ニーナの恋【4】
長めです!よろしくお願いします。
そこで母は、兵士が何をしようとしているのか気付いたそうだ。にやにやと笑みを浮かべて、母に向かって手を伸ばされた。母は、それが一番の恐怖だったらしい。
「やめて、嘘よね、やめて――!」
懸命に叫んだ、その叫びは果たして、祖父に届いたのだ。
「お前たち、わしの娘に何をする――!」
テレポートで一瞬にしてこちら側にきた祖父は、兵士を一撃で倒したそうだ。
「大丈夫か、ローズ――!!」
祖父は驚愕した。その時になって、初めて祖父は娘が妊娠していることに気付いたのだ。
そして激怒した。
母は、一日ずっと部屋にこもって泣いていた。
そして、祖父は城に怒鳴り込んだ。
国王に直談判した。
でも、聞き入れてもらえなかった。
一年後、母が赤ん坊を出産すると、聞き入れざるを得なかった。
この家系は、代々目がバラのような赤。なのに、赤ん坊は王子と同じ、青い目だったのだ。
「頼む、王になれれば対価は払う!だから秘密裏に収めてくれ!」
王子は白々しくもそう頼んだのだ。
祖父は最初、しぶしぶ承諾した。対価は得られるし、それでいいじゃないかと思ったのだ。
はたして王子は無事に王になった。
でもその途端、またも豹変して、
「そんなことは言っておらぬ。嘘を言うなら、一族皆殺しにしてもよいのだぞ!」
祖父は、本当に怒り狂った。
その勢いのまま、単独で兵士たちをなぎ倒して、そのまま魔法の刃を王子に突き付けたらしい。
もう高齢だったが、まったくそれは衰えなかった。
「前言を。――撤回するか?」
祖父はそういって、脅しには脅しで対抗したそうだ。
王子は、ケンカはめっぽう弱かった。
「わかった、子どもが五歳になったら対価も払う!」
「嘘だろう、どうせまた知らないとでもいうだろう。それでは納得できぬ。」
さすがに、契約書を書かせて、正式に保管したそうだ。
でも、やがて王と王妃の間に女児が生まれると、まったくそれに取り合わず、偽造だろう、としか言わなくなっていた。
祖父はもちろん最高裁判所に持ち込んだ。
「これは正式な契約書だし、筆跡も王のものだ!認めない、というのなら、王の信用も地に落ちるぞ!」
聖三家に入るロイロットの総帥のおじいさまの一言は、効いた。
「分かった。明日、正式に金を払う。」
どこか横柄な態度だった。
祖父は、書類を持って帰り、元の引き出しへと入れたそうだ。
その夜、書斎が爆発した。
夜、こうこうと燃える書斎の塔を見ながら祖父はぎりりと歯を食いしばり、泣いていたそうだ。
「あんな奴に、三回も出し抜かれたのが恥ずかしくてならない。――恥を残さないためにも、制裁させていただく。」
もう容赦はなかった。
聖三家のコネクションを使い、ほかの二家にも協力を頼んだ。
エルフ全員にただ、事実を伝えると、それはエルフから人間へ、人間から王へと、王都を駆け巡った。
何枚も新聞がすられ、その記事のインタビューすべてに祖父と、聖三家の総帥は答えた。
ただ、事実を。
王は、必死になってもみ消そうと画策した。
講演でそれは嘘だ、と公に言ったり、慈善活動をしたり。
どれもが、意味をなさなかった。
そして、王城に落書きをするものまで現れ始めた。
『女ったらしの王様』
『王妃もエルフもかわいそうでしょう。』
『汚い王城だな。こうした方がきれいなんじゃないか?』
新聞の投書欄、聖三家のポストは大量の手紙でいっぱいになった。
『本当なんですか。だとしたらウチの王にはがっかりです。なにか手柄を立てたわけでもないのに、そんな横柄な。』
『そんなことがあっていいものか!そんなことは許されない。その子だって王族のひとりだろう!』
そのすべてに丁寧に祖父たちは答えた。
世論は王反対派が99%を超えた。
そして王妃は、プライドが高い人だったので、王に怒鳴り、どんな方法を使ってもいいから、もみ消せと迫った。
王は、仕方なく講演で、
「今回のことは、本当に私が悪かった。生まれた子には、王族の対応をしよう、ただし、公にではなく、秘密裏に。そして、エルフの娘には、賠償金を支払い、それで今回の件は終わりとさせていただく。」
母は泣き崩れた。
あれほど愛していた王子は、自分の名前すら覚えておらず、口では悪かったと言いながら、王族の対応を秘密裏にして、そして私には賠償金だけで済ませようとしている。
母は憎かった。王子のそばにいれる、あの女が。
だから、まだ戦いは続いている。
祖父は毎日のように王城へ行き、毎月のようにてがみを送りつけて、もっと賠償金を、もっとしっかりしたことをと、まだ怒っているのだ。
そして、僕が母と王の間にできた子供、だ。
しぶしぶ、舞踏会にも参加させてはいるが、所詮誰も踊ってはくれない。そんなものだ。
しかも、僕がそこそこの年齢になると、今度は後学のためと称して、ノンナンに留学させられた。体のいい追放だった。帰る船は用意されていなかった。
僕は必死に勉強して、二つ目、三つ目の言語を身に着けた。
そして、ノンナンのことを知り尽くして、ノンナンのいい人に送ってもらって帰ってきた。母と祖父はそりゃもう、喜んだ。
王はちょっと悔しそうな顔をしたが、笑顔でノンナンの情報をよこせ、といった。
冗談じゃない、そんなことをしたらノンナンを王は攻める。
ノンナンの人たちは、自分に誇りを持っている。
それは、秘密という形で表れているだけ。それを戦争するなんて、もってのほか。
ありえない。そう思った。そして僕は、覚えた言葉も、何一つ教えなかった。たまたま帰り着いたような顔をして、子どもだからわっかんなーい!みたいなふうにはぐらかした。
祖父と母は、ちょっと嬉しそうだったな。
それでまあ、現在に至るってわけだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「そんなことが、あったのね……。」
ひどい、としか言えない。今回のことで、この国に愛想がつきた、ともいえる。
できることなら、貿易はしたくない。でも、そんなことを言っている場合じゃない――なんて。
「ねえ、ロゼ――じゃなくて、ローゼンタール。その、王って、今も反省してない――?」
ロゼ、じゃなくてローゼンタールはこくりとうなずいた。
「だから、僕はエルフであることを隠さなきゃいけなくなった。面倒なことだよ。エルフであることの何が悪い?僕は、本気であの父親を憎んでいる。」
悲しい、話だなあ。ってことは、あの皇女のライメ。あの人は。
「ライメは、本当ならあなたが王になるべきだ。自分は嫌な王女を演出して嫌われるから、お願い―あなたは、王になって。と言っているんだ。どうしてかは、分からないけれど――。」
ライメが、そんなことを――??どういうことなんだろう。
「だから、僕は王になりたい。でも、王は僕を後取りになど、きっとしてくれない。当たり前。その反面、もう二人の間に子供は出来ない。ライメが王になりたくないという限り、僕しかいない、というわけなんだ。」
王が、何を考えているかなんてわからない。でも、自分の娘の気持ちもわからないなんて、親として、失格だ!
「ロゼ――ローゼンタール。」
あなたは間違ってないよ、と言おうとして、ローゼンタールに遮られる。
「いいよ、ロゼで。僕は、あだ名の方がいい。」
「じゃあ、ロゼ。あなたは、きっと正しい道を行っているわ。王は、もう飾りのようなものでしょう?きっと、そうだと思う。綺麗なガラス細工は、地に落ちれば残るのは汚い破片だけ――。」
私は少し顔をゆがめた。
「そんな王だったなんて、悲しい、としか思えない。」
「うん、分かってくれて、すごくうれしい。僕は、絶対にこの国を変えてみせる。荒み切った差別がここにはいっぱいだ――。次は、エルフ領で会おう。」
彼はゆっくりと立ち上がった。
エルフ領。遠いといわれる、ところ――。残されたのは一冊の本。
そんなの嫌。
「私、いつか帰らないといけないのよ!?お願い、そんなこと言わないで。お願い、――王になったら、会いに来て――」
いつの間にか、目に涙が満ちる。
「お願い。私、もう会えないなんて苦しいよ!」
ああ、別れって、こんなに苦しいものなのか。
胸が、苦しい。
彼は困ったように私の肩に手を乗せる。
「でも。そうするには、僕が――誰かが、王を殺さないといけないんだ――!」
その顔には、まぎれもなく悲しみの色が出ていて。
私は、テーブルに伏してしまった。
そうだよね。いくら嫌いとはいえ、実の父を、父を――殺すことなんか、ね――
「信じて、待ってて。絶対、会いに行く。君たちが貿易するのは、僕の国だ――!!」
力強いその言葉に、少し慰められてしまった。
彼が、そういうのなら、私は待つ。いつまでも、いつまでも。きっと、待っているから――。
「わかった。私、待つ。ずっと待ってる。ずっと、ずっと――」
カフェの外へ出ると、熱気と人ごみに押し流された。
あの時と同じ――。
ロゼの姿は、もう遠い。でも、その姿かたちを、全部目に焼き付けて、私は王城へと戻った。
(あれ、そういえばミガンたちどうなったんだろ?)
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