02-28 商売03
ヨコハの中の酒場で噂になっていた。最初は数人が話していたが、周りの人も参加して酒場全体に広がっていく。
「最近、ニバンの国境付近に宿屋が出来たって知ってる?」
「聞いた。石造りの立派な宿なんだろ。あんなところに良く作ったよな」
「伐採していると聞いた二、三日後には宿屋が出来たらしい」
「そんな早く出来る訳ないだろ、先に宿屋を作って後から伐採したんじゃないか」
「宿代が安いらしい。それでこの街の宿屋の価格を下げろと、いつも以上に交渉されるって」
「両替商も値切り交渉の機会が増えたって言ってたな」
「何が起きてるんだろうな」
「そういえば、そこの宿の店員が城壁工事の石を持ってくるんだけどニバン側から、三、四日間隔で持ってくると不思議がってたな。どこで石を手に入れているんだろうかと」
ケン達の宿屋が出来たことで、ヨコハの街ではちょっとした影響を受け始めていた。既得権益を持っている側からしたら、面白くなく、少しずつ不満が溜まっていた。なお、カマータ側の両替商にも情報は伝わっており、そちらでも若干不満が出始めている。
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「おい、お前がこの宿の責任者か?」
「ああ。そうだけど。何か?」
「両替のレート、手数料が安すぎるぞ。もっと取るべきだ」
ヨコハから来た数人が、ケンに改善の申し入れをしてきた。
「うーん。わかった」
「「「え?」」」「いや、え? 手数料の価格をあげるのか?」
「ああ、一割だろ。受け入れるよ」
伐採税や林業許可証の費用は既に支払い済みであり、十分にニバン側の貨幣もあるため、安いレートでニバンの貨幣を集める必要がなくなっていた。とはいえ、なんの切欠もなくレートを上げるのは憚られるので、今回のクレームが来たことでそれを理由にすることにした。
両替商は厳しい交渉になると思ったのに、あっさり通ってしまって拍子抜けしていた。今度は宿屋の代表者が文句を言い始めた。
「宿代が安すぎる。もっと値を上げてくれ。毎回値下げ交渉をさせられて困っているんだ」
「それは無理だな。ただ値下げ交渉が大変だというなら、うちみたいに値下げ交渉はしないと明言したらいいんじゃないか? うちは定価制を導入してるぞ」
「おい! そりゃ安いんだから値下げ交渉する必要が無いからだろ」
「そりゃ仕方ないだろ、こっちは辺鄙な場所で営業しているんだ。高かったら誰も宿泊しないだろ。そっちと違って客の数は少ないんだから営業努力しないと。ちょっと疑問なんだが、ヨコハは宿屋の価格って定めらているんじゃないの?」
「そうだとも。こっちも値下げなんて出来ないんだぞ。配慮しろよ」
「じゃあ、値下げして泊めていたら問題なんじゃないの?」
「…」
「もしかして定められた価格以上を提示して、値下げしても本来の価格以上を請求しているのでは?」
「そんな事は無いぞ! 無礼だ!」
ケンに痛いところを指摘されて、大声でごまかそうとする。しかし、実際に定められた価格以上の金額を請求していた。
「そうなんだ。悪かったな。じゃあ提示された価格が正しいのか、首都の偉い人たちに確認しても良いよね?」
「あっえっ。な…ん。あっ、あうあう、なっ…」
ケンの指摘に宿屋の代表者は、言葉に詰まらせた。
「毎回高いと思っていたんだ。俺らも値段が正しいか確認することにするわ」
「専売所の役人にも、おかしいと伝えておくぞ」
「やっぱり不正があったのか」
そしてこの話を聞いていたケンの宿の客が参戦してくる。ヨコハの宿屋代表者の顔は青ざめており、うまく返せないくて、口をパクパクしていた。
「まあ、それはそれとして色々事情があると思うから。実際には定額なんだから定額制だと伝えて、値切りを禁止するのが良いんじゃないかな」
「そっそうだな。値切りは出来ないんだから定額でやるべきだろう」
ケンは問い合わせる伝手などなく、そのような事は出来ないのだが、落としどころを提示して交渉を終わらせた。
この件がヨコハの宿屋側の関係者に伝わり、不正の処罰を恐れて、高額な宿泊料を請求するようなことはなくなった。それでも定額以上の金は請求し続けている、今までおいしい思いをしていたのでまったくゼロには出来なかった。
ケンはヨコハの宿屋関係者の恨みを買うことになったが、逆にこの話が商人達に伝わり、商人からは感謝されることになった。商人達はこの話を各町や村に伝えていくと怯えた宿屋関係者は宿代を下げ、イーチバン全体で宿屋が適正価格に近付くことになった。併せてケンの名前はイーチバンの国中に広がっていった。
全員に好かれるなんて無理。




