とある研究室にて。
今回は三人称視点でお送りします。更新が遅くなってすいません!!
ここは、王城の奥に隠されたとある研究室――。
「おい、解析はまだか!早くせねば、戦にするなら早く、油断している方がいい。」
白髪をオールバックにした、いかにも研究者というなりのものが、だんっと机をたたいた。
せまい、石造りの部屋にその音はやけに大きく響いた。
「ええ、もう少しお待ちを。あと少しなんですが……」
若い眼鏡をかけた男性が、焦りながら言う。
手元の地図は、いろいろな記号が書き込まれているものの、レポートはまだ真っ白だった。
「ええい、早くしろ!こうなったら解析より前にちゃんと複製しないと、時間がない――!!」
今度は焦るようなそぶりを見せた研究者は、どうやら若者の仕事が全く進んでいないことに気付いたようであった。
「くそっ、複雑な地形をしやがって。海からの攻めに頑丈な地形だ――!!」
突如として、二人っきりのはずだった研究室に若い男性の声が響いた。
「何の研究かな?」
「だっ、誰だ!!」
くるりと振り向いた研究者の顔が――ぐにゃりと歪んだ。
「これはこれは、コアン様――こんなところへ何の御用で?ここは分からないような作りだったはずですが――。」
ふんとコアンは鼻で笑う。
「何の御用で、とは御大層なことだな。今も我々の国を攻めようと、その地図を解析でもしていたんだろう?あいにく、海を渡って攻めるには向いてない地形でね。」
聞かれていた――!?
二人の間に緊張が走った。
思わず地図を隠した若い研究者の手を、コアンの手が掴んだ。
「返してもらおうか。情報にはそれ相応の対価がいるだろう。――ことにこの場合はな。」
二人は目くばせすると、一斉にコアンに襲い掛かった。
「悪いが忘れてもらおうかっ――!」
若い男が掴みかかる。だがしかし、一瞬にして投げ倒され、床に転がっていた。
「なっ――」
コアンは呆れたように言った。
「いくら海の男だからと言って、研究者風情に負けるわけがないだろう?さあ、これは返してもらうぞ。」
「は、は、は。今更遅い、解析は終わっている。」
せめて、と思い研究者はハッタリをかけた。
「けっ。陳腐な嘘だな。でも残念、数分前から聞いてたよ、あんたの焦ってる声もね。」
研究者は観念したように言った。
「対価が必要といったな。いくらだ……?」
コアンはまた鼻で笑った。
「俺たちは自分の国の金を持っていない。つまり物差しがないのさ。値のつけようがないだろ?」
研究者は目を細めて言った。
「そうだな――この城が5ルリぐらいかな――」
コアンは間髪を入れずに言った。
「嘘だろう。」
研究者は目を見開いた。
「なぜわかった。」
コアンはにやりと笑った。
「悪いね、皇女様からスーツの値段を聞いたんでね。五十万ルリだったけど。お城はずいぶんと安いんだね?」
研究者は顔をゆがめた。
「は、嘘は無駄のようだな。ふん、ではお前の国の金の物差しを聞こう。ここにあるスーツはすべて最高級品。そういうものはお前のところではいくら、と言っているんだ?」
コアンは少し上を向いて考えた。
「そうだな……五万カインぐらいかな……」
研究者は言った。
「ではだいたいで言うと、一ルリは十カイン、ということになるな。さあ、値段を提示しろ。」
コアンは口の端をきゅっと釣り上げた。
「そう、だな。部分で、六千万ルリ。どうだ?」
研究者は目が飛び出そうになった。
「はあ?おかしいなあ、聞き間違いか?お前、正気なのか。それだけあれば、豪邸がいくつか建つんだぞ。」
コアンはそのままの顔で言った。
「くくっ、聞き間違いのわけがないじゃないか。ははは、ろ・く・せ・ん・ま・ん!」
一言一言区切って言い、さらに研究者は焦りが目に見えてきた。
「はあ、まあ国の値段、と思えばそうか。そうだな……買おう。そこの金庫に、ちょうどそれだけ入っている。」
研究者はため息をついて体から力を抜きました。
「いいだろう。……ただし、その金庫ごと持っていく。いいな?」
研究者はもう訳が分からないというように目で問いかけた。
「防犯にするためだろうが、意味はあるのか?合鍵を持たれていたら奪われて終わりだぞ?」
しばし、沈黙がおりた。
「なら、いいさ。じゃあ、数字のロック錠をもらおうか。もしそれが何者かに破られようものなら、我が国はそちらの技術を信用しないぞ。」
コアンは自信満々に言った。
「は、そう来たか。いいよ、この最高峰の数字錠をやるよ。好きに使え。……言っておくが、盗むなどという姑息な手段は我らはとらん。いいか、これは取引。平等だし、後でそれを何かに持ち出すことはないさ。」
研究者は、すこしこの異国の若者のことが好きになってきていた。
コアンは地図を少し、ちぎった。
研究者は金庫を手渡した。
「俺らはもう何枚か持っているから大丈夫だ。……取引成立だな。」
そのあけすけな笑顔に、研究者は今まで感じたことのない気分を味わっていた。
「私の名前はレイレラット・ロンダー。この国で一番の学者だ――一応な。はは。何かの時には頼ってくれていいぞ、異国の船長。」
コアンは歯を見せて笑った。
「仲良くできるといいな。あと、オレの名前はコアン・ルーノー。覚えておいてくれ。」
どちらからともなく、二人の男はこぶしを突き出して、とん、と合わせた。
コアンは隠し部屋を出る直前に跨ぐまで、若い助手のことをすっかり忘れていた。
コアンのいなくなった研究室で、レイレラットはゆっくりと助手の頭をはたいた。
「おいこら、いつまで寝てるんだ。起きろ!解析をしろ!」
「あうっ――ふぁああ、え、ええと、」
助手は目をこすり、次いでばっと跳ね起きた。
「あっ、あいつは!?ちっ、地図はどうなったのですか!?」
焦って研究室中を見回す助手の肩をポンと叩いて、レイレラットは言った。
「取引して、部分分けてもらった。しっかり解析しろよ。」
「とっ、取引……?って、金庫がない!!まっ、まさかそれが代金……!?」
「ああ、そうだよ。」
レイレラットはこともなげに言った。
(ま、そうなるよなー。)
が、内心はさっきの自分と同じ反応をする助手を見て、少し面白いと感じていたのだった。
「ってえ、あそこに入っている金額、分かってるんですか!?ちょっと!豪邸一軒建ちますよ!」
「ははは、そうだな。ははは。」
笑い出すレイレラットを見て、助手は茫然とした。
「あ、あの、ロンダーさん?」
レイレラットはにこりと笑うと、散らばった資料を拾い始めた。
「はは、心配しなくても大丈夫さ。国を攻める、なんて飛んだことを考えた――。私からは攻めるのは得策ではないと伝えることにするよ――」
助手は、自分が気絶している間にいったい何があったのだろう、と自分のめを疑ったのでした。
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