船員さんはどきどきします!
全員の絶叫にも構わずにニーナは読み上げ続ける。ザガーの発音が上手くいっていないが。
「長年、お世話になったレイン元センター長は、引退します。今までありがとうございました!」
センター長とは、いわばこの港町の支配者ともいえる。人選やら事務所なんかは全部センター長にかかってる。ある意味国王よりも権力があったりする。レインセンター長……あっ、元になったんだっけ?には、ずいぶん親切にしてもらった。こんな売れない事務所が生き残っているのは、簡単な仕事に大金を払ってくれる依頼人を『引っ張って』くれたからだ。『引っ張る』というのは、どうしても依頼の来ない船に依頼を持ち掛けることだ。どこに依頼したらいいかわからない依頼者は、船員センターに行く。そしてそのあと、その依頼をどこかの売れない船に持っていくというわけだ。
とにかくレイン元センター長は、贔屓や賄賂とは無縁の人だった。公正でいい人だった。大きい船と、小さい船との釣り合いを取ろうと日々努力していた。私はこの人を、正直とても好いていた。恋愛的な意味ではなく、人として。まああの人孫いるけどね。
それに引き換え、新就任したザガー氏は、いいうわさはあまり聞かない。どちらかというと、レインさんと正反対ーって感じの人だ。私的には大っ嫌……でも、真偽は定かじゃないんだから、人をむやみに疑うのはやめよう。
「ま、まあ気を落とさずに……」
雰囲気を良くしようと言いかけた私の一言はあえなく無視され、ニーナが読み上げる。
「つきましては、就任記念&引退記念パーティーを盛大に催したいと存じます。明後日、ご都合がよろしければ是非!おいでください!!!……ざがー」
「あんまり行きたくなーい。」
ミガンが髪をいじりながら言う。ザガーのことは髪の毛以下なのね。
「いやミガン、さすがにレインさんにはお 世話になったんだし……。」
実に的確な意見をニーナが放つ。いつでもニーナは、やや天然なところのあるミガンを制止してくれる。
「いやそれはそうだけど、ザガーって人、 好きになれないんだよね~……」
それは全員同意見だよ。と心の中で突っ込みを入れてから、ドアを見るーーー正しくはドアの前に立っているミガンを見る。とその時。
どたどたどた、ばーーーん!
いきなりドアが開いて、ぜえぜえ息を切らした五人目の船員が来た。ちなみにウチの船員はこれで全部だ。
ぼっさぼさの茶髪に、四角い眼鏡……男性用普通制服を着崩して力仕事担当のオルカットが立っていた。ミガンはドアが開く瞬間に素早く飛びのいたので無事だ。良かった。
「あ、来たの。」
このごっちゃまぜ状態でやああって誰かがそう言った。
「いやなに忘れてんだよ!もっとこう、待ってたんだぞ~とかないの!?」
走ってきたらしく息を整えながら言う。まあ忘れられてたら悲しいよな……
「それどころじゃないわよ!レインさんが 引退してザガーやろーがその座を奪ったの よ!白々しくもパーティーにこいだって!」
要約してミガンが言う。かなり偏った言い方だけどね。ザガーに聞かせたら、額に青筋がくっきりと浮かぶことだろう。
「えええ!なんてこったい。できることならザガー野郎よりはレインさんの方がよかったよ……」
ザガー氏はなんであんなに評判が悪いのにセンター長になれたんだろう??やっぱりあれか、賄賂……
「パーティー出来るドレス代は各自工面してくれ。船に余裕はないぞ?」
「わかってるわよそれぐらい!でもちょっとぐらい出してくれても……」
ミガンが未練がましく言う。
「へ~。ちょっとっていくらだ?」
「さ、三百カインぐらいでいいわよ。」
「いやドレス三着は買えるだろ!」
盛大にボケと突っ込みを繰り返す二人はほっといて。
「ニーナはどうするの?」
「えっと、布が余ってたから自分で作ろっ かな~なんて。そういうアディナは?}
「自分で作るの?すごっ。私は……前にスキードブラトニル号創立パーディーで着たワンピースがあったはず!あれをリメイクしたらいいかな。」
「なんだ、似たようなもんじゃない。ヌの 余ってるし一緒に作りましょ?」
「え、いいの?ありがと!コアン船長はど うするの?」
「え?いやそりゃへそくりで。」
「え。そんなのどこから……給料出す余裕 もないっていうんで家族同然の付き合いだ から許してるんだけど!」
女子二人にジト目で見られ、さすがに焦ったのかコアン船長は、
「いっいや、勤務時間外に仕事してためただけだから……」
「へー。」
「いや何その目!!疑ってるでしょ絶対!」
コアンがぶんぶん人差し指を立てて振りながらいう。
ふうとため息をついてから、ふとミガンを見る。無視するなーと喚く船長は無視!
「もー、しょうがない、ないもんはでない!ってことで、金持ち船長のとこ行って一日広報役しよーっと。」
からんからーん、ばたむ。
ミガンついにしびれを切らす!まあミガンなら百カインくらいは稼ぐでしょうっと。百カインで十分豪華なドレスが買えるけどね。
「で、オルカットはどうすんの?」
「へ。あ、いや決めてなかったな~」
アハハと苦笑いするオルカットにカイン船長が振っていた人差し指を突き付けて、(てかまだ振ってたんだ……)
「きちんとしたドレスコードじゃなかったらパーティーに出さないからな!」
「えっ!ちょ」
オルカットが言い終わらないうちに、
「じゃ今日は各自解散!全員自分の目的へ 進んでください!以上!」
オルカットは一瞬茫然とした後、我に返ってせかせかと走っていった。多分カイン稼ぎか、そうでなきゃ買いに行くか。
ニーナは、じゃ午後から私んち集合ねーと言い残してショートカットを揺らしながら去っていった。手作りの用意をするのだろう。
「コアン船長はどうするの?」
ひょいと見上げて聞く。コアン船長、前は同じくらいの背だったのに、ずいぶん抜かされてしまった。
「ああ、今からとりあえず通常業務を。」
「わあ、お金のある人は違うねやっぱ!」
多少の嫌味を込め言う。船長が沈黙するので、焦ってしまって、
「……まっ、手伝ってあげないこともないわよ?」
っ。言っちゃった。恥・ず・か・しっ!しかも上から目線だし。偉そうな女って思われたかな……?あああ、わたしのばかばか。数十秒前に戻りたい。
「え、ほんと!いやでも……」
「いいわよ、この椅子使うわよ!デスク一つしかないのか~。不便!あとで買い足しといてよね!」
いうなりもうカリカリと提出書類に赤を入れていく。こうなったら勢いよ勢い。仕事したら恥ずかしさが薄らいでいく。というより仕事で頭を埋めて、さっきの発言を塗りつぶしていく。
「……アディナは、すごいな……」
コアンが『ぼそっ』という感じでつぶやく。
「え?」
「こんなふうに、みんなが混乱してるだろう場でも、ぶれないから。」
「ええ??」
らしくない発言に、思わずぽかんとしてしまう。はああ。どうせいつもの冗談……。
「そ、そりゃぶれないだろうけど、他の皆だってぶれてないわよ。」
思わず顔が赤くなる。せっかく忘れていたのに、恥ずかしさが押し寄せてくる。
「アディナのそういうしっかりしてるところが……」
な、なによ!?まさかこ、こくは……
「好きだ――」
うわあああああ!!らしくないって!なに?なんなの!?やっ、やだ、ええっと、こういう時って、なんて言えば――!?
「わっ、私――」
「っていうのは冗談で、実は仕事溜まってるんだ。今のでやる気出た?あはは。」
こ・の・ク・ソ・船長が!!!ちょっとでもドキドキした私がばかだった……。何でこんなやつ好きになったんだろう。きりっとした横顔がカッコいいと思ってたっていうのに。でも……ちょっとだけ、本気でOKしようと思ってた。
「アハハ……」
私、バカだ……。
よし!ここは何事もなかったかのようにして、業務を再開だ!
「ほらコアン船長、ぼーっとしてないで! 船長印押して!」
どさっとアンダーラインを引いた書類を積み上げる。朝から全く仕事をしていなかったので、船長の言った通り通常業務がどっさりだ。
「ええ、多いってちょっと!」
「もっと増えるわよ!」
「しょうがないなあ……」
二人の声は、あたたかな昼下がりのオフィスへと消えていった。
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