な場所しか訪れたことの無いアケナスにとって目の前の現状は地獄絵図の様にすら感じていた。


「ねぇ……おにいちゃん……何か恵んでよ……」


1人の子供が僕に声をかけてきた。格好はみすぼらしく性別すらパッと見分からない。


「こんにちは。何かあげれるものがあったらいいのだけど……」


アケナスはそう言うとマジックポーチの中をゴソゴソと漁った。するとその光景を見ていた老人達がおもむろに立ち上がりアケナスの周りを囲んだ。


「ひぃ……」


アケナスは突然の事に恐ろしくなって悲鳴をあげた。しかし老人達は何もすること無く僕に語りかけてきた。


「坊ちゃん。それは……マジックポーチじゃな?そんな物こんな所で使っちゃあすぐに狙われて盗られちまうぞぃ?最悪は殺される。悪い事は言わない。さっさと捨ててしまうんじゃな」


薄らハゲの老人はそう言うとマジックポーチに手をかけた。はバチッと静電気が弾けた音が聞こえた。どうやらマジックポーチの契約者では無いものが触ると弾かれる仕組みとなっている様だった。


「こりゃあ……契約の魔法がかかっている様じゃな?それならば……」


すると老人はどこからか針のような物を取り出しマジックポーチを抑えていた僕の右手をプスリと刺した。


「いてっ…何するんだよ!」


アケナスがそう怒鳴ると老人はニヤリと笑った。そして血液の付着した針をマジックポーチに当てると【アゼクト】と一言言った。するとマジックポーチが一瞬赤く光った。


「これで契約は解除されたはずじゃ。契約したままだとまともに捨てることも出来んからのぅ。まぁあとは坊ちゃん次第じゃが……」


そう言うと周囲の傍観していた老人達は手に持った汚いボロ切れでガシガシとマジックポーチを乱暴に扱う。


「まぁ一旦これでええじゃろう。こんな家の紋章なんかあっちゃあからさまに金持ちですと知らしめているような物じゃからのぉ」


そうか。そういうことか。さっき暴漢?強盗?が僕に襲いかかってきたのはこの紋章を見て狙われたって事?


世間知らずのアケナスは自分の持ち物全てに家の紋章が使われていること、そしてどんな効果が有り得るのかも知らずに過ごしてきた。しかしフォークス家の紋章はタンガロの住民にとって知らぬ人はいない程有名であり、あのゴロツキ2人組が特別無知だったがそれでも見た事のある名家の家紋という所までは知っていた。


そんなマジックポーチの紋章だが老人達の配慮?で薄汚れ最早見る影も無くなった。大いなる鷹が羽を広げ大地の獲物の上に得意気に立っているこの紋章は数代前の祖先が戦争で功績を称えられ男爵の称号を貰った時に同時に発行された物である。フォークス家はそもそも没落した貴族家だった為、過去には違う家紋があったようだ。しかし国王から直々に戦功を認められた事でお家再興。それを良い機会と捉え過去の家紋を捨て新しい家紋となったのだった。


「あ、ありがとうございます?あ、あの……これ感謝の印に皆さんで……」


そう言ってマジックポーチから取り出したのはアケナスの小さな手に収まりきれない程の銀貨だった。数にして8枚。手にした銀貨はやはり収まりきらず2枚小さな手からこぼれ落ちた。落ちた2枚の銀貨は子供が拾いすぐさま姿をくらました。


「ありがとうよ坊主。だけどな……スラムでは簡単に金は見せるんじゃねぇぞ?命がいくらあったって足りなくなる」


そう言うと先程とは違う老人の1人が1枚の銀貨を手にする。銀貨は彼の手に渡ったと同時にすうっと体のどこかへと消えていった。それはまるでマジックの様だった。


それから集まっていた老人達は僕の手から1枚づつ銀貨を受け取り、先程の老人と同じようにすぐにどこかへと隠していた。アケナスはこれはきっとスラム街で生きるスキルのようなものなのだろうなと感じた。


全員が銀貨を受け取り何事も無かったかのように散らばると、最後に薄らハゲの老人が振り向きざまにヒラヒラと手を振った。すると僕の手の中には1枚の羊皮紙が現れた。


それはまるで魔法のようだった。


僕は手の中にある羊皮紙を開いた。すると羊皮紙には小さな文字で【ティムト】と書いてあった。そしてその文字を目で追い読んだ瞬間にアケナスは羊皮紙の中に吸い込まれるようにして姿を消した。


「いててて……ここはどこ?」


アケナスは気がつくと埃っぽい木製の建物の中に居た。建物はボロボロであばら家と呼ばれてもおかしくは無い。周囲の状況を確認しているとどこからともなく声が聞こえてきた。


「誰だい?騒々しい……」


優しそうな老婆の声で今にも消え去りそうなほど小さかったが周囲の静寂が小さな声を誇張させていた。


「あ、僕…アケナスって言います」


「あん?アケナス?どこかで聞いた名前だねぇ……で?何の用だい?」


僕はここに来た経緯を老婆に説明した。


「あのくそ爺め……」


恨めしそうな顔をした老婆は斜め上を見上げて大きく舌打ちをした。彼女の脳裏に浮かんだのはエセ好々爺然とした薄らハゲの老人が片方だけ口角を上げて笑っていた顔だった。そして僕にこう言った。


「こっちだよ。ついといで……」


老婆は床の上を滑るように歩く。あばら家の中をスルスルと抜けていき、暫くすると大きな広い部屋に出た。部屋の中はあばら家とは思えぬほど綺麗で中央には大きなテーブルと六脚の椅子があった。そしてテーブルではフードを被った1人の子供がくちゃくちゃと何かを食べていた。


「フェム。こっちへおいで」


老婆はテーブルで食事をとる1人の子供に声を掛けた。


☆☆☆


4話フェムムとの出会い

「フェム。こっちへおいで」


老婆がそう声を掛けるとテーブルで食事をしていた子供は顔を上げた。しかし老婆の後ろにいる僕を見ると興味無さそうにまた食事を始めた。


「フェム!」


老婆が声を荒らげる。普段から声を荒らげることが珍しいのかテーブルの子供はビクっと肩を上げるとスタタタタとこちらへ近づいてきた。


「何か用?」


フェムと呼ばれた子供は老婆の近くへ来ると僕に見えない様に体を老婆で隠した。


「ああフェムに頼みたい事があってね。当面でいいからこの子の面倒見てやってくれないかい?」


老婆は優しく諭すようにフェムに言うがフェムはつかさず「いや」と返した。


すると老婆は目を細めるとこう言った。


「いいのかい?夕飯抜きにするよ?」


「それはダメ!ごめんなさい!」


フェムはすぐに謝った。しかしその後もブツブツと文句を聞こえない程小さな声で呟いている。


「へぇ。そんな態度とっていいのかい?それじゃあ明日からは昼飯は抜きだねぇ……」


「!?!?」


フェムは目を大きく見開き驚愕した様子だった。そして流れるように膝を床につけるとそのまま土下座した。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」


許しが出るまで何度でも謝ると言わんばかりの謝罪。老婆は満足そうに優しく笑うとフェムの頭に手を乗せ撫でた。


フェムは子供扱いしないでと言いそうな顔をしたがすぐににへらと表情が緩んだ。どうやらこの老婆の手は気持ちいいらしい。


「アタシどうしたらいいの?」


「まずはここでの生活を教えてあげて。後で適性を調べるからそれまで仕事はいいからね」


「分かった。じゃあご飯食べたら案内する」


「頼んだよ?私はちょっと野暮用で出かけてくるからね」


「うん。いってらー」


「はいよ。アケナスもフェムの言うことをよく聞くんだよ?」


「はい。お手数おかけします。いってらっしゃいませ」


「……どうも調子が狂っちまうねぇ。私としちゃあその変な話し方も直して欲しいんだがね」


老婆はそう言うとニヤッと笑い部屋を出て行った。


2人きりになった室内ではフェムと気まずい空気が流れていた。


何を話せばいいんだ……?この子のことよく分からないし……あれからずっと食べてるし……


フェムは老婆が出て行ったあとも黙々と食事を続け皿が空になる頃にはまたおかわりをしていた。そしてそれから30分が過ぎた。


「ふぅーお腹いっぱい!マンゾク!」


フェムはそう言うと立ち上がりどこかへ行こうとした。僕はどこかに行かれると何をしていればいいか分からなくなるので声をかけることにした。


「ふぇ…フェム?僕はどうしたらいい……ですか?」


「あー。忘れてた。アタシはフェムム。気安くフェムって呼ばないで」


フェムにキッと睨まれた。だが老婆に頼まれたことを思い出したのかあからさまに肩を落とし気だるげになる。その時だ。突然どこからともなくチリーンと高い鈴の音が鳴った。そして右手人差し指でちょいちょいとこっちに来るようにジェスチャーした。


「こっち。ついてきて」


そう言うとフェムはスタスタと足早に部屋を移動し始める。僕は急いで彼女について行った。部屋を出たと思ったら細い通路やゴミの山の様な場所を通り過ぎた。一体全体この家はどーなってるんだ?そんな事を考えているうちに目的地に着いたらしい。


「ここ。覚えて」


そこは小さな木造の店だった。小さな引き出しが天井から床まである異様な光景。アケナスは床から天井まで見渡すと「すげぇ……」と声を漏らした。


カランカランと音が鳴る。扉にかかった鐘の音だ。


「いらっしゃいませ」


フェムムが愛想良く客に挨拶する。急に猫を被ったフェムムを見てアケナスはポカンとした。


「いつものが欲しいんだけど……」と入店するやいなや赤いエプロン姿の中年の女性が言った。そして僕の目は釘付けになった。彼女の頭にはモフモフの獣耳がついていたからだ。


「あ。はい。いつものですね」とフェムムはカウンターの下をガサガサと探し始めた。そして取り出したのは3本の小瓶。


「こちらですね。5ギルになります」


「いつも安くしてくれてすまないねぇ」


「いえいえ。これが適正価格ですから」とフェムムが営業スマイルする。


「ありがとうございましたー」ぺこりとフェムムはお辞儀をした。カランカランと鐘が鳴って女性が帰っていく。


「これが仕事の1つ薬師の手伝い。一応覚えといて」


そう言うとフェムムは僕の手を握ってきた。そして「鑑定」と小さく唱えると僕の体がほんのり熱くなった。


「きゃっ!?……ふぇ!?な、なに!?こ、これ……や、やばい……あ、頭が……」


フェムムの顔面は蒼白となり膝をつき冷や汗を垂らし始める。それを見た僕は恐ろしくなって咄嗟に手を払った。


「……ふぅ……ふぅ……ヤバかった……ありがと…ふぅ…ふぅ」


フェムムは顔面蒼白のままお礼を言ってきたが僕はお礼を言われる覚えは無いので首を傾け不思議そうな顔をした。


「アタシ鑑定した。けど鑑定出来なかった。代わりにアタシの頭が焼けそうになった。自分では解けなかった。君解いてくれた。ありがと」


あぁ…そういう事か。鑑定してみたけど解除出来なくなって僕に助けられたって事か。それならお礼の意味も分かるか。


「えっあっ……どういたしまして?」


2人はそれが可笑しくて声を出して笑った。


フェムムはまた「ついてきて」と言って移動を開始した。今度は部屋の扉を開いたと思ったら地下へと進む道に出た。本当にこの家はどうなってるんだ?と疑問を覚えたがフェムムはスタスタと足早に歩いていくので質問すら出来ない。


「ついた。ここ寝るとこ」


そこは大きなカウンターがある古ぼけた宿屋だった。


「2階に部屋がある」


フェムムはそう言うと階段を2段飛ばしで駆け上がっていく。


僕はフェムムを見失いそうになり焦った口調で「待って!」と叫んだ。すると丁度そのタイミングで2階から降りてくる1人の影が見えた。


それは明らかにフェムムとは違う人影。漆黒のローブを纏った細身の男性だった。そして特筆すべきは頭部の角だろう。3本の白い角がある。これは魔族の特徴の1つだ。


3本の角は魔族。2本の角は竜族。1本の角は獣族。角には魔力を貯める機能があり、角を持たない人族よりも獣族が魔力が高いことは一般知識である。


しかし疑問が1つ浮かんだ。この国……いやこの大陸には魔族は居ないのだ。魔族が住まうとされているゾル大陸はここユーフレシア大陸より遥か北方にある。もしかしたら魔族の旅人かも知れないがユーフレシア大陸では魔族差別が酷く旅人も滅多に居ない。数十年に1人というレベルだ。そんな魔族の旅人がこんな辺鄙な片田舎にいるなんて信じられなかった。


アケナスはぽかんと口を開き驚いた表情をしていたが失礼に当たると思い、平然を装って挨拶した。


「こ、こんにちは」


すると魔族の男性は無言で僕の横をすり抜けて行った。そして階段を降り切ったところで去り際に「あぁ」とだけ言葉を発し正面の扉から出て行った。その声はやけにくぐもった声質だった。


僕は魔族の男性が去った後も扉をじっと見つめていた。すると2階からフェムムが降りてきて「何やってるの?早く来て」と言って僕の手を引っ張った。結局さっきの魔族の男性は誰だったんだろう?フェムムには見えてなかったの?僕は急かすフェムムに圧倒されすぐにその事を頭の片隅に追いやってしまった。これが後に後悔するとも知らずに。


2階は左右に8つの部屋があり、基本的にどの部屋も間取りは同じと言われた。各部屋には2つのベッドと4脚の椅子が置かれ、衣類箪笥もあった。この宿には風呂も無くトイレは外。普段から大衆浴場へ行くのが当たり前らしい。ちなみに僕の家には広くは無いが浴室が2つあり使用人達と別れて入浴していた。アケナスは若干だが自宅が恋しく感じた。


そしてフェムムは説明の最後に爆弾を落とした。


「じゃ。ここがワタシと君の部屋」


……えっ!?フェムムとあ、あ、相部屋!?

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