血と硝煙と泥と
前に書いたやつがあったので
ジャンルはよくわかんない。ギャグ?
「兄ちゃんの夢はなんだ?」
「夢、ですか」
「でっかく成り上がりたいでもいい。たくさんぶっ殺したいでもいい。あるいは、生きて帰りたいでもいいぜ。兄ちゃんの夢を聞かせてくれよ」
戦場入りを控えた前日。
釜と寝所を共にする中年の兵士が問いかけてきた。
夢、と問いかけられて若い兵士は思案する。
明日は初の戦場。
銃の訓練はしたし、指揮官も優秀と聞いている。
防弾チョッキにヘルメット、その他物資の準備は確認済み。
だが、心は落ち着かない。
人を殺す覚悟も、殺される覚悟も、未熟故に確認のしようがない。
このまま疲労感に任せて寝入るつもりであったが、先輩の中年兵士は若手の気を紛らわせるつもりか、何気なく質問を投げかけたのであった。
「そうですね……やはり戦場に出るからには熟練の兵士になりたいと思っています」
先輩の顔を立てるつもりもあり、そう答えた。
この中年兵士はいくつもの戦場を渡り歩いたベテランと噂に聞く。
であれば、この男のような圧というか気質を身に着けたいというのは素直な気持ちであった。
この部屋には戦場の臭いが立ち込めていた。
間違いなく、この中年兵士から漂うものだ。
血や硝煙、泥といった臭いが体に染みついているのだろう。
「熟練の兵士。熟練、ねぇ」
含みのある返し方をした中年兵士は再度若手の兵士に問う。
「何を以て兵士を熟練と決める?」
「それは……多くの戦場を戦い抜いたり……多くの敵兵を殺したり、ですかね」
「それって、敵兵に分かるものか? 初めて会う仲間に伝わるものか? 見ただけでソイツが何人殺ったか分かれば警察もいらねえだろうよ」
それに、と中年兵士は続ける。
「人間は弾丸には追い付けないし、弾くことも出来ねえんだ。いつかは弾丸一発であっけなく死んじまうんだぜ?」
「それでも……」
それでも若手兵士は臆病な心を奮い立たせて中年兵士を見る。
「それでも憧れてしまったんです。血と硝煙と泥……拭い切れないほどの戦場の臭いが染みついてしまった貴方のようになりたいんです!」
若手兵士の叫びは部屋の外にまで響いた。
隣や廊下から怒鳴り声が聞こえる。
それらを介さずに中年兵士は若手兵士の言葉にニヤリと笑う。
「くくくっ。血と硝煙と泥、か。それらが俺から臭ってくるから俺をベテランと思ったんだな」
「え、ええ……まあ」
なぜ笑うのか、分からず困惑する若手兵士を尻目に中年兵士は自身の荷物を漁り始めた。
「んーと、ここにあったか」
取り出したのは一つの瓶。中身は赤黒い、ジャムのようなものが入っている。
開けると……室内にこれまで漂っていた臭いが一層強くなった。
「これは……!?」
それの正体に気づいた若手兵士の顔が強張る。
「兄ちゃんが求めていたものさ。血と硝煙と泥を混ぜたものだ。これで兄ちゃんもベテランになれるぞ」
「なっ!? ば、馬鹿にしているんですか!?」
「してねえよ?」
何を言っているんだと中年兵士は首を捻る。
その顔は至って真面目なものであった。
「さっきも言っただろ。いくら強そうな圧があったって、敵はそんなん知ったこっちゃねえんだ。実は強そうな雰囲気ってのはな、味方にこそ通用する。これ付けて帰ってくれば、勝手に味方が労ってくれるんだぜ」
中年兵士は話しながら若手兵士の様子を見る。
彼の体は感動ではなく怒りで震えていた。
「どうだ? 熟練兵士になりたくなったか?」
「……なりたくないです」
「ならもう一度聞こうか。兄ちゃんの戦場における夢ってのはなんだ?」
「……生きて帰ることです。生きて帰って、貴方とは無縁な生活をすることです」
そう言い残して若手兵士は部屋を飛び出していった。
中年兵士はその後ろ姿を何時までも見ていた。
次に見る機会が無いと、惜しむかのように。
「ふう。今日はここまでか」
短機関銃を片手に中年兵士は一人戦場に立っていた。
周囲の物陰には無数の死体が転がっている。
「あの兄ちゃん、生き残ったのかな」
死の覚悟をしても臆病さを残していた目は、いつしか生きるための覚悟を決めた強い目となっていた。
戦場で潰えたかもしれない命も、未来の夢となって残せただろうか。
今日も中年兵士は戦場で戦う。
若い人間の夢を応援しながら。
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