幕末のどこかで歴史が変わった!
ベッドの脇に白い雲みたいなのが、もやもやとしている。やがて、それは人間の形になっていった。
(女の子みたいだ)と翔太は思った。
翔太はその不思議な光景に見とれていた。やがて輪郭がはっきりしてきて焦点がぴたりと合った。するとその女の子は「こんにちは」と言って微笑んだ。
「だーれ?」と訊くと女の子は「あなたのひ孫のセリーヌです」と答えてにっこりとした。
翔太は状況がよく理解できなかった。
「どうやってここに来たの? ここは二階の部屋だし鍵もかかっているし」
すると、セリーヌは顔いっぱいに微笑みを浮かべてこう言った。
「ごめんなさい、驚かせて。私、百年後の未来から来たの。どうしても、ひいおじいちゃんに会いたくて」
「ボクが…ひいおじいちゃん? キミの?」
「そう。ひいおじいちゃんはとても偉い人だって、世界の歴史を変えた人なんだって。小学校の歴史でも習ったわ」
「えっ、ボクが?」
「そう。だから、こっそりと会いに来たの。どうしても一度会いたかったから」
「へえー、そうなんだ」
翔太は何が何だかわからなかったけれど、とりあえずそう答えた。
「とにかく、座って」とボクはセリーヌを促した。
ふたりはベッドに並んで座った。
「キミは何歳?」
「十四歳よ」
「じゃあ、年上だね。ボクは十二歳だから」
「その年を選んで来たのよ。あら…、この言葉使いって、この時代でいいのかしら」
「うん、いいよ。べつにおかしくはないけど」
「じゃあ、ちゃんとAIが働いたのね」
「AIってなーに?」
「人工知能よ。私たち、生まれたときに小指の爪ぐらいのAIチップを脳に埋め込まれる
の。そして、AIがなんでも教えてくれるし、クラウド・インターネットを通じて世界中
の誰とでもお話ができるの」
「未来って凄いんだ」
翔太は中途半端な理解だったけど、何となく未来が凄いことになるんだ、ということはわかるような気がした。
その時におなかがグーッと音をたてた。
「おなか、すいてるのね」
そう言うとセリーヌは右手をパチンと鳴らした。翔太の膝の上に、お盆に載った朝食が現れた。大好物のチキンとミネストローネスープ、そしてオレンジジュース。
「どうしてボクの好きな食べ物が現れたの?」
「簡単よ。AIがひいおじいちゃんの脳の食欲中枢を調べたら大好物が分かったの。その原子情報をもとにクラウドインターネットが合成して運んだの」
「すごいんだなあ、未来って。とにかく食べるね」
ミネストローネスープをスプーンですくいながら、骨付きチキンをむさぼるように食べて、オレンジジュースをごくごくと飲んだ。
「ふふ…、ひいおじいちゃんも子供のときは普通の子だったのね」
横でセリーヌが笑った。
「その『ひいおじいちゃん』ていう言いかたやめてくれない? まだ前途ある少年なんだから」
翔太はチキンをほおばりながら言った。
「わかったわ。じゃあねえ……、ショウちゃんて呼ぶね」
「うん、みんなボクのことそう呼んでる。ところで、『普通の子』ってどういう意味?」
「うぅん、別に意味ないけど。パパとママがね、いつも言うの。ひいおじいちゃん、あっ、ゴメン、ショウちゃんみたいに立派な人になりなさいって。だから、どうしても会いたくて来たの」
「ボク、べつに立派じゃないけど…。普通に小学校に行って、みんなと冗談言って、サッカーして。何も特別なことしていないよ」
「いいの。安心した。子供のときは普通の子でいいのよね。これから遊びに行くかから、また来るね」
そう言うと女の子は立ち上がって、右腕をまっすぐ上にあげた。すると、たちまち雲の塊みたいになって、ふっと消えた。
翔太はまだよく分からなくって、ぼんやりとしていた。
すると階段の下からママの声がした。
「ショウちゃん! 早く起きなさい。遅刻するわよ」
ちょうど1週間後の夜、翔太は明日、社会のテストがあるので勉強していた。一休みしてスマホのゲームをしていると、窓のあたりが白く霞んで、こないだのような小さな雲になった。
何かに似ていると思い翔太はしばらく記憶の中を検索していたが、やっと気がついた
(ワタアメだ! 揺れるワタアメだ)
翔太は思わず微笑んだ。縁日の楽しい風景が浮かんできたからだ。そのあともスマホを膝の上に置いて、次第に変化していく様子をなかば呆れたようにぼんやりと見ていた。
輪郭が次第にはっきりとしてきたが、人間ではないようだだった。翔太が不思議に思って見ていると、そいつは4本足で長い牙が生えている。大きさはイノシシぐらい。
翔太はだんだん心配になってきた。やがて、焦点が合い輪郭がはっきりとすると、そいつは「ブフォー――!!!」と叫んだ。翔太の血は凍り、(逃げなくちゃ)と思うのだが恐怖で体が動かない。そいつは獰猛な目で翔太を睨みつけている。
翔太はとうとう「助けて」と言葉にならないしゃがれた声を出して両腕で頭を覆った。