思い出の傷跡
始めての方には、始めまして。
HIGH SCHOOL DETECTIVEの方を読んでくださっている方には、どうも、でよろしいでしょうか?
この小説を開いていただいてありがとうございます。それほど時間はかけておりませんが、自分的にはかなりいい出来だと思っております。
まあ、長々と前書きを書くのも気が引けるので、とりあえず、小説をお楽しみください。
退屈。
今の俺の心境を一言で表すとしたら、これが一番しっくりくると思う。
あんな、俺の人生を180°変えるような事件のたった一週間後だと言うのに、だ。
金曜の放課後の教室では生徒達が遊びまわっている。わずかだが、勉強しているものもいる。
俺はどちらにも属さない。ただ一人、静かに窓の奥にある真っ青な空を見つめているだけだ。
昨日も今日も、そして明日も変わらない退屈な日常。
この後も、俺はただここでずっと空を見上げ続け、空が真紅に染まる頃に帰り、夕飯を食べて寝るだけだ。
何も変わることはない。
「・・・あ。」
しまった。卵切らしてんだった。
「・・・買いに行くか。」
今日はいつもと少しばかり違ったようだ。だが、それがどうした?
こんな些細な違いで、俺の人生が何かまた変わるわけでもないさ。
「海路、これからゲーセン行こうぜ!」
俺が席を立つと同時に、友人の佐久間に誘われたが、もちろん今はそんな気分ではない。
佐久間を無視して、教室を出る。すると数秒もしないうちに、教室内から佐久間ともう一人誰かの話し声が聞こえた。
「何だよアイツ、最近付き合い悪いよな。」
「バカ、あんた月曜日の先生の話し聞いてなかったの?」
この声は・・・美鶴か。
「あ〜、そういえば月曜のホームルームは寝てたな。すまん、何の話だったんだ?」
「・・・先週の今日、海路のご両親が亡くなったんだよ、交通事故でね。」
「な、マジか!?」
「ええ、犯人は酔っ払いのジジイ。大型トレーラーでご両親の車に突っ込んで行ったらしいわ。」
「で、そいつはどうなったんだ?」
「もちろん警察に逮捕されたわ。でも、ご両親は即死・・・。」
「なるほど、それでアイツあんな風に―――。」
それ以上は聞いていない。その場から離れたから。
別に聞きたくなかったわけじゃない。別に触れてほしくない事と言うわけでもない。
ただ、この一週間その話題で持ち切りだったから聞き飽きただけだ。
それより、今日は早く帰りたい。洗濯も残ってるし、皿も洗わなくちゃいけないしな。
父さんと母さんが死んじまってからは俺が家事をやっている、と言うかやるしかない。
元々裕福な家じゃない。親戚だって皆事故やら病気やらで死んでる。
頼れるのは・・・自分一人だけなんだ。
「・・・バイトでも始めっかな。」
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「なあ、海路、ゲーセン行こうぜ〜!?昨日も誘ったのに無視しやがって。」
「・・・嫌だ。」
「無視しなきゃいいって事でもねぇだろ!」
佐久間がいつものように話しかけてくる。
成程、事情を知っても気を使うようなことはしないか。佐久間らしいっちゃあ佐久間らしいな。
「いや、俺はいいよ。バイト始めようと思ってるし。」
「およ、何でまた急に?」
「生活費を稼ぐためだよ。さすがにこのまま働かないでいたら金もすぐに無くなるからな。」
「何だよ、せっかく人が誘ってやってるのに。」
「ああ、気持ちだけ受け取っておくよ。じゃあな。」
「・・・おい海路、うちの学校バイト禁止って知ってるよな?」
「・・・。」
・・・忘れてた・・・が、まあ何とかなるだろ。
職員だって俺の事情くらい知ってる。そのこと話せば許可ぐらい貰えるだろ。
俺が教室を出ると、昨日と同じように佐久間と美鶴の話し声が聞こえてきた。
「佐久間、準備できたよ。まあ、あの子がちゃんとできるかは不安だけど。」
「そうか。よし、作戦開始だ!」
・・・佐久間、そういう秘密的な会話は静かにやったほうがいいんじゃないか?
って言うかそれ以前に、俺達大学受験生だぞ?もうちょい勉強したほうがいいんじゃないか?
と、心の中で佐久間に突っ込みを入れていると、
「ねえ、歩葉君。」
「・・・ん?」
教室の中の様子に集中していたから、目の前にいたこいつに気付かなかった。
漆黒の髪に、同じく漆黒の瞳。
髪型は肩を少し越えるくらいのセミロングのストレート。シンプルな髪型だ。
それから、少し嫌味のようになってしまうが、かなり小柄な奴だ。
・・・見覚えが無い。なのに、何でこいつは俺の名前を知ってるんだ?
「・・・。」
「・・・もしもし?歩葉君?」
「え、あ、ああ、何だ?っていうか・・・誰?」
「なっ!そ、それはひどいんじゃないかな!?一緒のクラスなのに!中学も同じクラスだったよ!」
「え?お前が?全然覚えてないけど・・・。」
こんな奴、いたっけ?
「はいはい、ちょっとごめんね。」
俺が必死に思い出そうとしていると、見慣れない奴が俺とこの女子の間を急ぐように走り抜けていった。
が、あまり気にしないで思い出すことに集中する。
「もう、まだ思い出せないの?変わった名前だから覚えてると思うけど?」
「変わった名前・・・?」
それを聞いた瞬間、俺の頭が記憶を引っ張り出した。
『始めまして、――――です。趣味は料理です。これから一年、よろしくお願いします!』
ああ、そういえばいたな、今学期最初の登校日にこんな自己紹介をしていた変わった名前の奴が。
確か名前は―――。
「般若?」
「は、般若じゃないよ!般尼 夜子!歩葉君だって妖怪じゃないの!」
「だ、誰が妖怪だ!?俺の名前は歩葉 海路!」
「ほら、『歩』と『路』を抜いたら立派な妖怪じゃない!」
「般若が言うな!」
「何ですって!」
般若が怒って俺に飛び掛ってくる。
俺はとりあえず後方に下がって時間を稼ごうとしたが、あまり意味はないと下がった後で気付いた。
と、その時、
「「『第一回!海路、元気出せ!恐怖!イタズラの嵐!』その一、決行!」」
背後にあった教室のドアが急に開き、中から佐久間と美鶴が背中を思いっきり押してきた。
「・・・!」
押されただけならいい。別に般若と激突するだけだ。
そう思ってあまり慌てはしなかったのだが、足元に張られている一本の毛糸を見て背筋が凍った。
佐久間と美鶴の奴、さっき俺達の間走ってった奴はこいつらの仲間か!
今、俺は佐久間&美鶴に押されて前のめりに倒れるところだ。
急なことだったので、何の対処も出来ない。倒れる以外に選択肢はない。
それだけならまだいい。ただ、問題は自分の前にいる般若こと夜子だ。
今さっき怒らせてしまったので、夜子は俺に飛びかかろうとしている。
つまり、こいつの重心は今全く定まっていない。
だから今俺がこいつにこのスピードで当たったら・・・!
「え?わあ!」
「ちっ!」
案の定夜子も俺と一緒に地面に倒れる形になった。
唯一の救いは、この廊下が少し広いということだ。
もう少し狭かったら、このまま倒れて夜子はガラスに突っ込んでいただろうからな。
ガラスに突っ込むよりは、地面に倒れたほうがマシだ。
そう思い、少しだけ安心する。だが、またトラブル発生。
「っと、っとと・・・!きゃあ!」
不運なことに、夜子がほんの少しだがその場で堪えてしまった。
その間に夜子も俺も少しずつ前に行ってしまったので、当然その分ガラスが近くなる。
そして、女の夜子に俺と自分自身、二人分の体重を支えられるわけもなく、すぐにそのまま倒れこむ。
ただ、さっきとは全く状況が違う。
今度は、床に倒れるのではない。ガラスに直撃するのだ。
まずい。本当にまずい。
もうこの体勢まできたら無理矢理夜子を引っ張るのも無理だ。絶対に直撃する。
こうなったら・・・!
「・・・え、ちょっと、妖怪君!こんなときに何を・・・!」
「いいから!黙ってろ!」
俺は夜子を力一杯抱き締める。
左手を後頭部に、右腕を背中に回して、出来るだけ夜子の体を小さくする。
「せめて致命傷は避けないと。」そういう考えが何よりも先に出たからだ。
・・・あれ?でもこれって・・・俺が大怪我するんじゃないか?
今はそんなことどうでもいいはずなのに、そんな疑問が頭に浮かんだ。
刹那―――。
ガッシャアアアアアン!!!
「きゃあああぁぁぁ!」
ものすごい音をたて、ガラスが粉々に割れた。
夜子も、近くにいた他の女子も悲鳴を上げた。
それとほぼ同時に、左手と右腕に激痛が走った。特に右腕。
だが、今はそんなことを気にしている暇ではない。
俺は夜子の後頭部から左手を離して、顔を見て言った。
「・・・怪我、無いか?」
「え、う、うん。ありがとう、守ってくれて。」
「って、怪我してるじゃんか。右頬、切れてるぞ。」
夜子の右頬には、2センチほどに小さな傷ができていた。・・・まいったな・・・。
「え?あ、ホントだ、血が出てる。まあ、たいした傷じゃないよ。」
「そうか、よかった。・・・あのさ、そろそろどいてくれないか?」
「え、あ、ごめん。って言うか、何で下にいる私がどかなきゃいけないんだろ?まあいいや。それより、妖怪君は大丈夫なの?」
「妖怪やめろ。まあ、大丈夫なような、大丈夫じゃないような・・・。」
「え?」
俺は視線を逸らして自分の右腕を見る。
夜子もその視線を追って俺の右腕を見る。その瞬間、
「きゃあああぁぁぁ!」
さっきと同じくらい、いや、それ以上の声で悲鳴を上げた。
それを聞いた周りの生徒達が夜子を見て、その後その視線を追って、同じように悲鳴を上げたり息を呑んだりしている。
無理も無い、か。窓ガラスの割れ残りに、俺の右腕が突き刺さってるんだ。
俺と夜子の全体重がかかって刺さったのだから、根元までザックリと刺さっている。
右腕から流れた血が、壁を伝って床に流れ落ちる。
未だに右腕には激痛が走っているが、見た目ほど痛くない。
うまい具合に痛くない角度と場所に刺さったのかもしれない。不幸中の幸いだ。
「よ、妖怪君・・・!」
「だから妖怪君はやめろって。これで分かっただろ?動けないからだよ。だけど、これ見た目ほど痛くないから大丈夫だ。」
「か、海路、悪い!こんなつもりじゃなかったんだ!」
「分かってるよ、気にすんな。死んだわけでもないし。それより、誰か保健室の先生呼んできてくれないか?」
「わ、私が行くわ!ちょっと待ってて、急いで行ってくるから!」
美鶴が青ざめた顔で走っていく。他にも数名、後ろについて走っていくのが見えた。
「さて、と。」
俺は右腕を少し動かす。少し痛むが、まあ我慢できないほどではない。
「ちょ、ちょっと、ようか・・・歩葉君!何やってるの!?」
「見りゃ分かるだろ、抜こうとしてるんだよ。」
「ダメだよ、ちゃんと保健室の先生待たないと!」
「刺さってるのが意外に痛いんだよ。抜いたほうが少しは楽になるから、いいだろ?」
「な、何でそんなに冷静なの!?自分の右腕が大惨事になってるんだよ!?」
「いや、人間意外と身の危険感じると冷静になれるぜ?ま、裏返せば今まさに身の危険を感じてるって事だけどな。」
「ふ、歩葉君・・・!」
「泣くな泣くな。大丈夫だから。」
夜子をなだめてからもう一度右腕を抜こうとする。
今度もやはり痛みは感じたが、何とか抜くことに成功した。
「・・・やっぱり抜いたのは失敗だったかな・・・。」
「な、何で?抜けたんだからいいじゃない!」
「いやな、血がビックリするほど出てくる。」
「いやあああぁぁぁ!何でそういうこと言うかなぁ!」
「聞いたのはそっちだろ?」
「そういう問題じゃないよ!もう、妖怪君のバカ!」
「あ、また言いやがったなお前!般若のくせに!」
「般若言うなぁぁ!」
しばし怪我のことを忘れて、さっきのようにケンカを始める。
周りの生徒達も俺の怪我がたいしたこと無いことにホッとしたのか、皆ため息をついている。脱力してその場にしゃがみこんでいるものもいれば、目尻にうっすらと涙を浮かべている者もいた。
しばらくすると保健室の先生が駆けつけてくれた。俺と夜子の怪我を見て、とりあえずと言って俺達を保健室まで連れて行った。
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「―――というわけです。」
「成程、それでこんなことになったのね。」
保健室で手当てを受けながら、俺と夜子で先生に今回の事件のあらましを話した。
先生と一緒に聞いて分かったのだが、佐久間、美鶴、夜子の三人(+2名)は最近元気の無い俺を元気付けようとしてあんなことをしたらしい。
本当は俺が倒れ掛かったところに夜子がいて俺が夜子に抱きつくような形で倒れるだけのはずだったが、俺が挑発したことと夜子が我を忘れていたことが災いしてこんなことになってしまったらしい。
「それじゃあ、事の原因はこの四人にあるわけね?」
そういって先生は佐久間、美鶴、その他二名(毛糸をセットしていた二人)のほうを見た。
四人はそう言われてビクッと震えた。
「ああ、先生。そいつらは別に悪くないですよ。いつまでも沈んでた俺が悪いだけですから。あいつらは俺を元気付けるためにやってくれたんだから、むしろ感謝しないと。」
「・・・とまあ、本人がそう言ってくれてるから、今回は多めに見てあげるわ。今後、気をつけるようにね。」
「はい、本当に申し訳ありませんでした。海路、ごめんね。」
「俺だけじゃないだろ?」
「あ、うん。般尼ちゃんもごめんね。こんなことに巻き込んじゃって。」
「ううん、私はそんなに気にしてないよ。怪我も妖怪君に比べたら全然たいした怪我じゃ無いしね。」
「だからぁ、妖怪言うなって。」
「般若とも言うなって言ってるでしょ?」
「言ってねーよ。・・・まだ。」
「まだって何よ?言うつもりだったの?」
「もちろん。」
結局、またそんなやり取りが始まった。
先生も、他の四人もやれやれといった感じで見ている。
数分間そんなやり取りが続いた後、四人は部屋を出て行き、保健室には俺、般若、先生の三人になった。
「あ、そうだ先生、この怪我って傷に残りますか?」
「もちろんじゃない。そんな大きな怪我、傷に残らないほうが不思議だわ。」
「いや、俺のじゃなくて、般若のです。」
「般若言うな!」
「そうねぇ、ちょっと深く入ってたから傷は残るわね。でもなんでそんなこと聞くの?」
「随分前に母さんに聞いたんです。『女の傷は男の傷の何十倍も重い』って。」
「成程。でも残念。その傷、絶対消えないと思うわ。こればっかりはどうしようもないわ。ごめんなさい。」
「いや、先生が謝ることじゃないですよ。守りきれなかった俺が悪いわけですし。」
「あなたは人が良過ぎね。もう少し人のせいにもしないと身が持たないわよ?」
「大丈夫ですよ。」
「まあ、確かにその傷はどうしようもないけど、それをあまり気にさせない方法はあるわよ。」
「え、本当ですか?」
「ええ。ずばり、あなたが般尼さんと付き合っちゃえばいいのよ。」
「・・・は?」「・・・え?」
発した言葉は違ったものの、全く同じタイミングで聞き返した。
「だから、あなた達二人、カップルになればいいのよ。そうすれば怪我の事なんか気にしなくて済むでしょ?」
「・・・ま、まあ・・・。」
「・・・確かに・・・そう・・・・だよね?」
急な話だが、こうなってしまった以上俺は責任は取ったほうがいいだろう。
で、その責任は傷を負わせてしまった女性をそばで守ってやる・・・こと?
ちょっとキザな感じになってしまうが、まあ簡単に言うとそういうことだろう。
それに、知り合って間もないけど、こいつは悪い奴ではない、というかかなりいい奴だ。
俺としてはこんなにいい奴と付き合えるのはむしろラッキーと思ってもいいと思う。
だから・・・。
「俺は全然構わないって言うか・・・なんて言うか、お前がいいなら、俺は、その・・・出来れば付き合ってほしいと思う。」
「わ、私も全然いいよ!じゃ、じゃあ・・・。」
「つ、付き合っちまうか・・・。」
「わ、私達・・・。」
「よし、カップル成立ね!それにしても・・・。」
「な、何ですか?」
「般若と妖怪のカップルって・・・面白いわね。」
「般若」「妖怪」「「言うなあああぁぁぁ!!!」」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「そんなこんなで俺達、あの頃から付き合い始めたんだよな・・・。」
俺は自分の右腕に残ってる傷跡を見て呟く。
今見ても、信じられないほど大きな傷だ。手首から肘の辺りまで一直線に伸びている。
傷が完治したのはあれから半年後。さすがにもう痛むことはなかったが、手首がうまく動かなくなっていた。今も力があまり入らない。
だが、その代償が夜子という彼女だったのなら、俺から言わせれば安い代償だと思う。
「もうあれから8年、やっとここにたどり着いたな。長かったような、短かったような・・・。」
夜子には、随分と救われた。
父さんと母さんが死んで、親戚もいない。
信頼できる人が誰もいない状況。自分のことは自分でやるしかない。自分が生き残るためだけに頑張った。
幸せ、希望、夢。そんなもの何一つ無い。ただ、絶望だけが渦巻いていた日常。生き残るだけが全てだった。・・・いや、生きようとすらしていなかったのかもしれない。
そんな日常から俺を救い出してくれたのは、夜子だった。
両親が死んでからあいつに会えたから、俺は変われたんだと思う。
自分以外の人間のために頑張れるようになった。
確かに大変だった。大学に行くことなんかほとんど無理だったし、自分のことで手一杯だったのに夜子にプレゼントを買ったりデートなんかをしていたのでお金もなかなかたまらなかった。
でも、必死に頑張って、死に物狂いで大学に行って、今はそれなりにいい仕事に就いている。
それも、全部一つの目的から。
『夜子を幸せにしたい。』
生きる目的を失っていた俺に、新しい目的をくれた。
夜子のおかげで、今俺は幸せに暮らせているんだと思う。
「ホント、今更だけど、感謝しなきゃな。」
「海路く〜ん!ご飯だよ〜!」
一階からアイツの声が聞こえる。
俺は微笑んで、階段を降りて行った。
「おはよう、般若。」
「般若やめてよ、妖怪君。」
「妖怪やめろ。」
一階には―――夜子がいた。
8年前とは容姿はかなり違っている。
背はそれなりに伸び、髪も腰辺りまで伸びている。8年前からは想像できないほど凜とした顔は髪に結構隠されている。
しかし、漆黒の髪と瞳は以前のままだ。
そして何より、いまや『絶世の美女』、もとい『女神』と世間で言われるほど綺麗になった。
別にタレントになったわけではない。ただ、近所に住んでいるおばさんが面白半分でテレビ局に写真を送ったらそれが妙に受けて、一時期はテレビの取材やら何やらがわらわら来て大変だった。(ちなみに、彼女の頬にある傷が少し話題を呼び、一部地域では『女神の傷跡』として流行になっていて、時々顔にメイクで傷をつけている人を見かける。)
特に最初にテレビ出演したときはもうすごい騒ぎだった。特に、顔が与える落ち着いたイメージを一発で壊すような天真爛漫な発言・行動。そのギャップも人々を魅了した一つの要因だ。
そんな彼女に夫がいると分かった時、もう世間は大騒ぎ。俺のところに毎日のようにマスコミが来ていた。
そして最近、夜子がテレビで傷ができた理由を話した時、日本中が感動し、俺達は一躍有名人となった。
・・・俺は果たしてそんなにすごいことをしたのだろうか?
と、まあ最近の俺達の周りの事情を話したところでそろそろ話を元に戻そう。
「・・・フフッ。懐かしいね、このやり取り。最後にやったのいつだっけ?」
「さあ、いつだったか。覚えてないな。」
「ふーん。で、何で急にそんなことしたの?」
「さあな。ただ、こいつ見てたらふとやりたくなってさ。」
俺はそう言って右腕を見せる。
それを見ると、夜子は笑って、
「よくよく考えると、この傷が出来た物語があったから私達は今こうやって一緒にいられるんだよね?これは私達にとって思い出の傷跡なんだね。」
「そうだな。しかし、あの時は急だったよな。初対面同然の相手といきなり付き合うことになるなんて。」
「そう?私にとって妖怪君は初対面同然なんかじゃなかったよ?」
「え?何で?」
そう聞くと、夜子は少し頬を赤くして呟くように言った。
「・・・昔から気になってたから、好きだったから、ずっと見てたんだよ。でも、勇気が無くて話しかけられなかった。そんな時佐久間君と美鶴ちゃんのあの計画を聞いて、チャンスと思って私が話しかけ役に立候補したんだ。だって、海路君に元気になってほしかったから。」
「・・・そいつはどうも。」
「どういたしまして。さ、ご飯にしましょ。お昼からは佐久間君と美鶴ちゃんの結婚式があるんだからちゃんとして行かないと。私達のにも来てもらったしね。」
そう言って夜子は身を翻し、ダイニングへと足を進めた。
身を翻した時、小さく微笑んでいる彼女の口元と、髪に隠されていた右頬の小さな傷が、一瞬だけチラリと見えた。
いかがだったでしょうか?
感想・評価などありましたら、どしどし送ってください。
最後に、僕の小説を読んでくれてありがとうございました。