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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

不完全な作品

作者: 白夜の桜

サークルライン王国。かの国は魔王等の人種全てが一致団結して戦わなければ人種もろとも世界が終わる存在が誕生する地に一番近い場所に存在している。


そんないつ誕生するのか分からない地の近くに建国したサークルライン王国を戦闘好きな野蛮人の国と呼ぶ者もいるが、その実情を知る者からすれば「あんなに強い国は他の何処にも存在しない」と言わしめる程に恐れられている国だ。


人種全てから武力で最強と言われるサークルライン王国は今日、素晴らしい報告を世界中にもたらした。


『サークルライン王国が国王、アサギ・サークルライン王である。今日、この様な中継を行ったのは素晴らしい報告があるからだ。その報告に移る前に人種全てに問いたい。今、この世界を壊そうとしている者は誰だ?』


王の問い掛けに、聞いていた者達は一斉に「魔王!」と答える。


『そう、魔王だ。ふっ、もう気づいた者もおるかも知れないが、余自ら人種全てに宣言しよう……今日、魔王が勇者により討伐された!この時より世界に平和が訪れたのだ!!』


王のその宣言は、聞いた……いや、人種全てが時間が停止したように誰一人としてピクリとも動かなくなった。


『余はこれにて失礼する』


王はそれだけを言って中継を切る。それから少しして、溢れんばかりの歓声が世界を轟かせるのだった。

__________________


「ふぅー、魔王討伐の報告と言うものは緊張するものだな」


ワシは自分の肩を揉みながら呟いた。


「陛下は緊張してるようには見えませんでしたよ」


ワシに呆れた溜め息を吐きながらそう言って来るのはワシの護衛であり、執事長のユハンだ。幼き頃よりの付き合いであるが、その言葉は聞捨てならないぞ。


「何を言っておる。ワシがあれだけ緊張しているのを必死に隠していただけにすぎぬ」


冷や汗が流れそうになるのを止めたり、お腹が鳴りそうなのを必死に堪えたり等、色々ワシは頑張ったんだぞ?それを言うに事欠いて、緊張していないだと?それはワシの努力を虚仮にする行為だ。


「はぁー、それはお腹が減っているのを必死に堪えていたからでしょう」


「むっ、よく分かったな?いや……流石ワシの幼馴染、と言ったところか」


「分かりますよ。幼馴染であろうと無かろうと、陛下は分かりやすいのです」


「ワシが分かりやすい、とな?」


そんなに表情に出る方だったか?……う~む、記憶を振り返ってもそんな事を言われた覚えがないぞ?


「それでよく王になれましたね……」


ユハンが呆れの籠った呟きを漏らした時だった。


ガシャガシャガシャガシャガシャガシャ


「許可も無しに失礼します!急ぎお伝えしなければならないご報告があります!」


「それはなんだ?」


兵士が玉座の間にノックも無しに来るなど、あり得ない。それほど重大な何かが発生した事でもあるか。ユハンもそれに気づいておるのだろう、ワシの前に立つだけで伝令に来た兵士を叱ろうともしていないのだからな。


「はっ!天災が誕生しました!!」


「「はっ?」」


天災、だと……それは自然現象の天災であろうか?いや、兵士はこう言っていたぞ、『天災が誕生しました』っと……まさか!あの天災が生まれたのか!?


「兵士よ、一つだけ問おう」


「はっ!なんなりとどうぞ!」


「天災とは、意思ある天災で良いのだな?」


「残念ながらそうであります!」


「そうか……」


兵士の言葉には嘘偽りを感じない。本当なのだろう……しかし、よりにもよってこの時か。魔王が倒され、平和が訪れたと思った矢先に、天災等と言う、魔王以上に恐ろしい存在が誕生してしまうのか……ああ、神よ。我々が何をしたと言うのだ?ただ、平和に生きたいだけなのに……


「陛下!陛下!しっかりしてください!!」


「あ、ああ、すまないユハンよ。あまりの衝撃に意識を失いかけた」


「それは分かりますが王たる陛下が今気絶してしまっては国が混乱してしまいます!」


「分かっておる」


分かっておるともユハン。天災が誕生した今、ワシが気絶してしまっては民を救う事も、戦うことも出来ない。それだけは駄目だ。


「兵士よ、そなたも混乱してる事は分かっておるが、伝令を頼めるか?」


「はっ!大丈夫でございます!」


「ならば頼もう。騎士団長には市民の避難誘導を、軍部の者達と大臣達を会議室に来るように伝えてくれ」


「はっ!命に変えましても必ずや届けて見せます!」


「うむ。頼りにしておるぞ」


「ありがたき幸せ!」


兵士は最後に深く頭を下げてから、ワシの言葉を伝える為に向かって行く。ワシはその後ろ姿を見送った後に隣に居るユハンを見る。


「ユハン。そなたは命をかける覚悟はあるか?」


ワシは天災に戦うに当たり前線に出て戦うことにした。だから親友であるユハンだけでも逃がしたい。これは王としては駄目だが、幼馴染であり、親友としてのワシの逃げて欲しいと言う強い願いだ。


「陛下……いえ、アサギ。私を舐めないでください。アサギに仕えた時から私は命を懸ける覚悟は出来ています。どうか私も連れていってください」


ユハン、それはズルいぞ。これではワシの願いが裏切られてしまうではないか……しかし、とても満たされるな。


ポロ ポロ


「ふっ……年寄りは涙脆くて駄目だなぁ~親友の嬉しい言葉に涙を流してしまうのだから……」


「いいえ、アサギはまだまだ若いですよ」


「ハハ、50代になのにか?」そう言いたかったが、ワシの口なら出たのは違う言葉だった。


「ユハン、ありがとな」


感謝の気持ちを言ってしまえば、まるでワシが死んでしまうみたいではないか……いや、天災に挑む以上、死にに行くようなものか。


「いえ、私の方こそお礼を言いたいです。アサギと言う良き主人に仕えた事、感謝します」


「ユハンよ、お前まで死ぬようなことを言わないでくれ。ワシはユハンに生きて欲しいのだ」


ああ、王としてもっとも駄目な事を言ってしまった。一人の人物に肩入れするなぞ、他の貴族達に反感を抱かせてしまう。だが、この言葉でユハンの考えが変わってくれれば良いのだがな……


「ふふ、アサギは昔から変わりませんね。そんな事を言われてしまっては、ますますアサギから離れる訳には行きませんよ」


「ワシの願いを断るとは良い度胸だな」


「それがアサギの親友としての私の嘘偽らざる気持ちですから……それより、こんな死ぬような事を言ってないで、会議室に向かいましょう」


ん?ユハン、お前……今ワシに言ったことが恥ずかしくなって誤魔化そうとしただろ?だがまあ、今回だけは乗ってやろう。


「ああ、分かっておる」


ワシはそう言って玉座から立ち上り、ユハンを背に連れて会議室に向かう。

__________________


兵士に伝言を頼んでから一刻後、会議室に集った面々を見回しながらワシは議題を伝える。


「さて、皆もすでに知ってるかも知れないが、今回集ってもらったのは、天災についてどうするか話し合うためである」


天災、この言葉に会議室全体に緊張が走った。


「陛下、それは誠なのですか?」


そうワシに問い掛けて来たのは大臣になったばかりのサハマだ。


「ワシも確認は出来てはいない。「ならば……」しかし、たとえ存在しなくとも用心しなければならないのが天災と言うものだ」「………」


天災が誕生してなければどれだけ良いか。ワシはそう思わずにはいられないが、天災は確実に誕生している。遥か遠くから感じられる程に強い気配が近づいているのだ。


「他に何か聞きたいことがなければ、会議を始めるぞ」


ワシは今一度、周りを見回し、質問が何か確認する。


「誰もいないようだな。では、これより会議を始める事をワシの名において宣言する。ではまず、シナラ軍隊長。軍隊はどれだけ動かせる」


「はっ!全軍問題なく動かせます!」


全軍動かせるのなら少しは勝てる確率と作戦が増えるな。しかし、練度が足りなければ出来ない作戦もある。もし、足りてなければ足りている者だけを集め、足りていないのは練度が関係ない作戦にするか……しかし、足りている者も集めても練習も無くそれをやれば失敗する確率があるか。だがまあ、聞いてから決めるか。


「ふむ。練度に問題はあるか?」


「いえ!日夜魔物と戦っておりますので十分にあります!」


これは僥倖、取れる作戦が増えたのは良いな。


「もう座ってよいぞ」


「はっ!」


「ふむ……家臣達よ。ソナタらが本有してる自衛軍はどれだけ動かせる?」


「えっ?」「私は百人程動かせます!」「わ、私は、二十人程しかいません」「三百人程なら動かせます」「領にほとんど置いてきており、十人しか無理です」「今から一刻程かかりますが、五百人なら用意できます」「私は、五十人なら動かせます」


そこそこ、か……いや、十分と言うべきか。家臣達の中には、作戦の為に呼ばれたと思っていた者もいたみたいだからな。しかし、980人か……これだけ居れば、落石等の本隊が天災に挑む時の援護になるか。


「それだけでも十分だ。いきなりの頼みにも関わらず、本有してる軍隊を動かしてくれてありがたい」


家臣達の領地と屋敷を護る為にある軍隊をワシの為に動かしてくれる家臣達には感謝せねばな。ワシはそう思って頭を下げた。


「い、いえ!私達は家臣として同然の事をしたまでです!ですから頭を上げてください!」


そう家臣に言われた事で頭を上げたワシが見たのは、片膝を付き、左拳は地面に、右拳を胸に当て、頭を下げた家臣達だった。


「「「「「「「「「「「我ら、あなた様に永遠の忠誠を誓います」」」」」」」」」


それが何を意味するのかをワシは知っている。王を……ワシを命に懸けても護り、裏切らないと誓う姿勢だ。ならばワシも、国の為に命を懸けよう。


「家臣達よ。ソナタらの忠誠は余、アサギ・サークルラインがしかと受け取った。ならばこそ、余も誓おう。余の命に懸けて、国を護る!」


「なっ!?」「王よ!命を懸けるなんておっしゃらないでください!!」「この国にあなた様が必要なのです!!」「我らはたとえ亡くなろうとも息子達や仲間に任せる事が出来ます!しかし!あなた様の代わりになるような王は存在しません!!!」


突然の誓いに家臣達は戸惑っておるが、ワシは決めたのだ。民を国を護れるのならばワシの命など捧げてやる、と……それに、頼れる息子達がおるからたとえ死ぬことになろうとも安心して逝ける。


「お前達のワシを生かしたいと言う気持ちはありがたいが、王であるワシが民を、そして、家臣を置いて逃げることなぞ出来ない!」


ワシはそれほど弱い王か?っと瞳に籠めて家臣達を見詰めると、


「いえ!我らの王は弱くなどありません!」「気高く、それでいて、民を思う王がその民達を見捨てて逃げるとは思えません!」「王は我国において、最強の戦士であります!」「しかし、我らは王に死んで欲しくなど無いことを胸に留めていただけるとありがたいです!」


まるであらかじめ台詞を決めていたかのように言葉を繋いでワシに嬉しいことを言ってくれる家臣達の瞳には嘘偽り無い、本心であるとワシに教えてくれる。ワシは本当に、良い家臣達に恵まれた。


「確かにお前達の気持ちは胸に留めたぞ。だからこそ、問いたい。ワシが最強であるならば天災にも勝てるのではないか、とな」


天災と言う化け物にワシが勝てるとも思えないが、だがここでワシが弱気になっては勝てる戦も負けてしまう。たとえ負けるとしても一矢報いてやる。だが、ああ……それとは関係なくワシは天災と言うこの世界において最強と言われる化け物と戦える事に血が昂る。


その時、会議室に居た家臣達は見た。自らの主が発せられた強者のオーラと好戦的な笑みを……


「我らの勝利は約束された!」「王が本気になったぞ!!」「王の本気が見られる!」「天災など敵では無い!!」「王よ。我らは必ずあなた様に勝利の道を約束して見せます!」


ん?家臣達は何故こうも約束されてると思っている?だが、これは僥倖だ。勝てないと思うよりも勝てると思った方が勝てる。しかし、行きすぎると逆に勝てる戦いも勝て無くなってしまう。これは一度止めた方が良いな。


「静まれ」


ワシが長年の中で身に付けた人を圧する声で、場を静めた。


「興奮するのも良いが、それでは何処かで油断が生まれてしまうぞ。しっかりと気を引き閉めろ」


「「「「「「「「「「はっ!忠告痛み入ります」」」」」」」」


ふむ。家臣達の中から油断が無くなったか。これで戦う時に油断は生まれず、冷静に対処出来るだろう。


「面を上げろ。今から作戦を話し合うぞ」


今は一刻も早く行動しなければ天災がこの国に辿り着いてしまう。


「「「「「「「「「「はっ!」」」」」」」」」」


それから王と家臣達は話し合うのだった。

__________________


「ふむ。天災に何も効かないと分かっているが、こんなシンプルな作戦で本当に良かったのだろうか……」


ワシは今、天災が通るだろう進行上に軍を配置して天災を待ち構えていた。ワシはそれを近くにある丘から眺めているのだが、会議で話し合うって決まった作戦に少なからず不安を抱いておる。


「それは仕方ないかと。歴史に残ってる天災達にあらゆる罠も地形も意味をなさかったそうですからね」


「しかしな……」


その事はワシも知っておるが、あんな簡単な作戦で良いのだろうか?


「陛下の心配も分かります。国と国との争いにおいてあの作戦は有効でありますが、天災との戦いにおいて有効であるとは言えない、そう言いたいんですね?」


「ああ、そうだ」


真正面から戦う等、作戦でも何でも無いではないか……あれを作戦と呼びたくは無いが、それで何度も勝って来たのだ。それが一番確実であり、一番自信がある作戦なのも確かだ。ワシはその事については不満は無い。それどころか天災と真正面から戦える事に一戦士として昂っさえいる。だが、王としてのワシはこの作戦に不満を持っている。多くの犠牲が出る事は天災と戦う以上、致し方なしと認める。しかし、それが最善だとはどうしても思えないのだ。かと言って、他に勝てる案もなかった。地形を利用すると言う案も出たが、使いたい地形に天災が向かうかも分からず、かと言って、誘導しようとすると甚大な被害が出る恐れもある。たとえ成功したとしても、天災の能力次第で地形もろとも軍が殺される恐れがある。罠を仕掛けようとも、嵌まるとは思えないし、効くとも思えない。落し穴に落して水攻めにする案も出たが、天災の大きさが分からない上に、魔法を使って穴を掘った後に、魔法を使って水攻めしようとしたら魔法師達の魔力が足りない。ポーションを使う手もあったが、上手く行くとは思えなかった。だから仕方が無いのだ。


「はぁー……天災とは理不尽な存在だな」


案を出し合えば出し合う程、天災の理不尽さが分かる。地形も罠も効果が無く、魔王と対を成す勇者も存在しない。歴史を紐解いても、その能力は千差万別。個々により違う。だがその全てに一つだけ共通するものがある。


『天災が通った後には何も残らない』


それは草木が一本も生えない事を指しているのか……それとも、塵一つも残らないと言ってるのかは分からないが、歴史に書き残されていると言う事はそれだけ恐ろしかったのだろう。


「陛下。そろそろ天災が来ます」


「意外と早いな」


ワシの予想ではもう少し遅いと思っていたが、予想が外れたか。しかし、そろそろ来るのだな。


「ユハン、ワシは今、とても昂っておるぞ」


「それは良かったですね、と言いたい所ですが、今は抑えてください。陛下が先陣を切って天災と戦い殺されたとあらば、此方に勝ち目は完全に無くなってしまいますので」


ユハンの言う通りワシが死んでしまっては軍の士気が下がる所か、ワシの敵討ちを取ろうと天災に襲い掛かるだろう。その結果、死ななくて良い命が沢山亡くなってしまう事になる。それは駄目だ!と王たるワシは叫ぶ。しかしな、ユハンの言い分も王たるワシの言い分も分かってはいるのだがな……


「分かっておる。だがな、戦士としてのワシが叫ぶのだ。あれほどの獲物と戦いたい、たとえそれで命を落としたとしても本望だと……」


「そうですか……」


ユハンもその気持ちが分かるのだろう、ワシをなんとも言えない表情をして見てくる。だがな、いくら戦士としてのワシが叫ぼうとも、ワシの手には今、人の命が乗っているのだ。それが分からない程、ワシは愚かでは無い。


「安心しろ、ユハン。人の命を預かる者として、己の感情に身を任せたりなどせん」


「流石、陛下……と言った所でしょうか」


ユハンは思う。戦士ならば強者を見つけた瞬間から、闘争本能が内から湧き出るのです。それは理性では抑える事が不可能な程、気持ちを昂らせてしまう。だが、陛下……アサギは、意思の力だけでそれをねじ伏せてみせた。これを凄いと言わずになんと言えば良いのだろうか?私には分からない。だけど、これだけは言える。


「私は本当に、素晴らしき王にお仕え出来ました」


何度言葉にして言おうと、この身から溢れでるアサギへの忠誠心は止まる所を知らない。初めてアサギに会った頃から、私はアサギに絶対の忠誠を誓ったのですから……


「嬉しいことを言ってくれるな、ユハン。しかし、そろそろ気を引き締めろ。天災が来るぞ」


「忠告ありがとうございます。陛下」


ユハンの言葉にはワシに深い忠誠心を感じさせる程に感情が乗っておった。その事にワシは嬉しさを感じてユハンを見てお礼を言いたかったが、遠くの山から天災だと思われる圧倒的な強者の気配によりちゃんとしたお礼を言える状況では無くなってしまった。これが今生の別れになるかも知れんのに、天災は待ってはくれないらしい。ワシは気配を感じた遥か遠くにある山の山頂を見詰めると、タンザナイトと言う名の宝石そのままの色をした毛を持つ天災がワシらに向けて何かを……あれが何かなど分かりきっておるが、しかし、認めたく無い時と言うものもあるのだ。あの現実を認めたくは無いワシはユハンが「違う」と言ってくれると期待して聞く。


「ユハン。お前には天災が何をしようとしてる様に見えておる」


「私には巨大な……それも恐ろしい程巨大な水の塊を浮かべて此方に向けて撃ってこようとしているように見えます」


「そうだよな。ワシにもそう見える」


ワシの見間違えであればどれだけ良かったか……しかし、ユハンも見ているとなればあの現実を認めるしか無いか。あの水の塊はワシらの方に向かって飛んでくると……水の塊の大きさも遠く離れた山の上に見えているにも関わらず、大きく感じると言うことは間違いなくワシらが思っている以上に大きいのだろう。これは急がなければな。ワシは空気を思いっきり肺に溜める為に息を吸う。


「すぅぅぅうーーー……」


十分まで肺に空気が溜まったと思ったワシはガッ!と瞳を見開き、全軍に届く声量を出して指示を出す。


「全軍!退避しろーー!!」


ワシの指示が聞こえたのだろう、兵士達は蜘蛛の子を散らすように逃げ始めた。普通なら足が遅い者から倒され、踏みつけにされたりする事があるが、幸いここは平地、退避するには十分な広さがある。これで被害は少しでも抑えられるだろうとワシが安堵した時だ、空気を振動させる様な音がなったのは……


ドゴオォォオオオオオオオーーーー!!!


ワシは余りの音の大きさに目を瞑り、耳を塞いでしまう。それからすぐ後に風が今気づいたとばかりにワシらに吹き付ける。その風の強さにワシは吹き飛ばされそうになるのを地に足をしっかりと固定するように力を籠めてそれを耐え忍ぶ。


どれくらいそうしていたかは分からないが、吹き付ける風が止んだと思ったワシは目を開けた。


「なっ!?」


そこには先程まであった平地が無くなり、代わりと言わんばかりにポッカリと平地だった所に覆い被さるようにして大きな大きな穴が空いていたのだ。


「なん、だ、これは……」


これがたった一撃で出来たのか……ありえん、地形が丸々変わってしまうような攻撃なぞ……


「陛下!しっかりしてください!今は呆然としてる場合ではありません!!」


「っ!!そ、そうだったな」


呆然としてる暇があるほど天災は弱くもなければ、待ってもくれない。今はすぐにでも生き残っている兵士達を集めて指揮を取らなければ戦う事すら出来ずに一方的に殺されるだけだ。


「ユハン行くぞ!!」


「はっ!」


ワシはユハンを連れて未だに指揮が取れておらず、混乱してる兵士達に向かって走る。だが、そんなワシらを邪魔するかのように恐慌状態になった魔物共が襲い掛かって来たのだ。今は一刻の猶予も無い状況で魔物に手こずってるわけにもいかん。ここは一気に突っ切る!


「ディル・ドライ」


ワシが使える中でもっとも広範囲に攻撃できる技を使い目の前に居る魔物諸とも近づいて来ていた魔物を通り抜き様に凪ぎ払う。


ブシャヤヤヤヤーー!! ボトボトボトボトボトボトボトボト


「久しぶりに見ましたが、やはり陛下の技は凄いですね」


「ワシの技を軽々と避けた者には言われたくは無い」


ワシの技の中でも上位に入る技だったのだぞ。それをあっさりとかわしおって……


「陛下と長い付き合いですから、かわせて同然です。それより、兵士達が見えて来ましたよ」


「分かっておる」


チッ!また逃げられてしまったか。だが今度暇があった時は必ず問い詰めてやるぞ!ワシはそう心の中でユハンに宣言すると同時に兵士達の前に躍り出る。


「陛下!よくご無事で!!」「陛下が生きてたぞ!!」「我々まだ負けて無い!!」「陛下がいれば勝てる!!」「王よ!指揮をお願いします!!」


一人の兵士の言葉を切っ掛けに混乱していた他の兵士達もワシを見て歓喜の声を上げる。王が生きていた事が嬉しいのはワシにも分かる。だがな、敵と戦っている最中にそんな大声を上げれば敵に気付かれるぞ。それがたとえ遠く……山の頂きにいる天災には聞こえないと思っていたとしても、だ。天災は理不尽だと理解させられたワシからすればこの距離も天災は気づいておるだろうと踏んでおる。だからこそ、今ここで喜びあっていては天災の良い的なだけだろう。ならば、早急に離れなければ先の二の舞になるだけ。そう思ったワシは喜びあっている兵士達に戦場とはなんたるかを思い出させる為に殺気を放つ。


「静まれ」


「「「「「ッ!!!」」」」」


たった一言、だけど、その身から放たれる気配から伝わって来る言葉……『一歩でも動いたら殺すぞ』と確かに兵士達全員に伝わっ……いや、聞こえた。


「戦場とは……戦とはなんたるかを思い出したようだな」


殺気を解いた王がそう言うが、兵士達はまともに返事が出来る状態では無かった。何故なら、心臓が鷲掴みにされたような……生殺与奪を握られたような感覚を味わった後に平然と王に返事が出来る兵士など、この中には居ない。


「兵士達よ、今はここから逃げるぞ」


早くしなければ天災がワシらに向かって攻撃してくる可能性が高い。ここは一刻も早くこの場所から脱して形勢を整えなくては……


「陛下。誠に申し上げにくいのですが……」


「なんだ?お前らしくもなく」


ユハンが言いづらそうにするなど珍しいな?


「陛下の殺気を浴びて、平然としていられる者は居ません。その事をお忘れではありませんか?」


「あっ!あぁ~~……」


忘れておった。そうだワシの殺気に耐えられたのはユハンだけだったな。はぁー、久しぶりの戦……それも天災と戦えると知ってワシはそんな事も忘れておったか……!天災が攻撃の準備を始めてる!!


「兵士達!今すぐ移動しろ!!」


「「「「「「「「「「は、は

っ!!」」」」」」」」」」


ワシは何を忘れとるんだ!戦場において気を抜いた瞬間が命取りだとワシ自身が思ったではないか!!いや、今はそんな事は後回しだ。天災に気付かれた。このままでは国を守る前にワシらが死んでしまう。それだけは駄目だ。国を守ると誓ったのだから!!


「バラバラに散れ!少しでも生存確率を上げるのだ!!」


この手はあまり使いたく無かったが、今一纏めに固まって移動等したら天災の良い的になるだけだ。それならば少しでも生存確率を上げる方が良い。そんなワシの思いが通じたのか兵士達はワシを中心にしてあちらこちらに向かって走り出す。


「陛下はどちらにお逃げになりますか?」


「ワシが逃げるなど有り得ん。ユハン、お前も分かっておるだろう」


ワシは何の為にここに居るのかを忘れたとは言わせん。ワシの命を代償にしようとも天災を退けて……いや、この世界から消滅してやる。


「はぁー……今は兎に角、ここから離れましょう」


「あぁ」


ワシが折れないと理解したのだろう、ユハンは溜め息を吐くだけでそれ以上は何も言わずに走り出したワシの後に着いて来る。それから少しして先程までいたワシらが居ただろう所から爆発音が轟く。


ドゴォオオオオオオオオオオオーー!!


「くっ!」


「っぅ!!だいぶ離れたと言うのに死の恐怖が襲ってくるか!」


しっかりと感じられるぞ。初撃では急すぎて感じきれなかった気配。ワシでは絶対に勝てぬと思わせる程の圧倒的強者の気配が身近に……フハハハ!良い!良いぞ!!


「ユハン!爆風に乗り加速するぞ!!」


「無茶を言わないでください!!!」


「ワシの親友であればそれぐらいやってのけろ!!」


ワシはそう言うと同時に後ろから迫って来る突風に乗ってさらに加速する。


「死んだら恨みますからね陛下!!」


「お前が失敗する筈が無いだろう!!お前はワシが認めたライバルだからな!!」

__________________


それから爆風に乗って加速して走り続けていたが先程の興奮が落ち着いて冷静になったワシは戦場に居る内に忘れておった懸念を思い出した。それを思い出してしまうと言わずにわいられなくなったワシはユハンに問い掛ける。


「ユハン。やはりお前だけでも逃げろ。愛する妻を置いて死んでは駄目だ」


あの時、玉座の前で言われた言葉は嬉しいが、ユハンには愛する妻……ナタリがおる。そんな愛する者を置いて死んでしまえばどれだけ辛いか分かっておるだろう。しかし、それでもワシに着い来てくれたユハンには感謝しかない。だからこそ、ナタリと二人一緒に逃げて欲しい。そんな未練とも言えるかも知れん感情から聞いたのだがな……


「愚問ですよ、陛下。ナタリにはここに来る前に伝えてあります」


「死ぬかもしれぬと?」


「はい」


相当な覚悟がいただろう、ユハンにもナタリにも。それを越えてワシ為に命を懸けようとするユハンには感謝もするが同時に呆れるぞ。


「路頭に迷うかも知れないのだぞ?そんな道をナタリに歩ませるつもりか?」


「そう思っていただけるのであれば、勝ってみせてください」


「フッハハハハハ!!それすらもワシを煽る為に使うか!ますます負けれなくなったではないか!!」


「それは良かったです」


そんなものを背負わされたらとことん負けるわけにはいかなくなってしまった。これは何がなんでも生き残らなければな。そう一層覚悟を決めたワシは辿り着いた山の麓から天災がおる山頂を見上げる。


「恐ろしいな……」


天災がおる山、たったそれだけで知ってる筈の山が誰も入ったことの無い未知の領域に見える……いや、本当に未知の領域になっておるかも知れん。山から感じ取れる空気が別物だ。前に来た時は優しい空気が流れておった。そんな空気に視察に来たワシらは癒されたものだ。しかし、今の山から感じ取れる空気はワシらを射殺さんばかりの刺々しい空気になっておる。これは山に住む生き物にも影響が出ておるな。この山には元々魔物が住んで居らんかったが、今は魔物の気配が恐ろしい程ある。それも強者の気配付きでだ。ここから先は強者と自負しておるワシらを簡単に殺せるような存在が複数居ると予測して動くべきだな。


「ユハン。ここから先はワシらを殺せる程の強者が天災にも複数居ると思い行動しろ」


「はっ!肝に命じておきます」


「では行っ!!!」


ワシは気合いを入れ直して山に一歩、足を踏み入れた瞬間ワシは地面に倒れ付しておった。


「何が、起こったのだ……」


身体が言うことを聞かぬ……いや、それどころじゃ無いぞ。目の前から恐ろしい気配が感じられる。先程まで感じ……いや、確実にいなかった。だが、奴は実際にワシの目の前に居るのだ。それもワシの知覚能力を凌駕する程の速度でな。ワシらを倒せる程の強者は複数おると予測しておったが、入ってすぐに出会うとわ思ってなかったぞ。だが、強者にすぐに出会うとは運が悪い。しかし、ワシの血が騒ぎ、ワシの本能が囁きかけてくる。ワシを簡単に地に付した存在と戦いたいと……だがな。ワシは今、国を背負う王としてここに居る。故に、無駄な争いをしてる暇なぞ無いのだ。今は一刻も早くユハンを連れて天災の元に向かわなければならない。その一歩目としてこの存在をどうにかしなければならない。奴は、ワシらが倒れ付してから一歩も動かず、ただ居るように感じられる。強者が何もせず、ただ居るだけ等と言う状況が嬉しくはあるが、同時に恐怖を煽って来る。このままでは体力よりも先に精神が磨耗してしまう。早く逃げたいが身体がワシの言う事を聞かぬのをどうにかしなければならない。その対処法自体は過去のワシの経験からどうすれば良いのかは分かっておるのだ。しかしな、目の前の存在がそれを許すとは


今、目の前に居る存在が天災ならば楽であるが、違った場合、天災が居る山頂までの間、逃げ続けながら目指す必要がある。

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