船員さんはついに遭遇します!
今回ちょっと多めです。ちょっと前回少なすぎました、すいません!!
ニーナがどこか楽しそうに言った。ある意味、乗り込むということはもう引き返せない命がけの旅へと出発することなのだが、なぜかこの場にいる全員が楽しそうだ。
「乗り込もう、おー!」
私もそれに倣い、明るい調子で桟橋へと歩を進めた。
最後にオルカットが乗ると、船の扉がバタンと閉まる。しっかりしたつくりになっているので、一階はたくさんの部屋を作って浸水止めをしてある。なので二階へ乗り込む。
コアンの鋭い声が飛んだ。
「総員、配置につけー!」
「「「「「アイアイサー!」」」」
四人の声が重なった。タタっとすばやく配置、甲板に着く。久々に海のうえだ。
「出港準備~~~!」
「完了っっ!」
精一杯声を張り上げて敬礼する。
「出港!!!」
コアンが声高らかに叫ぶ。見送りはいない。それでも私たちにはそんなものは必要ない。もしこれで生きて帰れなかったら、私は母さんに怒られてしまう。それどころか天国で父さんにも怒られるかもしれない。
この町で知り合った人を思って、離れていく陸に向かって、手を口に当て叫んだ。
「さようなら、またの日まで!」
もちろん、誰にも届かない声ではあるけれど。
「きっと、帰って、来ます!!」
叫び終えると、すっきりした。私は秘書担当だから、コアンに呼ばれるまで用はない。ならあの『ヌシ』ってやつについて調べようじゃないの。
秘書室へ寄って、ノートと筆箱をとってきてから甲板から下の階へ降り、図書室へ向かう。
「ニーナー!」
ひょいっと顔をのぞかせ、中へ入る。
「あっ!アディナ!」
満面の笑みでニーナが駆け寄ってくる。
「ちょっと、『ヌシ』についての資料を頼みたいんだけど。」
ノートと筆箱を片手に、そういう私を見てニーナはすべてを察したようだった。
「うん、それならあそこの棚まるまるそうだよ。ごゆっくりどうぞ!」
私はのけぞった。そんなに多いのか~!
掃除の行き届いた図書室には、棚が私の身長より高くそびえたっている。『ヌシ』に関する資料の棚は、特に大きな棚のようだ。
「やってやろうじゃない……」
にやりと笑って私は近くにあった机に、背表紙から本を選んで何冊か積み上げる。
「逆境には燃えるタイプなんだ!」
ひとり呟くと、猛然とノートにまとめを始める。どの本にもだいたい同じことが書いてあったので、後半は目を通すだけの作業になっていた。五十冊ほどの本から浮かび上がってきたのは、
・弱点はへそだということ。
・そこ以外は、硬い甲羅でおおわれており、打ち砕くのは不可能に近いということ。(実際にそれで何人もの人が犠牲になった)
・その硬さを生かした頭突きが協力だということ。鉄さえ打ち砕くし、ダイヤモンドも粉砕するらしい。
・へそは、水の中で赤ん坊に殴られても死ぬほどの弱さだということ。
・過去に一度、偶然倒したことがあるが、その人は瀕死の相手にやられ、死んでしまったらしい。また、『ヌシ』の血が流れたところには、一定期間『ヌシ』たちは近寄らなかったが、結局一か月もたてば戻ってきてしまったらしい。
・このことから、『ヌシ』達は仲間が殺されてしまったところには二度と近寄らないらしい。ただ、相打ちの場合は除くよう。
・また、視覚がとてつもなく悪いことが最近判明した。漁師が、『ヌシ』に向かって銛を投げたとこら、偶然にも目の前をかすって遠くに飛んで行き、着水地点にて大きな水音がしたため、そちらを向いたようだ。
・ただし、それ以外の五感はかなり敏感なようで、その漁師は水の波立ちから位置を推測されたようで、全速力での逃走を余儀なくされた。
ということだった。
「ふいー。」
そこまでまとめたところで、ため息をつく。いかに逆境に強いったって、こりゃ~ダメだ。しんどい。体力の消耗が半端ねえ……。
ノートが一冊、埋まってしまった。『ヌシ』と人間との遭遇が後を絶たず、政府が困り切っているということが、浮き彫りにされた。まあ対策法なんてないわな。でもこういう風に脅されるのは、我慢ならない。
「ニーナ、ありがと……」
元気をなくした顔であいさつすると、
「お疲れ様!だよ~。」
ぐりぐりと頭をなでられたので、
「ありがと……」
と力なく笑いを返してから、船長室兼運転室に戻り、ドアを開いた――瞬間。
ぐらり。
足元が急にふらつき、グラグラと倒れそうになった。
「なに!?」
訓練を受けている私が倒れるなんて言うことは普通はあり得ない。まさか、思っていたより早くヌシに遭遇してしまったのだろうか。いけない、悪い予感は本当になるっていう。
「みんなを集めろ!」
やはり緊迫した口調で、船長が言った。
私は、船内放送のスイッチを入れると、神業のような速さでボリュームを最大にして叫んだ。
「総員、運転室まで集合!!!非常事態発生、非常事態発生!総員、運転室まで集合!」
そしてコアンの方を見やると、視線は前方を凝視している。そちらをじっくりと見る暇もなく廊下に顔を出し、みんなが来ているかどうか確認する。
ばたばたと騒がしい足音がして、三人が飛び込んできた。狭い運転室がさらに狭くなる。
全員でコアンの視線の先をたどると。
「『ヌシ』だっ!!!」
オルカットが叫ぶ。
「船長!このままじゃ全員死ぬよ!」
ミガンが金切り声を上げる。今や全員がサバイバルリュックの革をぎゅうっと握りしめて、ヌシをじっとみている。
「わかってる!でも、これはっ……!」
その時、別の方向からどうううううん……と重苦しい衝突音が響いた。
「なんだ!?」
慌ててみんなでそちらを見ると、もう一匹『ヌシ』がその頭を船の側面に当てていた。
「しまった……」
ニーナが泣きそうな顔で言った。
「もう一匹いたのか!もしかしてここは、ヌシがたくさんいるのかも!」
コアンがいきなりばっと舵を切った。
「くそっ!総員、脱出準備だ!甲板へ出ろっ!救命ボートなんて使ってる暇がねえ!近くに島があったような気がする!そこをめざして泳ぐぞ!」
大きくコアンが叫ぶと、船がさらに揺れた。二回目の頭突きだ。
サバイバルリュックサックに、使えそうなものを手当たり次第に物を詰め込む。そして甲板へ出ると、後ろを振り向いた。
四人が走ってくる。船からは煙が上がっていた。
「とべっっっ!!」
いうが早いか助走をつけた船長は甲板からダイブしていた。……わたしの手を握って。
(っ、この変態!)
だが、そんなことを考えている場合ではない。そして私はニーナの手を、ニーナはミガンの手を、ミガンはオルカットの手をそれぞれつないでばらばらにならないようにして飛んだ。 最後にちらりと見えた『ヌシ』は、興味をなくしたかのように去って行っていた。
しばらく、無我夢中で泳いでいた。盛大に腹うちで飛び込まなかっただけ痛みはない。
「こっちだ!」
船長の声がする。今にも倒れそうな体を必死に動かして泳ぐ。着水した時に体を打ったようだ。腹うちは回避したといっても、やはり体中が痛い。意識がもうろうとする。船長についていかなきゃ。みんなについていかなきゃ。待って。待ってみんな。
……それが、最後の思考だった。
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